第15話 泣き下手とダブルデート(2)
美少女アイドルから道場破り宣告。
紅愛を長く見てきた俺ですら戸惑う暴走である。
初対面の店員さんはさぞ面食らったに違いない。
店員さんは片手で自らの顔を押さえた。
「我が領域に足を踏み入れし
「ノリノリじゃねえか」
まさかのマジトーンでのボケ返し。
この人、デキる。
最近の店員さんはバラエティーの素養まで備えているのか。恐れ
この機転があればどんな客でも対応できるに違いない。できるなら俺の時にもその柔軟性を発揮してほしかったです。素で「誰?」はないでしょうよ、「誰?」は。泣いちゃったじゃないか。
……などと馬鹿なことを俺が考えている間に、紅愛は我に返ったようだ。
赤面しながら、「えっと。ショーウインドウにあった服を試着したくて」と当たり障りなく切り出した。
「……。かしこまりました。少々お待ちください」
「お願いします……」
会釈した店員さんは、ショーウインドウの方へ歩いていく。
その後ろ姿をちらりと見た紅愛は、近くに陳列されていたカーディガンにバフッと顔を
「あああっ……さいあく……対応ミスった……やっぱ初チャレンジのお店は苦手……」
「気にするな、紅愛。店の客は俺たちだけだし、相手は接客のプロだ。きっと上手く受け流してくれてるよ」
「……むしろちょっと怒られたように見えたのはあたしの気のせいかな? バラエティー番組のMCさんが『返すボールが違うだろ!』ってツッコむ顔そっくりだったんだけど」
「それは俺も強く思った」
やはりあの店員、只者ではない。朝仲さんが仕掛けたドッキリを疑うレベルである。
俺は紅愛に言った。
「ところで、いつまでそこに顔を埋めてるんだ」
「むり。今ちょっと泣きそうだから、きっとヒドイ顔だもの。パ――能登さんの馬鹿」
「理不尽に罵倒された俺……。とにかく、売り物のカーディガンを汚すんじゃない」
「いいもん。あたし買うもん」
「それ、メンズじゃないか? サイズ的に」
「いいもん。パ――能登さんに着てもらうもん」
そう言ってカーディガンを手に取る紅愛。
すでにいつもの可愛らしい顔付きに戻っているのはさすがだった。
店員さんが服を手に戻ってくる。
「お待たせしました。試着室はあちらです。サイズの手直しが必要なときは、遠慮なくお声かけください。ところで――」
にこりと店員さんが笑う。
「お連れの妹さんは、あそこで何をなさっているのでしょう?」
「え?」
手で指し示された方を見る。
白愛がマネキンに寄りかかりながらポーズを決めていた。
売り物のスラウチハットを被り、目を閉じている。
紅愛が半眼になって、「あの子、またあんなことを……」とつぶやいていた。
俺は店員さんに頭を下げる。
「すみません。たぶんアレ、寝てるんだと思います。マネキンの硬さと高さがちょうどいいのでは。ハットは……アイマスク代わり?」
「まあ素敵。ではあのまま双子のマネキンとして――」
「白愛、起きなさい!」
慌てた俺と紅愛の叱責で、白愛がのそのそと動き出す。どことなく不満そうな顔で、彼女は店内に置いてあったスツールに腰掛けた。
気を取り直し、俺は紅愛に言う。
「試着しておいで。きっと紅愛に似合うから」
「……じゃあ、行ってきます」
デニムパンツの一式を抱きしめ、紅愛が小さくうなずく。
試着室に入ると、しばらくして
さすがに12年も一緒に過ごしていると、着替えのときも家族目線だ。
(紅愛、だいぶまごついてるな。胸のサイズを考えると、トップスだけ変えてもらった方がいいかもしれない。それに無理に着ようとしてファスナー壊してしまわないだろうか。紅愛、緊張すると力入れすぎるから)
そんな風に色々心配しながら試着室を見つめる俺。
その俺を横からじーっと見つめる店員さん。
「……」
「……」
「…………」
「…………今のうちに、他にも紅愛に似合いそうな服を見繕ってみるか。店員さん、手伝ってもらえますか?」
「一緒に試着室へは入られないのですね」
「ちょっと何言ってるかわかりません」
ネタの振り方が豪腕過ぎないだろうか。
もしかしてブティックに勤める前は芸人でいらっしゃったのではと疑いながら、俺は陳列棚を見て回った。
店員さんのキャラはともかく、やはり最初に感じたとおりセンスも品揃えもいい。
いくつか見繕ったとき、試着室から紅愛のか細い声が聞こえた。
「あの……店員さん」
「はい。何でしょう」
「ごめんなさい。別のサイズは置いていますか?」
「あら、少し緩かったですか? さすが、お客様はスタイル良くいらっしゃるので」
「いえ、そうじゃなく……その、胸が」
「ふむ。ちょっと失礼いたします。……あら。あらあらまあ。なるほどなるほど。これはこれは」
「……あの。そんな風に
「私もファンになろうかしら」
「はい?」
何という会話をしている。
試着室に上半身を突っ込んで「あらあら」と繰り返す店員さん。
俺はしびれを切らして声をかける。
「紅愛。他にも似合いそうな服があるぞ。試してみてくれ。店員さん、これをお願いします」
備え付けの
カゴの中身を確認した店員さんは、また俺をじっと見つめた。
「このチョイス。あなた、やりますね」
「そういうのいいから、早く」
真面目に仕事してくれと表情に力を込めながら言う。
受け取った店員さんは再び試着室の中に消え、紅愛の着替えの手伝いを始めた。
……正直、白愛に中の様子を確認させようかと思ったが、あいにく双子の妹はちょっと涎を垂らしながら船を
しばらくして、試着室のカーテンが開いた。
「どう、かな?」
いつもと違って、おずおずと
リボンをあしらったデニムパンツに、フロントフリルのカットソー。
アイドルとして舞台に立つときとはまた違った、活動的かつカッコカワイイ姿である。
俺は満足して何度もうなずいた。心から褒める。
「うん。やっぱり似合ってる」
「え!? あ、あはは。そ、そうかな? そうなんだ」
「他にも良さそうな服を選んでみたから、ぜひ試してみてくれ」
「うーん、でもこれ以上はちょっと恥ずかしいというか」
「俺が見たいんだよ、紅愛。今日はお前の可愛い姿を見て、何度でも褒めると決めてるんだから。だから見せてくれ。紅愛の魅力」
そう言うと、紅愛が真っ赤になった。
そのまま無言でカーテンを閉めると、彼女は再び着替え始めた。「ふんふーん」と上機嫌な鼻歌まで聞こえてくる。
店員さんが隣に来た。
「やりますね」
「どうも」
「さすがは私が
「できれば褒め言葉らしい単語のチョイスでお願いします」
それから俺は店員さんと一緒に、紅愛のファッションショーをリードした。
身内の
楽しそうに笑っている。
その顔が見られただけでも、俺は満足だ。
ふと、何を思ったか店員さんが奥へ引っ込む。俺と紅愛が顔を見合わせていると、それほど間を置かず店員さんが戻ってきた。
何着か商品を抱えている。
「せっかくでしたら、こちらも試してみてください」
「はーい。あれ? でもそれ、ちょっと大っきくないですか?」
「
「……! お揃い……!」
紅愛が目を輝かせる。
俺は服を見た。なるほど、確かに男女とも着こなせそうなゆったりとしたデザインだ。明るく活動的な紅愛にもぴったりだろう。
ただ、俺が着こなすには少々背伸びが過ぎる感じがする。なんせこの顔だし――。
「じゃあまずパ――能登さんから着てみて!」
「は? いや俺は」
「いいから! 今日はあたしを喜ばせてくれるんでしょ!?」
そう言われて、服と共に試着室に押し込められる。
カーテンの向こうからワクワクした紅愛の気配が伝わってきて、俺は仕方なく服に袖を通す。
ユニセックスとはいえ、体格の大きい俺が着ると窮屈だ。鏡を見ると、まるで格闘ゲームのキャラクターのように見える。だいぶ浮いてる。
これも紅愛のためだと、諦めてカーテンを開ける。
「着たぞ。どうだ、紅愛」
「…………………………」
「無言はキツイな。確かに、自分でも浮いてると思うけど」
「……………………………………」
「ではお客様にかわって私が感想を。――これからマフィアをぶん殴りに行かれるのですか?」
「行きません。あんたが用意した服だろ」
「…………………………………………たい」
ボソッと紅愛が呟く。
「次……あたしも、着たい……」
「かしこまりました。それではこちらのサイズで――」
「同じもの、着たい」
「え?」
ペアルックを考えていた店員さんが目を
紅愛は俺の袖を握って言った。
「次、
「ん? んん!?」
「は・や・く!!」
紅愛さん。
目が――怖いです。
【15話あとがき】
紅愛のお買い物デートは成功を飛び越えて暴走モードに突入しました、というお話でした。
陽キャの塊だと思ってた子が案外恥ずかしがりっていうのも、魅力的ですよね?
暴走モード紅愛さんをどうやって鎮めるのか?
それは次のエピソードで。
こんな店員さんが居たら鬱陶しそうだなあ、でも外から見てる分には面白そうだなあと思って頂けたら(頂けなくても)……
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