第31話 泣き下手と想いのシーン


 はなの叫びを聞き、生徒会室の中から朝仲さんたちが顔を覗かせた。どうやらしばらく前から会話を漏れ聞いていたらしい。状況は把握しているという顔で紅愛たちを部屋の中に招き入れる。

 俺は朝仲さんに尋ねた。


「いいんですか? ここで演技の練習をさせても」

「別に構わないでしょう。紅愛の持っていたのは脚本素案。まだ正式なものではありませんから」

「はあ……」

「ま、ほぼほぼ完成稿と言ってよいと思いますが」


 おいおい。

 ずいぶんアッサリ許可を出すんだな。

 そう思っていると、今回のメインスポンサー、蓬莱さんもノリ気で握り拳を作る。


「こんなに早く紅愛さま、白愛さまとはなさんの絡みが拝見できるなんて、なんて僥倖ぎょうこうでしょう! しかもこんな間近で! ああ、今日ほど生徒会に入って良かったと思ったことはありませんわ!」

「スポンサー様もこうおっしゃっていますし」


 あくまで冷静な朝仲さん。俺は反論の言葉を持たなかった。なにせ俺は廊下で正座の刑に処せられたお叱りを受けた身である。


「まあ、仕方ないか。いずれは来る本番だ。はな、気をしっかりって――駄目か」


 真っ白になってガタガタを震えながら天井を見上げるはな。もしこれがアニメなら盛大に作画崩壊しているはずだ。動揺と不安がわかりやすすぎる。


「……勝くん。ウチ、いつの間にか紅愛ちゃんたちにライバル認定されてる? どうして? ツライ……心の準備が」

「さあはなさん行くよー」

「ああああ」


 紅愛と白愛が笑顔で生徒会室内に引っ張っていく。無慈悲である。

 はなが俺に助けを求めるよう手を伸ばすと、双子姉妹の引っ張る力がぐんっと強くなった。というか紅愛の腕力が桁違いなのでちょっとだけはな(と白愛)が宙を飛んだ。無慈悲である。危ないからやめなさい。


「紅愛、白愛。十六夜さん。では、こちらで練習をしましょう」

「それがいいですわ」


 朝仲さん、蓬莱さんが案内した先は、生徒会室から続く隣の部屋。あのベッドが並ぶスペースである。


「何でわざわざこっちの部屋ラグジュアリースペース(仮)を……」


 呆れて呟く俺。すると蓬莱さんが胸を張って答えた。


「ここなら防音防犯ばっちり対策済みです! 万が一にも、邪魔が入ることはありませんわ。思う存分痴態を見せ――いえ、演技特訓をしてくださって結構です!」

「そういうことですよ、勝剛さん。ここなら多少の痴態は外に漏れません」

「公共空間の私物化がはなはだしいんですがそれは」

「てか何で真理佳ちゃんが寝てるの? うなされてるけど」


 事情を知らない紅愛が目を瞬かせる。隣では白愛がしたり顔で頷いていた。たぶん、俺やはなの顔を見て大方事情を悟ったのだろう。


 はなの心の準備や一ノ瀬さんのうなされなどどこ吹く風で、演技の練習が始まった。

 諦めの表情で脚本をめくっていたはなが、顔を赤くして固まる。

 内容を知らない俺は小声で朝仲さんに尋ねた。


「ちなみに、紅愛たちがろうとしているのはどういうシーンなんですか?」

「ヒロイン役の双子が、教師役の十六夜さんに告白するシーンですね」

「……おおぅ」

「ちなみに本番は屋上でのシーンなんですが、ベッドがある部屋でるのもこれはこれで味があります。リアルでもこれくらい積極的だとよいですねチラ」

「朝仲さん、実は面白がっていませんか」

「ぼくはいつだって真剣ですよ。特に紅愛と白愛に関しては」


 そう言われると返す言葉はない。

 ふと、紅愛と白愛のふたりと目が合った。

 彼女らは揃って、口元を微かに緩める。


 演技の練習が始まった。

 このシーンは、ドラマの中でもクライマックスに近いところだろう。脚本を目にしていない俺には、どういう展開を経てそのシーンに至ったのか知る術がない。

 けれど。


(すごいな……)


 これまで何度も娘たちの才能に驚かされてきた俺だが、今回も舌を巻くものだった。


『わかる』のだ。


 何の事前説明もなく、いきなりひとつのシーンを切り抜いているのに、ここに至るまでのキャラクターたちの葛藤や想いが滲み出ているのだ。


 きっと、ヒロインたちは何度も教師に助けられたのだろう。励まされたのだろう。

 きっと、ヒロインたちは想いを告げる日までずっと耐え続けていたのだろう。

 きっと、ヒロインたちはどんな結果になろうとも前を向く覚悟を固めているのだろう。


 内容を知らない俺にも、彼女らの『これまで』がありありと伝わってくるのだ。

 白愛がそういう演技をできるのはわかる。何度も見てきた。事務所で。あるいは撮影の現場で。

 しかし、ドラマには初挑戦の紅愛が、白愛と同じレベルの演技ができていることが驚きだった。

 ふたりとも、これ以上なくハマっていると言えるだろう。


 同じ室内、同じ空気を吸っている俺が、どこか胸の高鳴りを感じるほどに。


「心配するまでもなかったですね。だからこそ切ない」


 朝仲さんが不意に呟いた。誰に向けての言葉かわからない。無意識に漏れた言葉という感じだった。

 俺は双子を改めて誇らしく思った。同時に――どこか釈然としない、しこりのような違和感も覚えた。それは不快な感情とは少し違う。もっとこう……不安にも似た焦りだ。

 顔に出さないようにする。こういうとき、強面は便利だった。


「少々よろしいでしょうか、能登さん」

「はい? 何でしょうか蓬莱さ――んんっ!!?」


 蓬莱さんに袖を引かれて振り返った俺は目を剥いた。ざらついた感覚が一瞬で吹き飛ぶ。

 目を血走らせた蓬莱さんが、はーはーと荒い息をしながら口元を抑えていたのだ。手の隙間からダバダバ鼻血が漏れ出ている。


「失礼。紅愛さま白愛さまのお姿があまりにも尊く赤いヨロコビが身体から迸ってしまい……ティッシュをいただけませんか? はなさんから『そういう備えは完璧な人だ』と伺っていましたので」

「頼るべきは俺より医者だと思います。……はいどうぞ」

「ありがとうございます。……うへへへ、この深紅こそ私の魂がお二方ふたかたに仕えている証。うへへ」

「むしろ今すぐ横になった方がいいのは君の方では……?」


 双子ガチ勢おそるべし。






【31話あとがき】


双子の演技は、勝剛を驚かせ、そして心を揺らすものだった――というお話でした。

彼女らの本心が滲み出たという感じですよね?

この演技を受けて周りの反応は?

それは次のエピソードで。

周囲の変態のせいでまともに見られないよ!と思って頂けたら(頂けなくても)……

  

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