第28話 泣き下手と生徒会室へ


 気を取り直した俺は、朝仲さんやはなと共に事務室に向かった。「受付はぼくが」と朝仲さんが事務員さんと話をする。外の騒ぎが伝わったためか、事務員さんの中でも上司らしい男性が窓口対応していた。

 クレーマー対応とだいたい一緒である。


 俺とはなは後方で大人しく待つ。その間、どうしても気になって事務室内をチラ見してしまう。


 事務室の出入り口付近で、女性職員がさすまた――不審者を取り押さえるのに使う金属の棒――を手に、まるで戦場に向かう兵士のようなキまった表情で待機しているのだ。合図があろうものなら即座に飛び出しかねないの顔である。


 俺は隣のはなに言った。


「ハンカチの予備、持ってきたからな」

「勝くんも深呼吸しなよ」


 お互い悲しき励ましを交わす。


 ――そこそこ地獄な数分が経過した後、受付を済ませた朝仲さんとともに生徒会室へ。

 背後から監視されていそうで居心地が悪い。


 刺さってくる視線は事務員さんのものだけではなかった。

 校内に残っていた生徒たちも、不躾ぶしつけな視線を寄越してくる。

 いや、不躾というよりこれはむしろ――。


「アノ人たちだろ。例のカチコミ戦隊」

「あんたバカ? 戦隊じゃ足りないでしょうが。ファンに謝んなさい」

「おお……この人たちがモノホンのヤクザ……! 遠くからスケッチするなら許可いらないよね」

「みんな静まれ。お触り禁止、撮影は許可をもらってから! 双子ちゃんたちでカッチリ訓練積んできた俺たちだろ。あの努力の日々を思い出せよ!」


 やっぱ不躾かもしれない。


 彼ら彼女らは決して俺たちの邪魔はせず、むしろハンドサインで「ヘイ、生徒会室はこっちだアニキ!」をやってくれる。おかげで迷わずに済んだ。


「愉快な学校だね」


 はなが無理矢理微笑みながら言った。目尻にちょっとだけ涙が光る。俺だって泣きそう。動物園のパンダより珍妙な生物いきもの扱いをされている。……朝仲さん、隣で笑ってる場合じゃないです。


「ウチ、こんな姿だったから高校時代はあんまり良い思い出なくてさ。星乃台高校に通ってたら、もっと楽しかったんだろうなあ」

「はな。やめとけ。比較対象とする学校が間違ってる」

「……夢くらい持たせてくれよう」


 そうこうしているうちに、生徒会室前に到着。

 朝仲さんがぽつりとつぶやいた。


「いつの間にか、生徒の姿がすっかり消えましたね」

「本当だ……」

「さすが星乃台高校の生徒会。紅愛と白愛が心置きなく過ごせる場所です。どんな聖域なんでしょう」


 何だか無駄にドキドキしてきた。

「ではお先にどうぞ」と朝仲さんが俺を促す。こういうときに限って奥ゆかしいの止めていただきたい。

 仕方なく、生徒会室の扉に手を掛けた。

 立て付けがしっかりしているのか、音もなくスムーズに扉がスライドする。


 真面目そうな女子生徒と鉢合わせた。

 肩に力が入っていつもより緊張顔の俺と、ばっちり目が合う。合ってしまう。


「……」

「……」

「……」

「……あー、こんにちは?」

「……きゅぅ」


 気絶させてしまった。

 仰向けにぶっ倒れる寸前で、慌てて支える。

 ホッと息を吐く俺。

 そんな俺の肩を叩く朝仲さん。まるで警察が職質するような空気である。


「勝剛さん?」

「今のは不可抗力でしょう!? はなもそう思うだろ!?」

「悪い、勝くん。ウチのせいじゃないことにちょっと安心してる自分がいる」

「お前もこの子の視界に入ってただろ! たぶん!」

「あんだとうっ!? 泣くよ!?」


 しょうもないいさかいをする俺とはなを、朝仲さんが自身の持っていたバインダーでぱこんぱこんと小気味よく叩いた。理不尽だと思った。

 泣き顔を見せる俺たちへ、にこやかに声がかかる。


「いらっしゃいませ、生徒会室にようこそ。はなさん、能登さん、朝仲さん」


 はなの雇い主である蓬莱ほうらいアズサさんだった。彼女は椅子に座り、まるで何事もなかったかのように微笑んでいる。

 他にも生徒会室にはもうひとり男子生徒がいた。彼もまたさして驚いた様子は見せていない。2人とも肝が据わりすぎだろう。


 毒気を抜かれた俺とはなに、蓬莱さんは言う。


「一ノ瀬さん――先ほど気絶したその女子生徒のことはお気になさらないで。彼女、皆さんの話を事前に聞き、だいぶ緊張していたみたいですから。心の準備が終わらないまま、おふたりの本物の迫力に接して、びっくりしたのですわ」

「びっくりで気絶……?」

「お嬢。その説明はウチにも勝くんにもひどく効く」


 こくりと首を傾げる蓬莱さん。

 そうか理解できないか。


「どうか一ノ瀬さんを責めないで下さい。彼女は生徒会役員ですが、まだ1年生。能登さんが授業参観や三者面談で学校にいらした姿を目にしたことがないのですから」

「……詳しいね。見てたのかい?」

「それはもう。紅愛さま、白愛さまのお姿は常に我が視界に収めるべく最大限の労力を掛けておりますので」

「三者面談はともかく、授業参観はどうやって……?」

「うふふふ」


 うっとりと微笑む。はなが「お嬢ならやりかねない」と呟いた。やっぱ怖い。大丈夫か生徒会。


 そのとき、ずっと黙っていた男子生徒が落ち着いて声をかけてくる。


「そろそろお話はいいでしょうか。彼女を休ませたいのだが」

「ああ、すまない。その通りだね。……えっと、君は?」

「自分は星乃台で生徒会長を務めます、田中信治といいます。皆さんのことは、先ほど事務室から連絡を受けました。双子姉妹の保護者と関係者の方々とのこと。ようこそ、星乃台高等学校へ」


 よかった、生徒会にもまともな子がいるんだなと俺は思った。


 ……まともだよな?







【28話あとがき】


騒動その1は勝剛(とはな?)が真理佳を気絶させちゃった、というお話でした。

ヤバいのは怖い顔か校風か――って感じですよね?

その1ってことは、その2があるの?

それは次のエピソードで。

勝剛とはなは泣いていいと思って頂けたら(頂けなくても)……


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