第32話 泣き下手と外野の空騒ぎ


 とりあえず、はな用に確保していたありったけのティッシュを蓬莱さんに渡しながら、俺は忠告した。


「紅愛や白愛の大ファンでいてくれるのは嬉しいけど、さすがに大量出血は自重して欲しいな。あの子たちも気が引けるだろうし、何より君の生命せいめいが心配だ」

「そうですわね。紅愛さまや白愛さまに遣わせるわけにはいきませんものね」


 彼女はそう答えるなり、器用に鼻血を止めて見せた。これが限界オタクかと思った。人間の限界を片足踏み越えている。


 すると、田中君が真面目な表情で呟いた。いつの間にか俺たちの隣に来ていたのだ。


「いくら同性とはいえ、学内で不純な交流を認めるのはいかがなものか。朝仲マネージャー、校内での撮影時はできるだけ他の生徒の目がつかないよう工夫を――」

「会長さん、退場」

「ロッカーごと膝に抱えて一生正座しているといいですわ」

「……カジュアルに迫害されてる?」


 会長として真っ当な発言のはずだよな?と天を仰ぐ田中君。俺は改めて彼の肩を叩き、「君は間違ってない。ここにいていいんだ」としみじみ告げた。もう少し皆に優しい世の中になればいいと思う。

 ――というか、蓬莱さんはともかく朝仲さんはもうちょっと発言の仕方があっただろうに。


「あなたが――」


 ふと、双子姉妹のセリフが耳に入る。3人の演技練習は続いていた。

 想いを告げるまでの、間。

 どこまでが脚本通りで、どこまでがアドリブかはわからないが、彼女らを包む空間は完全に別世界のものになっていた。

 それは3人がそれぞれ没入しているということ。


 すなわち、はなも双子に見合う演技をしているということで。


 最初はあれだけ不安を前面に出していたはなだったが、意外なことに双子の相手役を無難にこなしている。彼女の鋭い眼差しと佇まい、それらが双子を前にして少しだけ緩む様が、絶妙な雰囲気を醸し出している。

 もしはなが見た目通り女子高生であったなら、今の姿はきっと女子生徒たちの羨望の的となっていただろう。イケメン女子という奴か。はなをキャスティングした朝仲さんやイルミネイト社長の慧眼けいがんに感服する。


 俺の隣で蓬莱さんが「イイかも……!」とまた鼻血を吹き出していた。わかりやすい肉体構造である。


 ところが。

 しばらく演技が進むと雲行きが怪しくなってきた。

 

 紅愛も白愛も、はなをライバル視してこの演技練習に引き込んだ感がある。はなが思ったよりも『出来る』ことで火が付いてしまったようだ。

 一瞬、双子の視線が鋭くなったことを俺は見逃さない。


「むむ? 気のせいだろうか。涼風姉妹、さっきよりも十六夜さんと距離が近いような」


 真面目な田中君が呟く。彼の言うとおり、紅愛も白愛も距離が近い。グイグイとはなに迫っていた。お互いの胸なんて完全に密着して、顔だって鼻先数センチくらいしか離れていない。


 朝仲さんの表情から、これはアドリブなのだろうと察する。


 はなが俺の方を向いた。

 演技中の顔そのままで口を動かして訴える。


『むり』

『なにこれ』

『たすけて』


「朝仲さん。はなが声なき悲鳴を上げ始めたので、このくらいで止めてあげては」

「もう少し」


 鬼かあなたは。


 演技は素人の俺が勝手に止めるわけにもいかず、やむなく俺は『耐えろ』と口パクで伝えた。俺も大概鬼だなと思った。許せ、はな。

 外野の非情な態度を受けて、はなは意を決したように双子に向き直る。


 ――10秒ちませんでした。


 演技に没頭する紅愛と白愛の乙女顔に迫られ、ついにはなはオーバーヒートを起こす。その場にうずくまり、頭を抱えて「モウユルシテ」とガタガタ震えだした。

 トラウマになってないだろうな……?


 さすがにやりすぎたと感じたのか、紅愛と白愛は揃ってはなを慰め始める。小さい頃に世話になった姉代わりの女性には、ふたりとも鬼になりきれないということだろう。


 俺もはなに一言謝っておこう……。

 そう考えたとき、ふと後ろの空気がピリつくのを感じた。

 振り返ると、朝仲さんと蓬莱さんが横目で睨み合っていた。


「これはこれでアリとぼくは考えますが?」

「そうでしょうか? わたくしは少々否定的ですわ。ドラマであろうと紅愛さまと白愛さまはもっと神聖で、かつ儚くあるべき。解釈違いは虎をも殺しますわ。脚本家はミンチどころか消し炭です」


 殺意が高い。

 どうやら双子姉妹の迫り方について、意見の不一致があったらしい。


 俺がひそかにおののいていると、またもや田中君が間に入った。


「まあまあ。どちらでもよいのでは? 確かに少々近すぎると思うが、所詮これは演技なのだろう?」

「つまみ出しましょう」

「天誅」

「今度は空気を読んで寛容にしたつもりなのだが!? あいたっ、痛! アズサ君、爪先で蹴るのはやめてくれまいか!?」


 悲鳴を残し、ラグジュアリースペース(仮)から追い蹴り出される田中君。やり取りが実にテンポ良いので、やはり普段からこうなんだろう。俺は遠い目になった。


 その後も主演たちそっちのけで蓬莱さんと意見を交わしていた朝仲さんが、ふと俺の方を向いた。


「勝剛さん。こうなっては仕方ありません。スポンサーに切り札を見せてやりましょう」

「はい?」

「はなさんと交代です」

「……はい?」

「皆がスタンディングオベーションで迎えるような素晴らしい見本を見せてください。さあ」

「………………はい??!」







【32話あとがき】


田中氏のようなまともな反応は不要である(理不尽!)――というお話でした。

だんだん朝仲さんもこの学校に毒されてきた感がありませんか?

いよいよ真打ち登場、どうする双子姉妹?

それは次のエピソードで。

ヒロインが霞んでない?大丈夫?と思って頂けたら(頂けなくても)……

  

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