天才だった姉の隠し子姉妹を引き取ったら、強面な俺にも笑ってくれたので全力で育ててみた
和成ソウイチ@書籍発売中
第1話 泣き下手と双子姉妹(5歳)
喪服に身を包んだ係員の人が、静かに告げる。
「それではこれより、故、
――世間では『KOKO.』という名で知られたマルチタレントであり、実力派の大女優であり、俺の実姉でもあった涼風恋が、病気で亡くなった。
享年25歳。
あまりにも若すぎる死だった。
俺――
両親が離婚して、別々の親に引き取られた俺たち。名字は違っても、俺にとって年の離れた姉は保護者同然だった。
むしろ実の両親よりも繋がりが深かったと思う。
告別式の会場には、生前の姉と特に親しかった人間しか参列していない。
その人たちの手助けのもと、葬儀を担当する業者もよくよく選んだ。情報が不用意に漏れないようにするためだ。
だから今日の式は、マスコミに公表して大騒ぎになる前の、わずかに許された静かな時間。
悲しさと同時に、虚しさも感じる。
だって、あれだけ世間で持て囃された大女優なのに、この場に集まった人の数はあまりに少なかったのだ。
それだけ、心から信頼できる人が限られていたということ。
華やかな舞台で活躍した姉の、裏の厳しさを見た気がした。
だからこそ俺は今日、
参列者が順番に姉と別れの挨拶をしていく。
そして親族席の横を通るたびに、彼らは俺のことを驚いたように見つめる。
正確には――
参列者の中で唯一の子どもで、年齢は5歳くらい。
この子たちは、姉さんの子どもだ。
いったいどうやって生み育てたのか――公私ともに一番近くにいたはずの俺ですら、双子の存在を打ち明けられたのは姉さんが亡くなる直前だった。
つまり、この双子は姉さんの隠し子だったということになる。
何も知らずに参列した人たちが驚くのも無理はない。
皆の顔つきは、どこか気まずそうだった。
有名女優の死。そして残された隠し子。
これはもう、約束された騒動の種だ。
俺でも思う。ここに集まったのが信頼できる善良な人たちでも、騒動の種をふたつも一度に背負うのは荷が勝ちすぎると。
腫れ物を見るような視線に晒されても、双子姉妹は母との別れを静かに済ませていた。
「勝剛君。あの子たち、いったいどうするんだね」
芸能事務所の人が小声でささやいた。
「君や恋のご両親は、その、行方知れずで頼りにできないじゃないか。いくら君でも――」
「いえ。もう覚悟は決めてるんです」
俺は双子の背中を見ながらはっきりと答えた。
「俺が、あの子たちを引き取ります。俺が育てます」
「本気かね、勝剛君」
「本気です。……姉さんにも、そう頼まれましたから」
そう、これが俺の覚悟だ。
病床で、姉さんは確かに言った。子どもたちを頼むと。
それは姉さんの遺言であり、願いである。
俺は姉さんに育てられたようなものだ。
だったら今度は、俺が姉さんの願いを叶えたい。
事務所の人は眉間に皺を寄せて黙り込んだ。思い悩んでいるのがよく伝わってくる。
だが――やめておきなさいとは言われなかった。
幸い、色々あって手元には俺と双子の3人で暮らすには十分な蓄えがある。
あの子たちを腫れ物扱いして誰も引き受けないなら――俺が、双子を守る。
焼香の番が来た。
俺は棺の中で眠る姉さんを見る。病に
(死んだ後も女優らしく……なんて、姉さんらしいな)
ドラマも、映画も、舞台も、バラエティーも。
ありとあらゆる場でマルチな活躍をしてみせた大女優、涼風恋。
当然、様々な困難もあったが、姉さんはそれらを笑って乗り越えてきた。
姉さんの顔を見ていたら、これまでの道のりを思い出してきて、俺は胸がいっぱいになった。
駄目だ。これは泣いてしまう。
心構えする時間はたっぷりあったのにな。情けない。
「勝剛君……辛いだろうが、君は泣いては駄目だよ」
遠慮がちに声をかけてくる事務所の人に軽く手で応じ、俺は双子の元へと歩いた。
目線を合わせ、ゆっくりと静かに語りかける。
泣きそうになっているためか、声が震えた。
「ふたりとも。これからは俺が君たちと一緒にいるよ。俺が君たちを守って、育てるから。一緒にいこう」
「おじさん……」
……間違いではない。親族関係に照らせば極めて正しい呼称である。
だが何だろう。この胸の切なさは。
俺はまだ17です。泣くぞ。
姉の死とおじさん呼びの哀しさで胸が詰まっていた俺は、たぶんこのとき、泣き笑いみたいな顔をしていたと思う。
すると何故か――周囲の大人たちがひどくざわめいた。
具体的には「うわっ!?」とか「ひゃっ!?」とかいう悲鳴が聞こえてきた。
え? 悲鳴?
顔を上げる。
参列者の人たち、サッと顔を逸らして、誰一人として俺と目を合わせようとしない。
……まさか。
事務所の人が俺の肩にポンと手を置く。
「だから言っただろう、勝剛君。君は本当に善良で優秀な男だが……
「……う」
「君、強面に加えて
「ううっ!」
……さすが海千山千の芸能界を生き抜いている人。
こんなときでも人物評が容赦ない。
そうなのだ。
俺は昔から、泣くのが超の付くほどド下手――らしい。
らしいというのは、自分でその瞬間を見たことがないからだ。
高校生のくせに立派な強面――何故顔は姉に似なかったのだろう……――の俺が、心のままに泣いてしまうと、どうやら周囲の人々の心の方をへし折ってしまうらしい。
けどさ、今日は亡くなった姉さんの告別式ですよ?
肉親の俺が泣いてもよくない?
泣きそう。
「ひいっ!?」
近くのおばさんがドン引きしていた。
泣きそう(泣けない)。
俺はふと、双子が黙ったままこちらを見ていることに気づいた。
慌てて、両手で顔をこする。涙と一緒に恐ろしい泣き顔を見せないように。
すると、ゴシゴシしていた俺の手を双子がそっとつかんだ。
「おじさん」
「な、何だい?」
「わたしたち、おじさんのお顔好きだよ?」
そう言って、姉そっくりの天使な微笑みを見せてくれたのだ。
俺はその瞬間、強く思った。
この子たちは、絶対に俺が幸せにすると。
ありがとうとつぶやきながら、双子を抱きしめる。
直後、ふと気になって尋ねてみた。
「ところで……俺の泣き顔、やっぱ怖い?」
「うん。こわい」
ニコニコ顔でハモられた。
ちょっとくじけそうになった。
棺の中で姉さんが大笑いしているような気がした。
《1話あとがき》
新連載の第1話は、涙もろいのに泣けば周囲をドン引きさせる強面男と、天使な双子ちゃんとの馴れ初め話でした。
不遇な子を引き取る主人公って、鉄板ですよね?
好感度高めな双子ちゃんが成長するとどうなるか。
それは次のエピソードで。
あらすじに興味を持って頂いた皆さんの期待を裏切らないよう、頑張ります!
なので……
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