第18話 泣き下手とダブルデート……の合間に


 夕暮れ時、とある芸能プロダクション事務所の正面玄関である。

 そこから、サングラスをかけたひとりの男がネクタイを緩めながら出てきた。


 かつて『イケメン紳士』と呼ばれブレイクした俳優――乱場カイトである。


 彼はマネージャーも連れず、ひとり街を歩き出した。タバコを切らしてイライラしているところを見られたくなかったし、何よりひとりでいたい気分だったからだ。


 たまに行き交う人々は、カイトを一顧だにしない。むしろどこか距離を取ろうとしていた。

 人気絶頂の頃とは違い、今はサングラスひとつで容易に社会に紛れることができる。それだけ、カイトの知名度は落ちていたのだ。

 今はただ、どことなく近寄りがたい男に過ぎない。


 そんな中、カイトはつい先ほど、新しい仕事を手に入れることができた。念願だったドラマの役である。主役ではないものの、主要メンバーには違いない重要な役どころだ。

 本来なら、マネージャーと祝杯のひとつでもあげるところだろう。

 しかし、今のカイトはとてもそんな気分になれなかった。

 彼は小声で自嘲する。


「チッ……ザマないな、乱場カイトよ。念願叶ってドラマの役を手にしたってのに……何なんだよ、この不安はよぉ……」


 タバコがあれば人目を気にせずむさぼっていたはずだ。

 カイト自身、この不安感の原因が説明できなかった。ゆえに、焦る。ゆえに、考えてしまう。


 俺はこのままでいいのだろうか――と。


 そのときだ。1台のオープンスポーツカーがカイトの元へ横付けしてきた。

 海外のナンバープレートの上から日本のナンバーを封印している。だがハンドルは右で日本仕様だ。珍しい姿である。

 カイトはその車に見覚えがあった。


「なんだ。あんたらか」

「どうも」


 助手席の女性が素っ気ない口調で応える。運転席のサングラス男は無言である。ただ、男はカイトを見て口元に小さく微笑みを浮かべていた。

 顔かたちや肌の色は日本人。だがこの男は、長い海外暮らしから戻ったばかりで日本語が上手く喋れないという。助手席の女は通訳なのだと、以前カイトは聞いていた。

 それ以外の出自は一切謎の連中である。


 怪しい。

 だがカイトは、彼らに対し奇妙な親しみを覚えていた。

 この2人組と初めて出会ったのは1ヶ月ほど前。以来、何度かこうして突発的に会っている。

 マネージャーにも彼らのことを話していない。

 それはカイトにとって、自分の境遇に対するささやかな反抗であった。


 ふと、男がポケットからタバコを取り出した。カイトに差し出す。

 一瞬面食らったカイトだが、一本もらう。これまで味わったことのない、独特のキツイ香味が口内に広がると同時に、カイトは落ち着きを取り戻した。

 ちらりとスポーツカーを見る。

 1000万以上はするであろう高級外車とそのオーナー。そんな彼らと対等に振る舞える自分――。

 そう意識すると、不安感はスッと消えていった。


「礼を言うぜ。あんたらのおかげで、俺はまたドラマに出られそうだ。本当だったんだな。あんたらの力」


 カイトは言う。

 かつて、この2人組はカイトに告げた。「自分たちと手を組めば、望むモノが手に入る」と。

 前を向いたまま、女性が平坦な口調で言った。


「日本のドラマはキャスティングありきですからね。それで、バーターとしてこちらが求めているものの提供はまだですか? こちらはあなたの借金も肩代わりしているのです。相応のものを提供してもらわなければいけません」

「……それはあんたのボスの言葉かい?」

「さあ。どうでしょう」


 抑揚も容赦もない声音だった。人間のものに聞こえない。まるで変声機でも使っているかのようだ。

 こいつらは善良なボランティアなどではない。仮面を被ったアウトローだ。俺と同じだ。

 カイトはニヤリと笑った。さっきまでの不安感が綺麗になくなっている。

 スポーツカーの後部座席にひらりと乗り込む。


「俺に考えがある。良い稼ぎに噛ませてやるよ」


 そう言って口元を引き上げるカイトの手には、スマホ。画面にはドラマの企画書データが表示されていた。

 助手席の女がちらりと運転席を見る。

 サングラス男はやはり無言のままだったが、心なしか口元の微笑みを深くして、ハンドルを握った。カイトも、このサングラス男そっくりの笑みを浮かべて言う。


「さあ、楽しくいこうぜ。相棒」


 ああ、やっぱり俺はこの笑い方が性に合っている。

 そう思うカイトを乗せ、スポーツカーは走り出した。





 郊外に広大な敷地を構える大型家具量販店、ロケアル。

 平日の夕方にもかかわらず、結構な台数の車が入っていた。

 俺は駐車場の片隅に車を停めると、双子姉妹に声をかける。


「よし、着いたぞ」

「SHINGU!」

「あ、おいこら白愛! 飛び出すと危ないぞ! あとその取り憑かれたような独り言もやめなさい!」


 まるで小学生がおもちゃ売り場に突撃するように、勢いよく車外へ出る白愛。俺はサングラスを外しながら彼女の後を小走りに追う。すぐ横には紅愛がぴったり付いてきた。

 フィジカルを鍛えているだけあって、紅愛は俺と併走しても汗一つかかない――と、思いきや、額にびっしり汗を浮かべていた。顔もどことなく紅潮している。

 ヨレヨレになった変装用の衣服をちらりと見て、俺は呟いた。


「本当に到着ギリギリまで着替えをすっぽかすとはな……」

「だってだってだってぇ!」


 赤らんだ顔をさらに真っ赤に染めながら紅愛が言う。


 どうやら俺が紅愛のカットソー姿を褒めちぎったことで、再びテンパってしまったらしい。ロケアルの駐車場に到着する直前まで、あられもない格好のまま座席の端っこでアワアワしていた。

 目的地が見えてきてから大慌てで着替え直した結果、こんなヨレヨレで艶っぽい姿になったというわけだ。


「いつか悪い男に引っかかるんじゃないかと、ちょっと心配になってきたぞ。俺……」

「あ、それはないよ。それはない」

「2回言った」

「だってパパ以上に悪くて格好いい人いないもの。パパ以上に悪くて格好いい人いないし。いい? パパ以上に悪くて格好いい人はいないの」

「3回言われた……んふぅ」


 大事な娘に3回も念押しされて、これほど心にクるとは思ってもみなかった。

 俺ってそんなに悪い男に見える?

 泣きたい(泣けない)。

 白愛が戻ってきて、俺の手を引く。


「さあ父様。魅惑のSHINGUが私たちを待っていますよ。めいっぱい、楽しんでいきましょう!」

「わかったわかった」

 

 泣き顔を手のひらでもみ消してから、俺は頷く。

 ノリノリの白愛、まだ赤面が収まらない紅愛とともに、ロケアル店内へと入った。










【18話あとがき】

スポーツカーの2人組は乱場カイトと何やら怪しい関係だった、というお話でした。

カイトが勝剛たちに悪さをしそうな雰囲気、プンプンしますよね?

そうとは知らない双子姉妹が、今度は家具量販店でどんなアプローチを仕掛けるのか?

それは次のエピソードで。

カイトは見事な小悪党ムーブをかますなあと思って頂けたら(頂けなくても)……

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