第26話 泣き下手と双子の朝チュン


 こうして3人一緒に眠るのはいつ以来だろうな――と俺は思った。

 紅愛と白愛に寄り添いながら自宅マンションまで戻り、そのまま俺の寝室へ。


「……ふたりとも。せめて寝間着に着替えてきたらどうだ」

「や」


 部屋に入ってからというもの、俺にくっついて離れない。

 仕方なく上着だけ脱いで、俺たちはベッドに潜り込んだ。俺を中心に、川の字になる。絵的には「小」の字といった方がしっくりくるかもしれない。

 紅愛と白愛は、俺の両腕を枕にして横になる。紅愛は右手を、白愛は左手を伸ばす。俺の胸の上で、ふたりはまるで祈りを捧げるように手を繋いだ。


 そのまま、静かな時間が流れる。


 数分と経たず、双子姉妹の静かな寝息が聞こえ始めた。

 俺は天井を見上げ、小さく息を吐く。


(ふたりのことだから、なんだかんだとはしゃいで騒がしくなると思っていたんだが)


 家族の体温を感じて眠りにつきたかったのか。それとも、騒ぐ余裕もないほど精神的に疲れてしまったのか。

 おそらく、そのどちらもだろうと俺は思う。

 こうして3人で眠るのは数年ぶり。

 しかし、彼女たちの『下手ではない泣き顔』を見るのは実に12年ぶりだ。


 この事実だけで、よほどのことがあったのだと推測できる。

 寝息を立てるふたりの肩を、あやすようにゆっくりと叩きながら俺は思った。


 この子たちを本気で泣かせるヤツは絶対に許さない、と。


 ――結局この夜は、明け方近くまで双子姉妹を見守り続けた。

 微睡まどろみの中で、柔らかな声を聞く。


「パパ……」

「父様……」

「……ん。ああ、ふたりとも。おはよう」


 俺は微笑みながら応える。

 紅愛と白愛に起こされるのも、久しぶりだな。


 ……とはいえ。


「紅愛。白愛」

「なあに?」

「ちょっと顔が近い」


 今度は視線を逸らしながら俺は言う。

 双子姉妹の顔がどアップである。息がかかるほどだ。

 紅愛も白愛も、俺の胸の上にのしかかるようにして、のぞき込んでいる。上はシャツ一枚の俺は、彼女たちの体温をダイレクトに感じた。


 久しぶりに甘えてくれるのは嬉しいが、久しぶりだからこそ少々刺激が強い。この数年でふたりとも実に立派に成長したのだ。

 俺の顔、赤くなってないだろうかと心配になる。


 ふと、双子姉妹の表情に気付いた。


「……くふ」

「……おふ」


 ふたりの方が真っ赤になって顔面痙攣している。

 今になって状況を理解したという顔だ。

 俺はため息をついた。


「寝てる俺の顔なんて、見てても面白くなかっただろ?」

「そんなことないよっ!」

「眼福これ極まりです!」

「で、いざ見てたら恥ずかしくなったと」

「…………んふぅっ!!」

「…………んふぅっ!!」

「図星かい。というか羞恥で泣くな。なんか俺まで泣きたくなってくるだろ。顔面の話題は弱いんだぞ」


 プルプル震える双子姉妹に呆れつつ、俺は内心で安堵していた。

 よかった、どうやらいつものふたりに戻ったようだ。


 着替えるために自室に戻るという紅愛と白愛に、俺は声をかけた。


「紅愛。白愛」

「……?」

「何かあったら言えよ。俺はいつでも、どんなことがあっても、お前たちの味方だからな」


 そう言って、精一杯の微笑みを見せる。


 昨夜、彼女らの身に何かがあったことは間違いない。それによってこれまでにない不安をふたりが覚えているのなら、俺が伝えるべき一番の言葉、伝えるべき一番の思いはこれだろう。

 双子姉妹は大きく目を見開いたあと、揃って笑みを返してくれた。


「うん。ありがとう、パパ。大好き」

「父様は私たちの心の支えです」


 嬉しい台詞を言ってくれる。

 感激に浸る俺を残し、紅愛と白愛が寝室を出た。


 ――かと思ったら、すぐに戻ってくる。


「ところでパパ。一緒にベッドインした記念にバーベル買っていい? ちょうど可愛いのが見つかったの。パパの部屋に置いて鑑賞したい。100㎏くらいの手頃なやつ」

「父様。私もこの記念すべき日に特注のバブルドームを作りたいです。安心安全、ふわもこ内装の完全球体で父様の部屋を縦横無尽に転がり尽くします」

「冷水シャワー浴びてこい」


 俺の部屋はジムでもアトラクションでもねえです。純粋にご近所迷惑だよ。

 ある意味スキャンダルだわ、そんなの。


 笑顔で部屋を追い出すと、紅愛と白愛は暢気に手を振りながら軽やかに去っていった。「まったく」と俺は苦笑する。

 俺にとって双子姉妹の言葉が嬉しかったように、彼女らにとって俺の言葉が嬉しかったのなら、保護者冥利に尽きる。


 ――あんな良い娘たちを怯えさせた輩は、改めて『絶許』である。


 それから俺はいつものように家事をこなした。

 今日は紅愛も白愛も学校だが、俺はたまたま非番の日だ。いつもより少し凝った朝食を作る。

 JKアイドルにあるまじき食事量をいつも通り平らげながら、紅愛がぽつりと言った。


「はなさん、遅いね。まだ寝てるのかな?」

「先ほど声をかけましたが、なんだか眠そうな返事でモゾモゾする気配がしましたね。まったくけしから――羨ましい話です」

「本音が建前を凌駕しているぞ白愛」


 俺がツッコミを入れたちょうどその時、はながリビングにやってきた。着替えは済ませているものの、ふらふらと足下が覚束ない。表情が半分寝ている。


「おふぁよう……みんな……」

「おはよう、はな。朝食できてるから、遠慮せず食べてくれ」

「ありがとー……っと。あらら……? おろろ……?」

「はなさんはなさん。危ないよ、まっすぐ歩いて」


 慌てた紅愛に介抱されながら椅子に座るはな。俺は濃いめに淹れたコーヒーにミルクをたっぷり注いで、はなの前に置いた。

 はなは両手でカップを握り、ふーふーしながら飲み干す。それだけ見るとこの中で一番年下に見えるから不思議だ。


「……あ゛ー、みるぅ。血が巡る音がするわぁ……」

「コーヒーでその台詞を言う人初めて見た」

「はな様の身体はミルクとコーヒーでできている?」

「なんでだよ。ウチの血はちゃんと赤いから」


 紅愛と白愛のイジリに、ようやくいつもの喋り方に戻るはな。彼女は済まなそうに言った。


「ごめん。ウチ、結構な低血圧で朝はすこぶる弱いんだ」

「俺は気にしないからいいけど……確かはなは、蓬莱家の家事手伝いをしてるんだよな? 朝がそんな調子で大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃねえけど、何とか工夫してる。朝、すごく早く起きるとか。ちょっとハード目の運動を入れて無理矢理身体を目覚めさせるとか。勝くんの家、なんか実家かと思うほど居心地がよかったから、つい寝坊してしまった……」

「父様」


 なぜか、白愛が真剣な表情を浮かべて俺を見る。


「これでご理解いただけたでしょう。私の朝はアレで至極まともであると!」

「イモムシ布団はダメ」

Booぶー! Booぶー!」

「ここはアウェーじゃなくてホームだ。ダメ」

「そういえば白愛ちゃん、今朝は枕とか持ってこなかったのね。昨晩の様子だと、朝もああいう感じなのかと思ったよ。紅愛ちゃんも」


 さらりと指摘するはな。彼女にしてみれば、ごくごく自然な疑問だったのだろう。

 だが、昨日からの微妙な変化を鋭く言い当ててもいた。

 双子姉妹は一瞬、口を閉ざす。

 首を傾げたはなに、紅愛がぼそりと言った。


「はなさん。白愛が貸したパジャマ、サイズは大丈夫だった?」

「んー……あー……。まあその、袖丈は問題なかったけど、ちょっとだけきつかったかな。その、胸が」

「姉様。いくら話題を逸らすためとはいえ、それはあまりにも人の心がない質問です」

「あなたの犠牲は無駄にしないわ、白愛。あとでパパの卵焼き1コあげるから」

「ただ、紅愛ちゃんのパジャマはウエストが緩かったような……」

「姉様生きてますか?」

「かなり泣きそう」


 はなの天然ぶりに振り回される双子姉妹を、俺は少し複雑な気持ちで眺めていた。

 やっぱり、昨日のことははなにも触れて欲しくないらしい。


 朝食を終え、俺は紅愛と白愛をマンション前で見送った。隣にははなもいる。

 彼女は双子姉妹の背中に向けて小さく手を振りながら、目尻の涙を拭う。


「勝くん。あなたは毎日、あんな試練を耐えているんだね。すげぇわ」

「……すまん。マンションの住人さん、皆いい人なんだが。俺たちふたりが揃うとより威圧感が増すらしい」


 見送りに出るまでに二度ほど「ひぃっ!?」とドン引かれた俺とはなは、揃ってため息をついた。


「……とりあえず、はな。蓬莱さんのところまで送るよ。車に――ん?」


 そのとき、俺の携帯が鳴った。発信元は朝仲さんだ。


「はい、もしもし。能登です」

『おはようございます、勝剛さん。朝早くから申し訳ありませんが、このあと事務所まで来て頂けませんか? 昨日のお話の続きをしたくて』

「わかりました。それでは、はなを……いえ、十六夜さんを自宅まで送ってから向かいます」

『はい?』


 なぜか、朝仲さんの声のトーンが低くなった。


『勝剛さん。十六夜はなさんとご一緒なんですか? 今?』

「ええ」

『……なぜ?』

「彼女には幼い頃の紅愛と白愛が世話になりましたので。いろいろ積もる話もあるかと思って、泊まってもらったんです」

『勝剛さん、スマホをスピーカーモードにしてください。今すぐ』


 妙な迫力に押されつつ、言われたとおりにする。すると電話口から『十六夜さーん』と朝仲さんが呼びかける。呼ばれたはなは、素直にちょこちょことやってきた。


「はい十六夜です。その声は朝仲さん? 何だろう?」

『十六夜さん。昨日はお楽しみでしたか?』

「どうしよう勝くん。朝仲さんが何を言っているのかわからない」


 困惑するはなを遠ざけ、スピーカーモードを解除する俺。


「どういうつもりですか、朝仲さん!?」

『昨日はお楽しみでしたか? ねえ?』

「圧が凄ぇ。何にもないですよ。世話になった人を普通にもてなしただけです」

『おかしいですね。こういうとき、紅愛と白愛は黙ってないと思ったのですが』

「いや、まあ……それは当たらずとも遠からずですが」

『昨日はお楽しみだったんじゃないんですか? ねえ??』


 まるで「双子姉妹と間違いを起こさなかったのは何事か」と言わんばかりである。

 逆じゃね?


 俺は咳払いをした。


「この件については、また後で。朝仲さんに相談したい内容ですし」

『……わかりました。とりあえず、事務所でお待ちしております』

「はい。では」

『あ、もうひとつだけ』


 通話を切ろうとしたとき、朝仲さんは言い添えた。


『こちらに来られるときは、紅愛か白愛の制服の替えもお持ちになって下さい。それから勝剛さん、あなたも可能ならビジネススタイルで』

「え?」

『事務所での話が終わったら、おふたりには星乃台高校に行ってもらいます。協力してくれる生徒さんと顔合わせがあるので』


 俺は目をしばたたかせた。


 









【26話あとがき】

双子姉妹に起こった変化とは、前よりも態度に糖度が増したことと、12年前と似た雰囲気が出てきたこと――というお話でした。

はな含めて、これもう家族じゃんって感じですよね?

勝剛パパが双子の高校に襲来するとどうなるか?

それは次のエピソードで。

朝仲さん実は間違い起こるのを期待してない?と思って頂けたら(頂けなくても)……

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