第17話 泣き下手とダブルデート(4)
「私、ロケアルに行きたいです」
俺の手を取り、行きたい店の名を告げる白愛。
頭の中で地図を思い浮かべながら、俺はうなずいた。
「ロケアル……あ-、郊外にある家具量販店のことか?」
「ざっつらいとです、父様。私はそこで夢のSHINGUに包まれたいのです。あ、これは『神の具』と掛けた小粋なジョークで――」
白愛、珍しく饒舌である。やはり浮かれている。
寝具か。白愛らしいと言えばらしい。なにせ布団でイモムシ化するほどだ。
展示品に寝っ転がって幸せそうな顔をする娘の姿を想像し、俺は微笑んだ。
「わかった。徒歩だと遠いから、車で行こう」
「善は急げです! さあ早く向かいましょう、父様! 姉様!」
ブティックで昼寝していたグータラぶりはどこへやら、率先して走り出す白愛。
紅愛が、俺と似たような柔らかい微笑みを浮かべてつぶやく。
「すごくはしゃいじゃって。あれじゃ、心を読まなくても気持ちは丸わかりだね」
「本当だな。……車を停めてる場所はひとことも伝えてないのに、一直線に駐車場へ向かってるのはさすがとしか言いようがないが」
若干口元を引きつらせる俺。
それから徒歩で数分。駐車場に到着する。ヤクザもびっくりな超ゴツいスモーク付き高級車に乗り込んだ俺は、紅愛から「ねえパパ」と呼びかけられた。
「サングラスかけて」
「えぇ……あんまり好きじゃないんだがな、コレ。――ほら、かけたぞ。これでいいか?」
「くふ、くふふぅ!」
「紅愛、それ厄介な方のファンが見せる顔。白愛、スマホでカメラ連射やめなさい。何枚撮る気だ」
「今ので89連射目です」
「最近のスマホは凄いな。まったく、こんなんで喜んでくれるなんて、俺は泣きたくなるほど嬉しいよ。誰も彼も俺にヤクザらしくさせやがって……んふぅ」
「その顔もイイ」
「後で写真送りますね姉様」
「オラ、シートベルト付けろムスメども! 出発するからな!」
はーい、と機嫌良く声を揃える双子姉妹に俺は肩をすくめる。
車を発進させると、安全第一で目的地へ向かう。紅愛と白愛を乗せている状態で無茶な運転などできない。
おかげさまで無事故無違反だ。
にもかかわらず、職質を何回も受けたことがある。いつぞや言われたな、「ただならぬオーラを感じたので、つい……」と。
ひどくね? そんなに邪気が出てましたか?
……あ、前に入ろうとしたママさんドライバー、俺の顔見て慌てて車線戻した。助手席でお子さん泣いてたね。危ないよ。
俺も泣きそう。
「運転するパパも格好いいね」
心の中で涙を流していた俺に、紅愛がうっとりと声をかけてきた。助手席後方の座席から、俺の横顔をじっくり堪能しているようだ。
俺は心の涙を振り払うように、昔見た映画俳優のマネをして運転席でポーズを取る。すると紅愛はご機嫌で拍手した。
「パパ! もう一回、もう一回! ね?」
「はいはい。ご要望とあらば、姫」
「えへへ!」
満更でもなさそうに笑う長女。今度は別のポーズを取って俺は応えた。
すると、後ろから細い手がするりと首筋に伸びてくる。
「『ねえ? このままホテルに向かうのかしら?』」
「お、おいおい白愛……」
俺の胸元や頬を妖艶に撫でながら、後ろから白愛が囁きかけてくる。
口調や雰囲気ががらりと変わっている。これは「女優モード」に入った証拠だ。
そういえば、さっきマネした映画俳優には、こうやって迫ってくる愛人役がいたなと思い出す。
指先の動きといい、声の調子といい、さっきルームミラー越しにちらりと見えた妖艶な表情といい、映画の女優そっくりだ。とても現役女子高生には見えない。
これが天才女優の実力か。
正直に言うと――このときの俺は感動していた。
ミラー越しでもゾクゾクするような顔つき。すぐ首元に感じるオーラと熱。
涼風白愛はこれほど魅力的な娘になったのか、と。
しばらく白愛の好きにさせていると、紅愛がぐいと白愛を引っ剥がした。
「白愛。そういう抜け駆け禁止」
「『ふふふ。彼は私のもの』」
「演技しながらその台詞はやめてってば。あたしでもヘンな気持ちになるじゃない。そもそも、白愛ってそういう役、やったことないでしょ。何でそんな完璧なのよ?」
「いえ、何となく。やったらできました」
あっさりいつもの表情に戻って言う白愛。言動が天才のそれである。
「私も父様のアウトローぶりに興奮して。つい」
「確かに今のパパは格別に格好いいけど!」
「それと姉様にこれ以上、幼児退行して父様に迫るなんてコスい手を使われてはダメだと思って。つい」
「なんだとお!?」
「こらこら」
呆れて仲裁に入る。
再び頬を膨らませた紅愛が、とんでもないことを言い出した。
「……着替える」
「ん?」
「さっき買った服。ここで着替える。いっちばんキワドイの着てやる」
「紅愛さん??」
止める暇もあればこそ、紅愛は「えいや」とばかり上衣を脱いで紙袋をごそごそとする。いくら後部座席側の窓はスモークが貼られているとはいえ、車内で下着姿になるのはまずい。非常にまずい。
どこか駐車スペースは――と周囲に目を配る俺をよそに、紅愛は胸元の大きく開いたカットソーに袖を通すと、後ろから俺を上目遣いに誘ってきた。
「どう……パパ? 似合う? 可愛い? それとも……色っぽい?」
思わせぶりに人差し指で胸元の布地を引っ張る紅愛。その姿を、俺はルームミラー越しに見た。
羞恥心と、「見て欲しい」という欲望がせめぎ合いながらも、ほんのわずか欲望の方がそろりと前に出た――そんな表情だった。
まさに男の脳を破壊する仕草と声音。
俺はまた感動してしまった。白愛とは違う意味で、涼風紅愛の魅力は際立っている。
だから即座に、正直に言った。
「似合うし、可愛いし、一番は色っぽいな。グッとくるぞ、紅愛」
「…………はぇ?」
「その姿、独り占めしたいね。他の男に見せたくないよ。最高だ」
「…………ほ、ほほぅ、ふふーん、にゃるほ、ど……?」
「アイドルのイメージが崩れる? だからどうしたっていうんだ。紅愛はどんな紅愛でも最高だよ」
ブティックで店員さんに告げたことを、力を込めて繰り返す俺。
すると紅愛は何やらもじもじし始めると、助手席後ろの陰に隠れて小さくなってしまった。もごもご言ってるのが聞こえる。どうやら両手で顔を覆っているらしい。
白愛が言った。
「姉様。すっごいザコです」
「うるさいぃぃ」
「そういえば服屋さんでスゥハァハァしたときと同じ顔してますね」
「うるさーい! んふぅっ!!」
すっかりいじけて泣いてしまった姉を放置し、今度は俺に言う。
「あと父様。私は父様にも言いたいです。『もう少しこう、手加減を』」
「手加減? 何のことだ? 俺は本心を言ったまでだぞ」
「……いま私、ちょっとムッとしました。父様がそこまで姉様を持ち上げるなら、私は双子妹として遠慮なく姉サゲを」
「これ以上紅愛をおちょくるなら、このまま家にUターンする」
白愛は途端に大人しくなった。
それにしても、今日は改めて思い知った。
紅愛も白愛も、本当に魅力的な女の子――いや、女性になったのだと。
朝仲さんの言葉に従って2人にとことん付き合おうとしたからこそ、気づけた。
彼女らを引き取って12年。
もう間もなく、紅愛と白愛は「大人」になる。
ルームミラーに映った俺の表情は、サングラスに隠れてよくわからない。ただ、商店街ですれ違ったファンのそれとはやはりどこか違っているように思えた。
気を取り直し、運転に集中する。
「ん?」
直後、ドアミラーに映った車に気づいて眉をひそめた。
4人乗りの真っ赤なオープンスポーツカーだ。物凄い速度で迫ってくる。窓を閉めていても独特の排気音が聞こえてきた。
俺たちの車のすぐ後方にぴたりと付いた後、車線を変えてスピードアップ。
そして、併走してきた。
まるでF1レースのサイドバイサイド。
数秒後、破裂したようなエンジン音を残しあっという間に抜き去っていく。
煽られたかな、と俺は思った。
詳しい容貌は確認できなかったが、運転席にいたのはサングラスの男性だった。助手席にはスーツ姿の女性もいた。まるで洋画の撮影シーンみたいだったなと俺は肩をすくめる。
「あんなの、パパの方が格好いいじゃん」
「姉様の言うとおりです。イキった悪が本物の悪に敵うはずがありません」
いつの間にか前席シートのヘッドレストに張り付いた双子姉妹が、揃って頬を膨らませながらスポーツカーの後ろ姿を睨んでいた。
「パパ、本気出しちゃって。こっちの方がデカくて強いんだから!」
「本家グラサンにちょっかい出すとどうなるか、思い知らせてあげましょう」
「張り合わないから。ほら二人とも、いい加減座ってシートベルト締めろ。俺が捕まる」
ぶーぶー口を尖らせながら席に着く双子姉妹。
前に向き直った俺は、サングラスの下で目を細めた。
――あの車、車種はわからなかったが、わざわざ海外のナンバープレートの上に日本のナンバーを封印していた。手間がかかることを厭わない物好きである。
日本で流通していないような外車を乗り回すアウトロー。
ヤクザ仕様の黒塗り高級車をわざわざ煽ってくる、その度胸。
「まさかな」
俺はつぶやき、心持ちアクセルを緩めた。いつの間にか足に力が入っていたのだ。
どこかで別の道に入ったのか、スポーツカーはもう見えなくなっていた。
【17話あとがき】
ノリノリ白愛さんは家具屋のSINGUに包まれたい、というお話でした。
大人になった双子の底知れぬ魅力に思わずドキドキしてしまいますよね?
この意味ありげなスポーツカーに乗った連中は何者なのか?
それは次のエピソードで。
とことんイジられるヘタレ紅愛を見てると、どっちが姉かわからないなあと思って頂けたら(頂けなくても)……
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