第2話 泣き下手と双子姉妹(17歳)(1)


「……懐かしい夢を見たな」


 カーテンを開いて朝陽を浴びながら、俺はつぶやいた。


 ――姉の葬儀、そして双子と一緒に暮らし始めてから約12年。

 俺は29歳の立派なおじさんになっていた。


「いかん。思い出したらちょっと泣きたくなってきた」


 朝っぱらから顔を押さえる俺。

 とても残念なことに、『泣くのがド下手で泣き顔が超怖い』という俺の欠点は12年前からまったく変わらなかった。

『娘たち』に言わせると、日本一酸っぱい梅干しを口いっぱいに放り込まれたような顔……らしい。

 それは怖いわ。俺だって怖い。


 気分を入れ替えるために深呼吸する。朝陽を受けて輝く外の景色を眺める。

 窓からは都会の景色が一望できた。

 一等地に建てられた小綺麗なマンションの最上階。

 それが現在の住まいだ。

 交通アクセスと万全のセキュリティの両立する場所を探して、ここに行き着いた。

 あまりに立派すぎて最初は落ち着かなかったが、今ではすっかり馴染んでいる。

 まあ……引っ越した当初は、しばらくゴミ捨てに行くだけでご近所さんから不審者扱いされてしまったが。


「朝ご飯、作るか」


 俺は身支度を調えるとキッチンへと向かった。

 ひんやりしたリビングにはまだ誰もいない。

 いつも俺が最初に起きて、娘たちの食事を作る。家事全般は基本的に俺の仕事だ。


 姉の子である双子たちと一緒に暮らし始めて12年。

 当時5歳だった彼女たちも、もう17歳で高校3年生。あと少しで誕生日を迎えるので、あっという間に成人だ。

 早いものである。


 この12年間、俺は不器用なりに愛情をもって双子を育ててきた。

 そりゃあ苦労は山ほどあったが、今となっては良い思い出である。

『元気に育ってくれるのが一番』と昔の人が言っているけれど、本当その通りだと俺も思う。


 反省する点があるとすれば――ちょっと過保護すぎたことだろうか。

 元気に育ってくれたのはいいが、少し――いやかなり――いやだいぶ甘えたがりの娘に成長してしまったような気がする。


 けどなあ。やっぱり我が娘は可愛いよ。

 多少、突飛な行動を取ったとしても結局許してしまうんだよなあ。

 いかんなあ。


 ……などとツラツラ考えながら3人分の朝食を準備していると、奥の部屋が開いた。

 このマンションに引っ越してからは、姉妹それぞれに個室をあてがっている。

 奥の方は姉の部屋だ。

 きっちり身支度まで調えてくるのも、決まって姉の方。

 俺は時計を見る。今日も時間ぴったり。さすがだ。


 パタパタとスリッパを鳴らしながらリビングにやってくる。


「おはよーパパ」

「ああ。おはよう紅愛くれあ


 ふんわりした可愛らしい声で挨拶をする我が娘に、俺は笑顔で応えた。


 涼風紅愛。大女優、涼風恋の長女。

 小さな顔に、柔らかな目鼻立ち。セミロングのふわふわな髪。親の贔屓目ひいきめを差し引いても、誰もが振り返るであろう完璧な美貌とプロポーション。

 姉さんが歌のステージに立ったときのような、ファン全てを魅了し包み込むオーラが、プライベートの今このときにも滲み出ている。

 巷では『バブみがある』というらしい。

 俺と姉さんの間ではまったく似なかった顔の作りだが、母娘間ではしっかりと優秀な遺伝子が受け継がれていて、俺は心底安心している。

 

 ちなみに名字は敢えて涼風姓のままだ。

 養子縁組も考えたが、双子自身の希望によりそのままになっている。

 亡くなった母親との絆を大事にしたいのだろう。


「パパ。お料理手伝おうか?」

「どうしたんだ急に。いつもは大人しく待ってるじゃないか」

「うーん。何か懐かしい夢を見ちゃって。ちゃんとパパに感謝しないとなあって思ったの」


 そう言ってにっこり天使の笑みを見せる我が娘。

 もしかしたら、俺と同じ夢を見ていたのかもしれない。

 そう考えると泣けてくる。泣くわけにはいかないが。


「もうすぐできるから、テーブルで待ってなさい」

「はーい。よいしょっと」


 ――ゴットン。


「紅愛」

「ん? なあにパパ」

「いつも言っているが、をテーブルの上に置くのはやめなさい」


 キョトンとする双子の姉に苦言を言う俺。

 ピンク色の可愛いランチョンマットの上に鎮座するソレ。

 ごっつい見た目のダンベルである。

 10キロと書いてあった。


 紅愛が頬を膨らませる。


「えー。いつものことじゃん。せっかくパパが誕生日プレゼントに買ってくれたものだよコレ。ずっと持っておきたい」


 ひょい、と右手一本で持ち上げる。


「朝の目覚ましにちょうどいいんだよね、この重さ」

「鍛えるなとは言ってない。これからご飯を並べるところに物を置くなって言ってるんだ」

「ぶー。はーい」

「……ちなみに聞くが、余所様のお宅でおんなじようなことをしてないよな?」

「あはは。なーに今更。私がそんなことするわけないよ、パパ。あたしは『皆の癒やしアイドル・紅愛ちゃん』だもの」


 で可愛らしく敬礼をする紅愛。

 ずっと一緒に暮らしてきて見慣れた光景だったので感覚が麻痺していたが、よくよく考えるととんでもない絵面えづらである。


「でもどうしたのホント。いつもはもっとスルーしてくれるじゃん、パパ」

「いや……俺も昔の夢を見たせいかな。一緒に暮らす前の俺なら、お前のフィジカルにきっと驚いただろうなあって」


 母親から長所をいくつも継承している紅愛だが、中でもフィジカルの強さは特筆すべきものがある。


 ふと、娘の表情が微妙に変化した。


「ふーん」


 紅愛はダンベルを別の棚に置くと、キッチンに立つ俺の側に寄ってきた。

 まるで欲しいものをねだるように、上目遣いで俺を見上げてくる。


「それって、あたしのことを家族以外の目で見てたってこと?」

「そんなわけないじゃないか。紅愛は家族で、俺の娘だよ。12年間、ずっと変わってない」

「ふぅぅぅーん…………」


 育ての親として間違った台詞ではないはずだが、紅愛は何故か目を細めた。

 表情が消えるのは機嫌を損ねた証拠である。


「紅愛? なに怒ってるんだ?」

「反抗期でーす」

「! そうか、ついにそのときが来たのか……お前たちはいつまで経っても甘えたがりだから、内心は心配していたんだ。ふふ……はは……」

「パパ。冗談だから。泣かないで。ほら、パパが泣くとお顔が――だから、ね?」


 泣き顔がド下手な俺、娘の台詞に泣く。









【2話あとがき】

ということで、まずは成長した双子姉さんに登場してもらいました。

まさかのパワー系アイドルなんて、びっくりですよね?

姉がこの調子なら妹はどうなるんだ?

それは次のエピソードで。

お姉ちゃん面白かった!と感じて頂けたら(頂けなくても)……

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