第14話 泣き下手とダブルデート(1)
喫茶店『アルテナ』を出た俺は、紅愛と白愛を引き連れ商店街のアーケード通りに入る。
ちなみに、2人とも再び変装済みである。
薄手のコートに帽子、それと伊達眼鏡のセット。
服もシンプルな上下の私服に着替えている。制服は紙袋の中だ。
こんなこともあろうかと、アルテナには変装衣装一式をこっそり保管してもらっていたのだ。
代わりに紅愛たちが持ってきた怪しいトレンチコートやらハンチング帽を預かってもらった。……まあ、いつか日の目を見られればいい。
「パパ。このまま駅前に出ようよ。一緒に買い物したい!」
「でしたら姉様。父様の車で郊外のショッピングモールに行くのはどうでしょう。品揃えならあちらの方がありますよ」
「うーん。このまま並んで歩くのも捨てがたいしー。もういいや、両方行っちゃおう!」
「なるほど、それも良いアイディアです。でしたらこの私が最短最速のルートをご提案しましょう。なに、ちょっと姉様のお顔を拝見させてもらえれば、どこに行きたいかたちどころに言い当ててご覧に入れます。お望みなら逆に迷子になるルートも――」
「やめて」
2人とも浮かれてるなあと俺は思う。
彼女らのウキウキ具合は態度にも表れていた。
紅愛は右側から、白愛は左側から、俺の腕に自分のそれを絡ませている。
この子たち、機嫌が良いときはだいたい手加減を忘れるので、紅愛は容赦なく俺の腕を締め付けてきたし、白愛は俺がぞわりとするポイントを無意識に探って腕の組み方を工夫してきた。
俺じゃなかったら筋肉か脳のどっちかが死んでる。
さらに言うと今回は、スキンシップが心なしかいつもより強めだ。
俺は紅愛と白愛の好きなようにさせた。
「パパ、今日は嫌がらないんだね」
ふと、紅愛が尋ねてきた。
確かに、いつもの俺であれば
いつもと反応が違う俺に、紅愛は期待と不安の入り混じった表情をしていた。
朝仲さんの言葉を思い出す。
双子にとって、俺との時間が最優先なのだと。
俺だって、双子との時間は何より大事だ。
だから――。
「今日はお前たちにとことん付き合おうと思ったんだ。喜ぶ顔、見たいからな」
そう言葉にする。
すると白愛が嬉しそうに口を挟んだ。
「姉様。やはり朝仲さんが仰っていたとおり、父様は私たちを受け入れてくださるようです。これは逆転サヨナラホームラン級の快挙と言えるでしょう」
「ふぅーん。そーなんだー。んふふ。へぇー、ほほーぅ?」
「おい。2人とも何だ、その意味ありげな笑みは」
紅愛はそれに答えず、代わりにぐいと力強く俺を引っ張った。
「じゃあ行こ! ダブルデート開始ー!」
上機嫌の紅愛に引っ張られ、ふんふんと鼻息を荒くする白愛に引っ付かれ――。
俺はアーケード通りを小走りに進んだ。
紅愛も白愛も、変装はしている。
けれど、浮かれて楽しそうな彼女らが醸し出すオーラは、隠しようがなかった。
道行く人々が次々に振り返る。男性も、女性もだ。
まるで車窓から不意に見えた満開の花畑に驚き、その香りに惹き付けられたように。
――俺からすれば、見慣れた光景だ。
誰もが振り返る。
興奮して、あるいは羨望して、顔を赤らめる。
双子の母親である涼風恋も、そうだった。
皆に注目される可憐で鮮烈な花。
紅愛も、白愛も、姉さんの血をしっかりと受け継いでいる。
そんな彼女らを、俺は近くで見てきたのだ。
だからこそ想像できない。
道行く人たちと同じ表情をする自分が。
興奮して、羨望して、彼女らに釘付けとなる能登勝剛の姿が。
今まではそれでいいと思っていた。
俺は2人のファンではない、父親なのだから――と。
けどそれだけでは、紅愛と白愛に向き合うには不十分なのかもしれない。
一歩、後ろに下がって見守る以外にも俺にできることはあるはずだ。
もっとあの子たちを喜ばせたい。
今はその気持ちを大事にしようと、俺は心に決めた。
駅前への道を歩いていると、ふと、新しいブティックがオープンしていることに気づいた。
ガラス越しに展示されたコーディネートへ、目が行く。
「紅愛。あの服なんて似合うんじゃないか?」
「え?」
「ほら、デニムパンツの奴。ああいう活動的な服も好きだっただろ? 腰にワンポイントでデニムのリボンが付いてて、可愛いじゃないか」
「あ、ホントだ……。かわいい」
「ステージ衣装はふわふわ系が多いから、たまにはああいうスタイリッシュなのも着たいって言ってたよな」
「パパ、あたしが愚痴ってたこと覚えてたんだ」
「そりゃそうさ。俺はずっとお前たちのことを考えてるんだから」
俺が苦笑しながら言うと、紅愛ははにかんだように俯いた。
さらに強く腕を絡めて、紅愛は言った。
「じゃあ、アレにする」
「まだ店に入ってないのに、いいのか? せっかくなら他のも見たらどうだ。品揃えもセンスも良さそうだぞ、あの店」
「ア・レ・に・す・る!」
「父様、父様」
妙に強情な紅愛を横目に、白愛が袖を引いてきた。
「姉様は今、葛藤しているのです。ブティックで男性を振り回すのはデートの鉄則。そう、乙女の夢! 本当は試着室でえっちっちなハプニングのひとつでも起こしたい!」
「えっちっち……ハプニング……」
「白愛」
「しかし悲しいかな、姉様はこう見えて恥ずかしがりです。場所によっては対人恐怖症すら発症するほど。そこで葛藤です。初めて行く店で初めて会う店員さんとコミュニケーションを取らざるを得ない精神的苦痛。定番デートスポットで父様ときゃっきゃうふふする幸福と快感。それら2つを天秤にかけているのです」
「白愛!!」
紅愛が顔を赤くしながら叫ぶ。
「もう! 何でいっつもイイところで横槍入れるかなぁ!?」
「双子ですので」
「答えになってなーい!!」
ぷんすこ怒る双子の姉。
俺は紅愛の肩を抱いた。
「よし、入るぞ。俺もお前の可愛い姿が見たい」
「……!! も、もうパパったら。強引なんだから。でも、こういうパパも悪くないかなあーなんて」
「姉様、それに父様。絵面とセリフがヤバいです。おまわりさんこっちですをされます。もしもしポリスマン?」
「…………」
俺はそっと紅愛の肩から手を離した。
「白愛ぁーっ!!!」
「さあ入りましょう姉様」
襟元を掴んでガクガク揺さぶる姉に、いつもと変わらないクールな顔で応える妹。
ちょっとやり過ぎたかと俺は思った。
店内に入ると、さっそく女性店員さんがやってきた。
「いらっしゃいま――せ……」
営業スマイルが強ばる。
はい。俺の強面に本能的な警戒心を抱いたのですね。
わかります。知ってる。知ってた。
……泣くな、泣くんじゃないぞ。俺。
しかし、店員さんはプロだった。
MAX警戒心を腹の底に押し込め、再び営業スマイルを作る。
その店員さんが、「あら?」と首を傾げた。
「失礼ですが、お客様はもしかして涼風――」
「しー」
素早く反応したのは紅愛だった。
彼女は瞬時にアイドルモードになると、人差し指を口元に当てウインクする。横目でその表情を見た俺は、改めて舌を巻いた。
人見知りなどおくびにも出さず、明るさと可愛らしさを茶目っ気仕草に昇華している。このままジャケット写真で使えるんじゃないかと思えるほどだ。
……俺の腕にがっちり抱きついて密着していなければ、だが。
店員さんは言った。紅愛や白愛ではなく、俺に向かって。
「重ねて失礼ですが、お客様は――誰?」
「……んふぅ!」
思わず泣いてしまった。
いや知ってたけどさ。「てめぇは不届き者か?」って見られてるのはわかったてたけども。
もう少しオブラートに包んでほしかったです。
すると、今度は白愛が言った。
「この方は事務所の関係者です。ご覧の通り、ボディガードも兼ねて頂いてるんです」
「ああ、なるほど。それは失礼致しました。大変心強いですね」
「はい。いつも本当にお世話になっています。今日も私や姉様の無理を聞いて頂いて――ですよね?
「かっしー……いや、うん。そうなんですよ。ははは」
「まあ、仲がよろしいのですね。本当に、仲がよろしい」
「はははは……」
俺は愛想笑いで応える。店員さんの視線が実に痛い。
白愛の奴。たまに、こうしたテキトーなあだ名で俺を呼んでくる。
誰がかっしーか。ガラじゃないだろう。
店員さんの前でなければ即座にツッコんでいたところだ。
しかも白愛め。満足そうにドヤ顔してからに。
店員さんから「仲が良い」と言われたのがそんなに嬉しかったのだろうか。
俺はため息をつくと、小声で囁いた。
「紅愛」
「…………」
「紅愛さんや」
「…………………………」
「グラビア撮影時の微笑みのまま全力を込めるのはやめなさい。痛い。や、マジで。そのままだと関節が増えるから。痛、痛たた」
店員さんの前なので派手に身じろぎするわけにもいかず、俺は平然を装いつつ紅愛の猛攻に耐えた。
やがて、意を決したように紅愛がスッと一歩前に出る。
アイドルスマイルはそのままに、彼女は腹から声を出して言った。
「た、たのもうっ!!」
道場破りのセリフである。
紅愛さん。もしかしてパニクってます?
【14話あとがき】
陽キャっぽくノリノリでベタベタするけれど、意外に人見知りでイジられる紅愛さん、というお話でした。
しっかり者のヒロインがちょっと抜けた反応をするのって、可愛いですよね?
紅愛のお買い物デートは無事に成功するのか?
それは次のエピソードで。
白愛は姉に容赦ないなと思って頂けたら(頂けなくても)……
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