第19話 泣き下手とダブルデート(5)


 広い店内にゆったりとした通路。入口からすぐのフロアは、季節商品と生活雑貨のスペースだった。台所を預かる人間の性か、調理器具やアイディア雑貨に思わず目が行く俺。


 紅愛は食器類が気になるようだ。ペアのマグカップを興味深そうに見つめながら言う。


「あ、コレかわいいなあ。ねえパ――能登さん、お揃いで買おうよ」

「こらこら。先に白愛の欲しいものを見てからだぞ」

「同じ柄でもっと重いやつないカナ? 3㎏くらいの」

「それはマグカップと呼べるのか……?」


 好みが実に紅愛らしいが、鈍器は食器じゃない。


 一方の白愛は、真っ直ぐに奥の寝具エリアへ進んでいく。


 ――ところが。


 何を思ったか、ふと白愛は足を止め、近くの陳列棚へ向きを変える。

 俺と紅愛は顔を見合わせ、彼女の後を追った。

 白愛が向かった先は子供用のクッションを展示しているエリア。

 そこには先客がいた。60代くらいの男性と、小学校低学年くらいの女の子だ。手を繋いでいるところを見ると、祖父とその孫らしい。

 彼らの会話が漏れ聞こえてくる。


「ほら、明美。破れたクッションの代わり、何がいい? じいじに言ってごらん」

「うん……ありがと、おじいちゃん」


 女の子は答え、すぐに辺りをキョロキョロし始める。男性の方は「これなんてどうだ?」などとにこやかに話しかけていた。

 傍目には、微笑ましい祖父と孫のやり取りだ。何も問題があるようには見えない。


 白愛はスタスタと彼らに近づいていく。

 きょとんとするお爺ちゃんに会釈してから、白愛は女の子に目線を合わせてしゃがみ込む。


「こんにちはです」

「こ、こんにちは。……あれ? 明美、おねえちゃんどこかでみたことある」

「よく見破りました。何を隠そう、私はこのロケアルの妖精なのです」


 余所の子に適当なことを……と思ったが、俺はそのまま見守った。

 白愛の横顔が、茶化しているように見えなかったからだ。


「明美ちゃん、と言いましたね。もしかして、探し物は別にあるのではないですか?」

「えっ!? なんでわかったの?」

「私はロケアルの妖精ですから」


 そう言って胸を張る白愛。

 女の子は控えめな性格なのか、なかなか自分から喋ろうとしなかった。すると白愛は言った。


「大事な人へのプレゼントを考えていたのでは? 例えば、そうですね……綺麗で可愛いランプとか」

「……!」


 目を見開く女の子。白愛は表情を少し緩めると、男性に目を向けた。


「申し訳ありません。この子が遠慮しているようでしたので、希望を聞いてしまいました」

「いえ、とんでもない! 私にはさっぱりわかりませんでした。……そうなのかい、明美?」


 男性が尋ねると、女の子はおずおずと頷いた。

 白愛が立ち上がる。


「あちらのエリアに照明器具が揃っていますよ。クッション選びはこの子の希望を叶えてあげてからでいいでしょう」

「ありがとうございます。実はこの子の母親は入院中でして……。少しでも喜ばせてあげたいと思ったのでしょうな。それに気づかないとは、いやはや、身内として恥ずかしい」

「おじいちゃん! 早く行こ!」


 少し前までどこか遠慮がちだった女の子が、満面の笑みに変わっていた。男性の手を引き、通路を小走りに進む。

 俺たちとすれ違うとき、女の子は振り返って白愛に言った。


「おねえちゃん、ありがとう!」

「いえ。こけないように注意して下さい」


 白愛も小さく手を振って見送る。

 女の子たちの姿が見えなくなってから、俺は声をかけた。


「さすがだな。偉いぞ、白愛。けれどよくわかったな。あの子が自分の希望を押し殺してるって」

「ええ、まあ。昔の私や姉様を思い出してしまったので、つい」


 なるほど、と思った。

 大女優――涼風恋の娘で、世間的には「隠し子」扱いされてきたからこそ、放っておけなかったのだろう。自分を押し殺してきた時期が白愛にもあったのだ。

 洞察力が人一倍鋭い白愛だからこその、優しさだ。

 俺は自らの不明を恥じた。


 すると、それまで黙っていた紅愛が白愛の腕を取った。


「ほら、魅惑の寝具コーナーはもう少し先でしょ。行くわよ。めいっぱい選ぶ時間を作らなきゃ」

「おお。姉様もついにSINGUの素晴らしさに気づいたのですね!」

「白愛には負けるわ」


 双子姉妹が連れ立って歩く。俺はその後ろ姿を見つめながら、ゆっくりと追いかけた。


 間もなく、目的の寝具コーナーに到着する。

 ロケアルは一般的なマットレスの他にも、オリジナルのベッドフレームも販売しているようだ。中には、まるで中世のお城に置いてあるようなファンタジックな見た目のベッドもあった。

 白愛が目を輝かせながら向かったのは、そのうちのひとつ、天蓋付きのベッドだった。


「かっしー。私、コレが欲しいです!」


 実にイイ笑顔で要求してくる双子の妹。おいマジか。


「フレームはこれを基本に、オーダーメイドで手を入れて。マットレスはあっちのメーカーの最上位ランクが素晴らしいです。サイドテーブルにもこだわりたいですね!」

「あー、どれどれ――ぜんぶ合わせると……いち、じゅう、ひゃく、せん、万、十万、ひゃくま……」

「あたしが言うのもアレだけど、ソレはやめときなさい。白愛。さすがに」


 紅愛が止める。


「あなた基本的に金遣い荒いんだから、気をつけないとダメよ」

「今日の姉様に言われると心外感がすごいです」

「う……!」


 痛いところを突かれ口ごもる紅愛。

 まあ確かに、ブティックの服200万円分をカード一括で買おうとした人間に言われたくないのは、わかる。

 ぐぬぬと小さく呻く姉を余所に、天蓋付きのベッドにごろりと横になる白愛。


「ああ……これぞ至高のSINGU。怠惰こそ人生の幸福です。むふう」

「まったく」


 腰に手を当てた紅愛は、ふと表情を緩めた。短く息を吐いて、踵を返す。俺は怪訝に思った。


「紅愛? どこ行くんだ?」

「あたしもロケアルは久しぶりだから、ちょっと色々見てくるね。パ――能登さんは白愛の側についてあげて。こんなところでたったひとり、無防備に昼寝されたら大変なことになりそうだから」


 ひらひらと手を振りながら、立ち去っていく。

 それで理解する。紅愛、気を利かせたのだ。きっと、さっきの女の子とのやり取りが頭にあったのだろう。

 俺は苦笑してから、白愛の側に腰掛けた。


「妹思いの姉を持てて、幸せだな。白愛」

「ええ、本当に」


 ふかふかのベッドに横になった双子妹は、穏やかな表情で目を細めていた。

 

 この辺りは高級寝具ばかりが並ぶエリアのためか、行き交う人々の姿もまばらだ。

 店内のBGMに耳を傾ける。ゆったりとした時間が続く。白愛は静かにベッドへ身を委ねている。


「父様」


 てっきり寝入ったと思っていた白愛が、俺の服を引いた。


「膝枕をしてほしいです」

「膝枕? 別に構わないが……どうした急に」

「重大な過失に伴う正当な損害賠償請求です」


 ふにゃりと幸せそうな顔をしながら物騒なセリフを吐く双子妹。

 これも白愛なりの甘え方なのだろうと思うことにして、俺は座る位置をずらした。


「ほら」

「失礼します」


 白愛がいそいそと俺の膝の上に頭を置いた。ふーっと満足そうに息を吐く。

 どう考えても高級ベッドの方が寝心地がいいだろうに、白愛はさっきよりも心地よさそうな顔をしていた。


「やはりこの固さが至高です」

「どうも。……あ、こら。こっちを向くな」


 さすがに新進気鋭の美人女優がアラサーおじさんの股間に顔を埋めるのは絵面が悪すぎる。代わりにゆっくりポンポンと肩を叩いてやると、渋々白愛は向きを変えた。

 膝枕のまましばらく、穏やかな時間が過ぎていく。


「ねえ父様」

「ん? なんだ?」

「私がどうして寝具が好きか、お話したことはなかったですよね」


 ふと、白愛がそんなことを呟いた。


「私は昔から、他人の気持ちや心の機微を感じ取ることが得意でした。特に意識しなくても、何となくわかってしまうのです」

「ああ。よく知ってるよ。さっきもそうだったよな」

「時々、それが無性にしんどくなるときがあるのです」


 俺は横になっている白愛の顔を見た。いつもの怜悧さとは違う、どことなく疲れたような色が浮かんでいる。


「他人の気持ちを読み取るのは、どうしてもエネルギーを使います。使いたくないときでも、使ってしまいます。私は気にしないことにしました。女優を続けるにはとても有利な特性ですし。けれど、それでも時折キャパオーバーになりかけることがあります」


 でも、と白愛は続ける。


「寝具と、そして父様が私を受け入れ、包み込んでくれたから、私は自分の特性と上手く付き合い続けることができたのです。それはきっと、これからも」


 娘の告白に、俺は黙って彼女の頭を撫でた。

 白愛が何かにつけて惰眠をむさぼるのは、ただ単に怠惰な性格をしているだけじゃない。感受性と洞察力の過剰な高さを和らげるための反動でもあったのだと、俺は感じた。

 自分が情けないな、と俺は思った。こんな機会でないと、大事な娘の秘めた苦悩がわからなかったなんて。

 俺は言った。


「たまにはこうやって甘えていい。これからもずっと、な」

「……はい」


 白愛は微笑んだ。これまでとは違う、陽だまりのような笑みだった。


 ――その後、俺の膝枕を堪能して満足した白愛は、結局、天蓋ベッドの購入を諦めた。

 その代わり、睡眠用のアロマとふかふかのクッションを買う。白愛はほくほく顔で言った。


「ふふん。父様からのプレゼントです」

「……よかったねー白愛ーほんとにー」

「姉様、見事な棒読みありがとうございます。怨嗟の気持ちマシマシで、ちょっと泣きそうです。んふぅ」

「ふんだ。すっごい良い雰囲気だったから声をかけるタイミングがなくて、あたしもちょっと泣きそうだったわよ」

「お互い様でしたね。……姉様。お気遣いありがとうございます。おかげで心の底からリラックスできました」

「ふふんだ。……よかったね、白愛」


 運転席に乗り込みながら、双子姉妹の微笑ましいやり取りに俺は目尻を下げる。


「それじゃ、そろそろ帰るか」

「あ、待ってパパ」


 エンジンをかけたとき、紅愛が言った。


「最後に行きたいところがあるの。3人で」

「行きたいところ?」

「はい。家の近くにある公園です」


 双子姉妹の提案に、俺は首を傾げた。










【19話あとがき】

今回は譲った紅愛と、膝枕おねだりで弱さを見せた白愛、というお話でした。

白愛にも秘めた悩みがあったんだなあって感じですよね?

一見なにもなさそうな公園で、双子姉妹はどんな話をするつもりなのか?

それは次のエピソードで。

やっぱりこの姉妹の絆は見ててほっこりするよねと思って頂けたら(頂けなくても)……

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