第27話 泣き下手と撮影挨拶


 それから俺ははなを連れ、イルミネイト・プロダクションに向かった。

 朝仲さんから指示されたとおり、俺はスーツ姿、はなは星乃台高校の制服姿である。

 ちなみに、迷った末に制服は紅愛のものを着ていた。

 助手席でシートベルトを締めながら、はなが呟く。


「やっぱりウエストが気になる」

「それ、紅愛がいる前で言ってやるなよ? あいつ泣くぞ」

「だよな……。勝くん、途中でスカートずれたら支えてくれるか?」

「……。そんときは別の方法を考えるからそれだけは勘弁してくれ」

「今、ちょっとだけ想像した?」


 むつかしい顔をするはな。ちなみに、昨日彼女が着ていた制服は洗濯中だ。後で自宅まで届けることになっている。こんなことなら昨夜のうちに干しておくんだった。


 しばらくして、事務所に到着する。出迎えてくれた朝仲さんの案内で、俺たちは会議室に向かった。

 途中、はながこそっと耳打ちしてくる。


「勝くん。昨日から気になってたんだけど……朝仲さんって『彼』? それとも『彼女』?」

「正直言うと、俺も知らない。白愛曰く、どちらにも性転換可能だそうだ」

「真相は闇の中か。さすが芸能界、恐るべし芸能界」

「あの人は特にな」

「聞こえてますよ」

「ごめんなさい」

「すみませんでした」


 ――会議室では、今度のドラマの撮影スタッフが揃っていた。

 朝仲さんが間に立ち、それぞれ自己紹介を行う。俺はその様子を会議室の隅っこから見守った。育ての親であることを隠している俺は、表向き、『ざっくり言うと関係者』というていで通しているのだ。出しゃばるわけにはいかない。


 はな、監督からめっちゃ気に入られていた。

 どうやらイメージぴったりらしい。


「いやあ、素晴らしい! JKの瑞々しさと大人の落ち着き、そして何と言っても眼光の鋭さ! 半グレ集団のひとつやふたつ軽々壊滅させてくれそうな威圧感がまさにこのキャラクターそのものだ。自信なさそうなギャップもグッドだよグッド!」

「ハイ、アリガトウゴザイマス」

「その表情もイイネ!」

「アリガトウゴザイマズズッ」


 あーあ、はなが鼻をすすっちゃった……。

 そりゃあ複雑だろうなあ。自分のコンプレックスが一番の強みになってるんだから。

 それより監督はもうちょい言葉を選んでほしい。イメージはすごく伝わるけど。

 ふと、俺は呟いた。


「あれ? そういえば、はなはこのドラマでどういう役なんだろう?」

「おや、まだ確認されてなかったんですね。勝剛さんにしては珍しい」


 いつの間にか隣に来ていた朝仲さんが答える。朝仲さん、なぜか上機嫌だった。


「さすがに急な話すぎて。それで、どういう役なんですか?」

「紅愛と白愛の恋人役ですよ」

「……………………んん!?」

「禁断の恋と言うやつですね。とてもよいですね」

 

 いやいや。

 なぜそれで上機嫌でヤル気満々なんだ……?  

 おののく俺を余所に、朝仲さんはまくしたてる。


「あの子たちに、どこの馬の骨とも知らない男性の影は言語道断ですが、女性同士なら問題ありません。まして十六夜さん相手なら、昔からの知り合いという信頼関係がある分、親しみが出て絶妙な演技を見せてくれるでしょう。演技経験の少ない紅愛でも、十六夜さんとならやりやすいハズ」

「それっぽい理屈がきたな」

「何より禁断の恋というところがよい。たまりません」

「そっちが本音かい。本当に好きなんですね、禁断って言葉」

「ええ。現在進行形でハラハラさせてもらっていますし」


 そう言って朝仲さんは意味ありげな視線を俺に寄越した。俺は咳払いを返す。


「ちなみにその配役、はなには伝えてあるんです?」

「今、監督から伝えられたみたいですね。あ、固まってる」

「頑張れはな。泣くなはな。後で好物作ってやるから」


 しばらくして、はなが監督を連れて戻ってきた。上機嫌な監督の横で、はながマネキンのように生気なく突っ立っている。気持ちは分かる。


 監督が俺に言った。


「あなたはジムの関係者かな。ちょっと大変だと思うけど、よろしく頼みますよ」

「え?」


 思わず、俺は朝仲さんを見た。朝仲さんは首を横に振る。

 努めて冷静に、俺は監督に聞き返した。


「確かに自分は市内のスポーツジムに勤める者ですが……監督さんとはどこかでお会いしましたでしょうか?」

「いやいや。私とは初対面ですよ。ただ、乱場君の趣味がジム通いで、撮影中も近くに通えるところを確保したと言ってましてね。彼、身体を動かすことでストレス発散するタイプだから、こちらもホッとしたんですよ。ここの関係者ならなお良い」

「乱場君――とは、乱場カイトのことですか? 再放送しているドラマで、主演俳優の」

「あれ? もしかして何も聞いてない感じ? おかしいな。今朝、話は通してあるって言ってたから、てっきりその挨拶にあなたが来られたものかと」

「……その乱場カイトさんは、今どこに?」

「あなたたちが来るちょっと前にマネージャー連れて帰ってったよ。向こうも顔見せ程度だったし」


 俺が黙っていると、お喋りな監督は次々と教えてくれた。


「彼、このドラマだとヒロインたちの前に立ち塞がる『地元の怪しい名士役』なんだけどさ。急なキャスティングだったのにすでにそれっぽい空気をまとってんの。しばらく売れない時期が続いてたけど、それが逆に功を奏したのかね。目の色が違うっていうかさ」

「……監督。ドラマ内容の暴露はそのくらいで。契約に障ります」


 朝仲さんが冷静に指摘すると、監督は「おっと、こりゃ失礼!」と笑って去っていった。


「勝くん」


 はなの呼びかけに我に返る。彼女は真剣な表情をしていた。


「昨日より表情が硬くなった。なにかあった? 乱場カイトって人と」

「……ここじゃアレだから、移動の車の中で話すよ。それと、朝仲さんにも。お伝えしたいことがあります」

「わかりました。では、次の現場へは社用車で向かいましょう。後部座席が隠せるので」


 すぐに頷いた朝仲さんは、監督たちへの対応を別のスタッフに任せ、会議室を出た。俺とはなもついていく。

 事務所の車に乗り換え、次の目的地は星乃台高校だ。

 高校への道すがら、俺ははなにカイトのことを話す。姉さんと因縁があったことを知ったはなは、ひどく険しい顔になっていた。

 紅愛と白愛がまだ小さいときの姉さんを知るはなのことだ。きっと、俺以上に思うところがあるのだろう。


 車はいったん、商店街近くの有料駐車場に停める。喫茶店アルテナに寄り道するためだ。仕事や双子に関する内緒話は、あそこがぴったりである。

 いつもと変わらず静かな店内で、俺は昨晩の紅愛たちの様子についてふたりに話した。


「ウチがぐっすり眠ってる間にそんなことが……。だから今朝、紅愛も白愛もちょっと様子がおかしい感じだったのね。気付かなくて悪い、勝くん」

「はなが謝ることじゃないよ。悪いのは双子を不安にさせた輩だ」


 俺は首を振る。


 例によってマスター特製クラマトを注文した朝仲さんは、社用のタブレットを手際よく操作していた。おそらく、俺の話を元に今後のスケジュールと方針を練っているのだろう。

 ふと、朝仲さんはその手を止めて、呟く。


「勝剛さん。昨日は紅愛と白愛を慰めたんですよね」

「添い寝程度ですが。父親として放っておけませんでしたので」

「一晩中」

「まあ、はい」

「そ――」

「そ?」

「……」

「……。朝仲さん、もしかして『そのときのことを詳しく』って言おうとしました今? ねえ?」

「なんでっ! そこまでしてっ! 何もっ! 何もッ!」

「まさかの魂からの叫び……。朝仲さん落ち着いて下さい。いやマジで」

「勝くん。朝仲さんはどうしてあんなに苦しそうなんだ?」

「きっとクラマトのせいなんだよ、はな」

「そっかクラマトのせいか。……え、ホントに?」

「能登さん? ウチのメニューに何か問題でも?」

「誤解です言葉の綾ですマスター。ちょっと場を和ませようとしただけで、あの、伝票に何を書き加えてるんですかマスター」


 ――結局、仕切り直して今後のことを相談しているうちに時間が過ぎてしまった。

 星乃台高校に到着した頃には、すでに放課後である。


 下校する生徒とすれ違いながら、車を来客用駐車場に停める。運転席から朝仲さんが振り返って言った。


「勝剛さん、十六夜さん。一応、サングラスを。シートバックポケットにありますので」

「うーん……」

「えぇ……」


 俺もはなも揃って難色を示す。

 だってさ、俺たちがサングラスかけて敷地内に立ったらエライことにならない?

 結局、胸ポケットに挟む形で持ち出すことに。


 車を降りた。

 途端、それまで笑顔で行き交っていた生徒たちの足が止まった。


「おい見ろよアレ」

「ちょっと待って。もしかしてヤバいひと?」

「車もゴッツイし、カチコミかもしれん」

「カチコミよ」

「カチコミだな」

「カチコミに違いない」


 不穏しかない台詞がそこかしこから聞こえてくる。

 生徒たち、判断が早い。

 もしかしなくても、サングラスかけてない方が警戒されてる?

 アウェーすぎない? 泣くよ? はななんて目に涙を溜めてるよ?


「……んふぅ!」

「あ、泣いた」

「アレ? あの泣き顔、どっかで見たことあるぞ」

「なんだか妙な安心感があるわね。あの娘はウチの制服着てるし」

「もしかして怖い人ではなくて、面白い人なのかもしれん。だってウチの高校に来るくらいだし」

「そうね星乃台高校だものね」

「お疲れ様ですアニキ! アネキ!」

「ボス、おつです!」

「カチコミおつです! 誰をやるんですか?」

「ダメよ、お仕事中かもしれないでしょ! ほら隠して隠して!」


 わらわらと集まってくる星乃台高校の生徒たち。

 双子姉妹が大変世話になっているのを承知で、言っていいかな?


 この学校、大丈夫?











【27話あとがき】

勝剛パパが高校に襲来したらカチコミだと歓迎(?)された、というお話でした。

さすが、双子姉妹を一致団結して守る連中はハラの据わり具合が違いますよね?

校内ではどんな騒動が待っているのか?

それは次のエピソードで。

そんなことよりドラマの内容が気になると思って頂けたら(頂けなくても)……

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