第30話 泣き下手と双子のおねだり


 素できょとんとする紅愛と白愛。

 田中君は目尻に小さな涙を浮かべ、すべてを諦めたように呟く。


「いいんですよ……勝さん……。この双子の存在に比べたら、自分など路傍ろぼうの石も同然……」

「田中君、諦めてはそこで試合終了だぞ!?」

「ロッカーのかけ声、自分にとっては集大成だったんですよ……」

「アレはもうちょっと考えた方がよかったと思う」


 肩を抱いて田中君を力強く揺する。隣ではなも「うんうん」と頷いていた。

 そんな俺たちを、紅愛と白愛はじっと見下ろしている。

 どことなく、面白くなさそうに見えた。いや――これは絶対にヘソを曲げている。


「なんかパ――能登さん、あたしたちより馴染んでる……」

「田中氏、『勝さん』呼びですか。ほう……」


 ほらヘソ曲げてる。


 ふと誰かのスマホが鳴った。お仕置き中の田中君がポケットからスマホを取り出し、通話先の相手とやり取りをする。結構重そうなファイルを膝に乗っけて辛そうなのに、通話中はおくびにも出していなかった。仕事人の顔である。


 やがて通話を終えた田中君に、はなが尋ねた。


「なあ、どんな電話だったの?」

「執行部から連絡があったので、いくつか指示を出したんです。今回の撮影について、実働部隊が必要ですから」

「執行部?」

「生徒会の下部組織です。これまで形骸化していたんですが、自分が復活させました。さすがに自分たち3人だけですべての学校行事は回せません。今のところ、生徒会長専属部隊という扱いです」

「ほー……!」


 俺もはなも――あとなぜか紅愛と白愛も――感嘆の声を漏らす。

 なるほど、どうりで少ない人数でも問題なく運営できているわけだ。

 俺は双子に視線を向けた。さっき俺と一緒になって感心していたのは見逃さない。


「一応、3年間一緒にいたわけだろ? 知らなかったのか、ふたりとも?」

「いやその……話には聞いてたんだけど、さ。ごめんね田中君。いつもアズサちゃんとか真理佳ちゃんとかとのやり取り見てるから、ほらイマジナリー的なものかと」

「気にするな涼風姉。執行部での俺の扱いもだいたい同じようなものだ」

「田中氏。それは胸を張って言う台詞ではないです。さっきの悲壮感に溢れた顔は何だったんですか」

「それとあたしのセリフだいぶヒドいと思うから、もうちょっと気にした方がいいと思うな。自分で言うのもアレだけど」

「ふっ……お前たちから受けた衝撃と環境の激変に比べれば、ものの数ではない」

「それは何というかゴメン」


 双子姉妹と田中君とのやり取りに、俺は口元を緩めた。

 何となく、普段の放課後の様子が垣間見えたようで、少し嬉しい。あと田中君、君は強く生きてくれ。いつか食事を奢らせていただく。

 

 ふと、紅愛がはなを見た。


「ねえ、はなさん。お願いがあるんだけど」

「ん? なあに、紅愛ちゃん」


 首を傾げるはな。紅愛はバッグから冊子を一冊、取り出した。真っ白な表紙で簡素な作りである。何度も開いたり閉じたりしているせいか、ページの端っこが少しヨレていた。カラフルな付箋も何枚か顔を出している。


「これ、今度のドラマの脚本素案。無理言って譲ってもらったんだ」

「そう……なん、だ」


 はなが言葉を詰まらせる。脚本冊子を持ったまま、紅愛がぐいと顔を近づけたからだ。

 やや上目遣いに、相手の目線よりも少し下から見つめる。これ、紅愛が時々やるおねだりポーズだ。

 まさか俺以外にも仕掛けるとは……。紅愛本人は、「恥ずかしいからパパ以外にはやらない」と言っていたのに。それとも、はなは別なのだろうか。


 紅愛の肩を白愛が掴む。

 いつもの怜悧れいりな目を少しだけ細め、「姉様、私も」とつぶやく白愛。他人の、特に姉の内心を見抜く力に長けた彼女のことだ。紅愛の突然の行動に、思うところがあったのだろう。

 私を置いていくな、と。


 白愛が紅愛の隣に立つ。そして双子姉妹揃って、上目遣いのおねだりポーズをする。珍しい。俺だけでなく、隣の田中君も目を丸くしていた。


「んん? え? なに? どういうこと、これ?」


 顔を赤くしてのけぞるはなを見て、紅愛と白愛は小さく笑った。双子らしく、そっくりな微笑み。ふたりで同じ事を考えている顔だ。

 紅愛は、持っていた脚本冊子をはなに握らせる。


「ねえ、はなさん。一緒に……しよ?」

「へぅっ!!?!?」

「共演シーンの練習」

「…………ほぇ?」


 ぽかんとするはな。普段強面の彼女が目を点にすると、ちょっと面白い表情になる。

 紅愛がくすりと笑った。


「はなさん、ずっとパ――能登さんと一緒なんだもん。これくらいの仕返しはあってもいいよね?」

「仕返し……? く、紅愛ちゃーんっ!」

「グッジョブな表情でした。セリフも迫真。嫉妬すら覚えるほどです。すごくすごい」

「白愛ちゃん! 称賛のセリフが棒! すごく棒だぜ!?」


 涙目で抗議の声を上げるはなに、くすくす笑って応える双子姉妹。

 やっぱりからかってたのか、まったく。これも一緒に過ごした年月の長さがなせる気安さなんだろうか。少し妬いてしまう。


「あ、ちなみにこの脚本。きわどいラブシーンがあるから、そのつもりでね!」

「私たち双子がたっぷり教えてあげます」

「おっふえぇぇぇーっ!!?!」


 はな、奇声。

 仕返しはこっちが本番だった。






【30話あとがき】


双子、拗ねる、八つ当たる――というお話でした。

紅愛と白愛、学校じゃどうしてこうも罪作りなんだろうって感じですよね?

さあ、はなたちは問題のシーンをどう演じるつもりなのか?

それは次のエピソードで。

田中(とはなさん)、お前(たち)は悪くないと思って頂けたら(頂けなくても)……

  

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