天才だった姉の隠し子姉妹を引き取ったら、強面な俺にも笑ってくれたので全力で育ててみた

和成ソウイチ@書籍発売中

第1話 泣き下手と双子姉妹(5歳)


 喪服に身を包んだ係員の人が、静かに告げる。


「それではこれより、故、涼風すずかぜれん様の告別式を執り行います」


 ――世間では『KOKO.』という名で知られたマルチタレントであり、実力派の大女優であり、俺の実姉でもあった涼風恋が、病気で亡くなった。

 享年25歳。

 あまりにも若すぎる死だった。


 俺――能登のと勝剛かつよしは17歳。姉の恋より8歳下だ。まだガキだと言われれば、そうかもしれない。

 両親が離婚して、別々の親に引き取られた俺たち。名字は違っても、俺にとって年の離れた姉は保護者同然だった。

 むしろ実の両親よりも繋がりが深かったと思う。


 告別式の会場には、生前の姉と特に親しかった人間しか参列していない。

 その人たちの手助けのもと、葬儀を担当する業者もよくよく選んだ。情報が不用意に漏れないようにするためだ。

 だから今日の式は、マスコミに公表して大騒ぎになる前の、わずかに許された静かな時間。


 悲しさと同時に、虚しさも感じる。

 だって、あれだけ世間で持て囃された大女優なのに、この場に集まった人の数はあまりに少なかったのだ。

 それだけ、心から信頼できる人が限られていたということ。

 華やかな舞台で活躍した姉の、裏の厳しさを見た気がした。


 だからこそ俺は今日、を持ってここに来ている。


 参列者が順番に姉と別れの挨拶をしていく。

 そして親族席の横を通るたびに、彼らは俺のことを驚いたように見つめる。

 正確には――を見て、だ。

 参列者の中で唯一の子どもで、年齢は5歳くらい。


 この子たちは、姉さんの子どもだ。

 いったいどうやって生み育てたのか――公私ともに一番近くにいたはずの俺ですら、双子の存在を打ち明けられたのは姉さんが亡くなる直前だった。


 つまり、この双子は姉さんの隠し子だったということになる。

 何も知らずに参列した人たちが驚くのも無理はない。


 皆の顔つきは、どこか気まずそうだった。

 有名女優の死。そして残された隠し子。

 これはもう、約束された騒動の種だ。

 俺でも思う。ここに集まったのが信頼できる善良な人たちでも、騒動の種をふたつも一度に背負うのは荷が勝ちすぎると。

 腫れ物を見るような視線に晒されても、双子姉妹は母との別れを静かに済ませていた。


「勝剛君。あの子たち、いったいどうするんだね」


 芸能事務所の人が小声でささやいた。


「君や恋のご両親は、その、行方知れずで頼りにできないじゃないか。いくら君でも――」

「いえ。もう覚悟は決めてるんです」


 俺は双子の背中を見ながらはっきりと答えた。


「俺が、あの子たちを引き取ります。俺が育てます」

「本気かね、勝剛君」

「本気です。……姉さんにも、そう頼まれましたから」


 そう、これが俺の覚悟だ。

 病床で、姉さんは確かに言った。子どもたちを頼むと。

 それは姉さんの遺言であり、願いである。

 俺は姉さんに育てられたようなものだ。

 だったら今度は、俺が姉さんの願いを叶えたい。


 事務所の人は眉間に皺を寄せて黙り込んだ。思い悩んでいるのがよく伝わってくる。

 だが――やめておきなさいとは言われなかった。


 幸い、色々あって手元には俺と双子の3人で暮らすには十分な蓄えがある。

 あの子たちを腫れ物扱いして誰も引き受けないなら――俺が、双子を守る。


 焼香の番が来た。

 俺は棺の中で眠る姉さんを見る。病にたおれても、やっぱり姉さんは綺麗だった。


(死んだ後も女優らしく……なんて、姉さんらしいな)


 ドラマも、映画も、舞台も、バラエティーも。

 ありとあらゆる場でマルチな活躍をしてみせた大女優、涼風恋。

 当然、様々な困難もあったが、姉さんはそれらを笑って乗り越えてきた。

 姉さんの顔を見ていたら、これまでの道のりを思い出してきて、俺は胸がいっぱいになった。


 駄目だ。これは泣いてしまう。

 心構えする時間はたっぷりあったのにな。情けない。


「勝剛君……辛いだろうが、君は泣いては駄目だよ」


 遠慮がちに声をかけてくる事務所の人に軽く手で応じ、俺は双子の元へと歩いた。

 目線を合わせ、ゆっくりと静かに語りかける。

 泣きそうになっているためか、声が震えた。


「ふたりとも。これからは俺が君たちと一緒にいるよ。俺が君たちを守って、育てるから。一緒にいこう」

「おじさん……」


 ……間違いではない。親族関係に照らせば極めて正しい呼称である。

 だが何だろう。この胸の切なさは。

 俺はまだ17です。泣くぞ。


 姉の死とおじさん呼びの哀しさで胸が詰まっていた俺は、たぶんこのとき、泣き笑いみたいな顔をしていたと思う。


 すると何故か――周囲の大人たちがひどくざわめいた。

 具体的には「うわっ!?」とか「ひゃっ!?」とかいう悲鳴が聞こえてきた。

 え? 悲鳴?


 顔を上げる。

 参列者の人たち、サッと顔を逸らして、誰一人として俺と目を合わせようとしない。

 ……まさか。


 事務所の人が俺の肩にポンと手を置く。


「だから言っただろう、勝剛君。君は本当に善良で優秀な男だが……と」

「……う」

「君、強面に加えてなんだから」

「ううっ!」


 ……さすが海千山千の芸能界を生き抜いている人。

 こんなときでも人物評が容赦ない。


 そうなのだ。

 俺は昔から、泣くのが超の付くほどド下手――らしい。

 らしいというのは、自分でその瞬間を見たことがないからだ。

 高校生のくせに立派な強面――何故顔は姉に似なかったのだろう……――の俺が、心のままに泣いてしまうと、どうやら周囲の人々の心の方をへし折ってしまうらしい。

 

 けどさ、今日は亡くなった姉さんの告別式ですよ?

 肉親の俺が泣いてもよくない?

 泣きそう。


「ひいっ!?」


 近くのおばさんがドン引きしていた。

 泣きそう(泣けない)。


 俺はふと、双子が黙ったままこちらを見ていることに気づいた。

 慌てて、両手で顔をこする。涙と一緒に恐ろしい泣き顔を見せないように。

 すると、ゴシゴシしていた俺の手を双子がそっとつかんだ。


「おじさん」

「な、何だい?」

「わたしたち、おじさんのお顔好きだよ?」


 そう言って、姉そっくりの天使な微笑みを見せてくれたのだ。

 俺はその瞬間、強く思った。

 この子たちは、絶対に俺が幸せにすると。


 ありがとうとつぶやきながら、双子を抱きしめる。

 直後、ふと気になって尋ねてみた。


「ところで……俺の泣き顔、やっぱ怖い?」

「うん。こわい」


 ニコニコ顔でハモられた。

 ちょっとくじけそうになった。

 棺の中で姉さんが大笑いしているような気がした。








《1話あとがき》

新連載の第1話は、涙もろいのに泣けば周囲をドン引きさせる強面男と、天使な双子ちゃんとの馴れ初め話でした。

不遇な子を引き取る主人公って、鉄板ですよね?

好感度高めな双子ちゃんが成長するとどうなるか。

それは次のエピソードで。

あらすじに興味を持って頂いた皆さんの期待を裏切らないよう、頑張ります!

なので……

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