第29話 泣き下手と生徒会長君
生徒会長を名乗った田中君は、おもむろに俺のところへ歩み寄る。そして、いまだ気絶したままの女子生徒を抱え上げた。
高校生にしてはがっしりした体格をしている彼は、軽々と少女を支えている。頼もしい。
「とりあえず、
「そうだね。――ん? ベッド??」
あまりにも彼が冷静だったので、聞き逃しそうになった。隣ではなが、俺とまったく同じ表情をしている。
生徒会室の右手壁面に、もうひとつ扉がある。そこを開くと、準備室ほどの広さの部屋に続いていた。
ここだけ雰囲気が違う。まるでシンプルなビジネスホテルのようだ。当然のようにベッドも鎮座していた。
しかも、保健室に設置されているようなパイプベッドではなく、北欧家具にありそうなオシャレなデザインだ。
でもなんで?
呆気に取られる俺を余所に、田中君は「よいしょ」と女子生徒――
「相変わらず軽いな、真理佳君は。事務作業メインとはいえ、生徒会は身体が資本。きちんと食事は摂れているのだろうか」
「紳士的なセリフを言ってるところ申し訳ないが。なんで生徒会室にベッドが併設されてるんだい? しかもコレ相当高い奴だろ?」
俺の疑問に、田中君はため息をひとつ。「アズサ君が双子姉妹のために購入して、運び込んだんですよ」と教えてくれた。
何でも蓬莱さんは、紅愛と白愛が生徒会室で快適に過ごせるようあらゆる手を使うとのこと。もともと物置と化していたこの部屋を無理矢理改装させた。
「紅愛さま、白愛さまに相応しいラグジュアリーな空間に!」が合い言葉だとか。
蓬莱さん曰く、これでもまだ理想の状態にはほど遠いらしい。
「いっときはバスルームの設置まで企てたので、さすがに生徒会長として止めました」
「……マジで?」
「勝くん。お嬢の執念と財力と権力を甘く見てはいけないわ。あの子はヤルと決めたらヤルよ。ましてや崇敬する双子のためなら」
はなが真剣な表情で言った。
よくよく室内を見れば、途中
冬はまだまだ先なのに背筋が寒くなった。
気絶したままの一ノ瀬さんに心の中で詫びを入れながら、ラグジュアリースペース(仮)から出る。
生徒会室では、朝仲さんと蓬莱さんが書類片手に話し合っていた。田中君が「では自分も。おふたりは
ぽつんと取り残される俺とはな。
漏れ聞こえてくる会話を大人しく聞いていると、どうやら生徒会メンバーが学校を代表して撮影の打ち合わせと交渉を担当しているらしい。普通なら、渉外関係は教頭か校長が担当なのだろうが、どうやらここでは生徒会が――より正確に言えば蓬莱さんが権力を持っているらしい。
どうりで生徒会と話を付けてくれと言われるわけだ。
「蓬莱さん。この項目にある『ご褒美』というのは?」
「我が校の校長と教頭からのオーダーですわ。にわかファンなのでサインが欲しいそうです。無礼な」
「あー……検討しておきますね」
今のやり取りは聞かなかったことにする。
はながつぶやいた。
「こういうところもお嬢らしいよ……」
「田中君は良いストッパー役なんだな」
一ノ瀬さんはどうかわからないけれど、田中君は生徒会の良心なのだろう。きっと。
双子姉妹も世話になっているし、これは敬意を払わないとな。
いったん話を切り上げた田中君が戻ってくる。
「すみません。お待たせしました」
「いえ。君がいてくれてよかった」
「え?」
「紅愛や白愛も含めて、癖の強い子が揃っているようだからさ。生徒会がまとまっているのも、君の力が大きいんだと思ったよ。さすが生徒会長だ。これからもよろしくお願いします」
はなと揃って丁寧に頭を下げる。
すると、田中君の動きが止まった。首を傾げる俺たち。
数秒後。
「お、おおおおおおぉぉっん!!」
生徒会長田中信治が、いきなり盛大な
はなもびっくりの号泣である。
田中君は腹の底から感情を吐き出すように告げた。
「嬉しい! 初めて俺が俺として認められた気がするっ!!」
「へ?」
「あの双子姉妹が生徒会付きになって
「田中。全部事実でしょ、あなた。いつまで抗ってるの」
間髪入れず蓬莱さんの容赦ないツッコミが入る。田中君、さらに泣く。
俺とはなは同情を禁じ得なかった。田中君は周囲に振り回されて涙を流す青年だったのだ。「やっぱ彼も変な子だったのか」という失望は武士の情けで腹の底にしまっておく。
田中君は俺とはなの手を取った。
「こんな自分にも『さすが生徒会長』とおっしゃって頂いて感謝します! 士は己を知る者の為に死す! 今度の撮影、自分が責任をもって完遂させますので! どうか大船に乗ったつもりでいてください。そうっ!」
今度は俺たちから距離を取る。部屋の隅にあるロッカーのひとつに手をかけ、勢いよく開く。
「『いつだって、元気』!! ですから!!」
そこには、田中君のセリフどおりに大書された長半紙が貼り付けられていた。
無数の折れシワとセロハンテープでの補修跡が痛々しい。
俺は思う。やはり彼もまた
あれほどマトモに見えた青年をこれほどまで滑稽に変えてしまうとは、ここは何と怖ろしい場所なのだろう。
一方、蓬莱さんは完全無視。朝仲さんも気にせず蓬莱さんと打ち合わせを続けている。
田中君の
ふらりと田中君が近づいてきた。
「……おわかりいただけましたか? 我が身の窮状を」
「何というか、ツラかったね」
「くっ!」
田中君がまた泣くので、俺もはなもつられてしまった。
そのとき、奥の部屋(ラグジュアリースペース
彼女は額を押さえながらブツブツと呟いていた。
「あれは何だったの……? ものすごい悪夢を見たような気が……けど良かった。やっぱり夢だった――」
顔を上げた一ノ瀬さんと目が合う。
俺の隣には、「泣いたはな」と「未だ漢泣き中の田中君」。よりによって
恐る恐る、俺は声をかける。
「お、おはよう。あの……怖くないよ?」
「~~~~~ッ!!!?」
掛ける言葉をミスったと痛感した。
パニックになった一ノ瀬さんをメンバー総出で落ち着かせる。
――その数分後。
「……なにやってるの?」
遅れて生徒会室にやってきた紅愛と白愛が、顔を引き
ここは生徒会室前の廊下。
俺、はな、田中君は3人揃って正座中である。
ちなみに、蓬莱さんのはからいで田中君だけ膝上に8センチチューブファイルを載せている。罰が重い。
双子姉妹、ドン引きしていた。
俺は神妙な顔で、田中君の肩を叩く。
「紅愛、白愛。この青年をもう少し労ってやってくれ……」
「え? 何で?」
【29話あとがき】
騒動その2は生徒会長のオモテとウラの顔が悲劇を引き起こした、というお話でした。
何でどいつもこいつも泣き顔が怖いんだろうって感じですよね?
ある意味生徒会に馴染んでる勝剛たちに、双子姉妹はどんな反応を見せるのか。
それは次のエピソードで。
もしかして田中は生徒会に入らなければわりとまともだったのでは?と思って頂けたら(頂けなくても)……
【フォロー、★レビューよろしくお願いします!!】
【応援コメントでもぜひ盛り上がってください!】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます