第20話 泣き下手とダブルデート(6)


 双子姉妹の希望に沿って、俺は車を河川敷に向けた。

 家の近くに堤防が整備された大きな河があり、その河川敷の一画が公園になっているのだ。

 夕日が穏やかな川面に映り込んでいる。水辺に吹く涼風は今の季節、散歩にぴったりと感じた。


 車から降りた俺たちは、それぞれいつもの変装姿で歩き出す。


「ここを歩くのは久々だな。風が気持ちいい。こういう時間を作るのも、悪くないよな」

「でしょ? 今日はずっとあたしたちに付き合ってもらったから、パパにもリラックスして欲しくて」


 俺のつぶやきに、紅愛が満足そうに応える。

 白愛は、風で微かに揺れる後れ毛を押さえながら言った。


「思い出しますね。昔、母様とこうして川縁を散歩していました」

「姉さんと?」

「そうだよ、パパ。もっとも、あの当時はママと一緒にいるところをおおっぴらにするわけにはいかなかったからさ。電話でママとお話ししながら歩いてたんだ」


 双子姉妹は目を細めて川面を見つめる。


 これまで何度か彼女らから聞いたことがあった。

 姉さんが生きていた頃は、あまり母娘で顔を合わせる機会がなかったのだと。

 紅愛たちの立場が微妙だったせいもあるだし、姉さんが人気絶頂で多忙を極めていたせいもある。

 だからこそ、紅愛と白愛にとって、たとえ電話越しでも母親とともに過ごした時間は特別だったのだ。


 そこまで考えて、ふと俺は首を傾げる。


「あのころのお前たちは、まだ小学校に上がる前だっただろう? もしかして2人だけででかけたのか?」

「違うよ。ちゃんと付き添いの人がいたってば」

「そうです父様。でなければ、基本人見知りの姉様は恐怖で泣いてしまいます」

「白愛?」


 にっこり笑いながら妹のほおをつねる紅愛。その状態で彼女は言った。


「ほら、パパと一緒に暮らすようになるまで、あたしたちのお世話をしてくれていた人がいたじゃない? その人の娘さんに連れていってもらったの」

「ああ、なるほど。十六夜いざよいさんか」


 俺はうなずく。


 双子姉妹を引き取って育てると決意した当時、俺はまだ17歳。俺自身も未成年だったため、紅愛と白愛には親権を持った保護者――いわゆる未成年後見人がついていた。

 名前は十六夜東護とうごさん。弁護士だ。


 十六夜さんとは何度か会って話をしたことがある。がっしりとして厳つい体躯だが、とても穏やかで親切な男性だった。俺が成人して親権を引き継いだ後も、何かと相談に乗ってくれた。

 千波さんと同様、俺たち家族にとって恩人である。


 今はお互い相談の上、距離をとっている。十六夜さんは「自分の役割は終わったので、これ以上出しゃばるのはよくない」という立場だったし、俺の方は「万一、世間に情報が漏れて十六夜さんたちに迷惑がかかってはいけない」という考えがあったためだ。


「十六夜さんの娘さんは確か、『十六夜はな』さん――だったか」

「うん。あたしも白愛も、はなさんにはよく面倒みてもらったんだ」

「はな様、すごくオーラがあって大人っぽい雰囲気の方でした。私たちがふざけていたら容赦なく叱られて……今でも思い出すとちょっと泣けます。んふぅ」

「あは、そういえばそうだね。あたしたちにとって、はなさんは一番身近な大人だったなあ。そういえば、おいくつだったんだろ。はなさん」

「確か、俺と同い年だったはずだぞ。彼女」


 記憶を探りながら何気なく口にすると、ぴたりと双子姉妹が口を閉ざした。俺は首を傾げる。


「どうしたお前たち?」

「はなさん、もっと年上の人かと思っていたら……まさか……パパの同級生……?」

「今日一番の衝撃……です……!」

「いや何でだよ」


 紅愛と白愛はぐいと身を乗り出してきた。


「ねえパパ、もしかしてあたしたちに内緒でこっそり会ってたり……!? もしくは学校であれやこれやと……!? めくるめくZ……!?」

「何だよZって。十六夜はなさんとは学校違ったし、そもそも直接会ったことはないんだ。何度か電話で話をしたくらいだよ」

「いや、しかし――はな様がライバルとは……これは予想外の強敵……!」

「お前それ、はなさんに失礼だろ。――というか、お前たちがそこまで言うなんて、逆に気になるぞ。はなさんって、どんな人だったんだ?」


 興味本位で尋ねると、紅愛と白愛は顔を見合わせた。

 それからなぜか、俺の顔をじっと見つめてくる。


「はなさんは……よくよく考えるとパパに似てたかも」

「俺に?」

「ええ。はな様もいわゆる『強面こわもて』と言われる方でした。けれど、とてもお優しかったです」

「なんか、見知らぬ人間から『レディースの総長』とか言われてへこんだって言ってたっけ」

「はな様のお顔を見ると泣く子も泣き止んだそうです。直後に制御不能なほど大泣きしてしまったそうですが」

「親近感しかない」


 俺が驚きと感慨を込めて呟くと、双子姉妹がフッと微笑んだ。


「考えてみれば、はなさんで慣れてたからパパも平気だったのかもね」

「はな様がいたからこそ、顔の怖さと心の優しさは関係ないと理解できました」

「感謝しかない!」


 俺が心の中で手を合わせながら呟くと、今度は双子姉妹、遠い目をした。


「……まあ、そのおかげでパパの泣き顔も移りやすかったのかもねー」

「……抵抗がありませんでしたからね」

「言葉がない」

「――ぷっ! あははっ! パパ面白い!」

「そんなに落ち込まなくて大丈夫ですよ、父様。ふふふっ!」


 俺が俯くと、双子姉妹は声に出して笑い出した。本当に気持ちよさそうに笑っていた。

 泣き顔になりかけていた俺は、肩をすくめて微笑んだ


 それからしばらく、ゆっくりと公園内の歩道を歩く。

 途中、自宅へと急ぐ小学生くらいの子どもたちとすれ違った。「ケーキ、ケーキ!」なんて言葉が耳に入る。何かお祝い事でもあるのだろう。

 その子らの後ろ姿を目で追いかけながら、紅愛が呟いた。


「そういえば、もうすぐだね」

「6月12日。お前たちの誕生日だな」


 俺が言葉を継ぐ。

 白愛がジト目で紅愛を見た。


「姉様。そういう大事な情報は、父様のサプライズまで口にすべきではなかったのでは? 父様が私たちの誕生日をすっぽかすわけがないのですから、楽しみ半減ですよ?」

「……ごめん」

「まあまあ」


 しゅんとする紅愛を庇うため、俺は話題を変える。


「これでお前たちは晴れて18歳、成人の仲間入りだ。2人は何かやりたいこととか、抱負とかはあるのか?」

「うーん」

「そうですね」


 紅愛と白愛はそれぞれ空を見上げながら考え、やがて同時に口を開いた。


「ママを超えたい」

「母様を超えたいです」


 言ってから、きょとんと顔を見合わせる双子姉妹。どうやら意図せず声が揃ってしまったようだ。

 俺は少し驚いた。


「2人が姉さんを目指していることは知っていたが……まさかそこまで強く意識しているとはな」


 言いながら、腹の底に小さな不安が湧き出る。

 朝仲さんに吐露したことを思い出す。――「涼風恋は遙か遠い存在。努力で到達できるレベルではない。そこを追い求め続ければ、紅愛も、白愛も、辛くなってしまうのではないか」。 


 紅愛が人差し指で頬をかく。


「まあ、ね」


 照れくさそうな仕草だが、目は本気だった。


「できれば、さ。近い将来に海外ツアーデビューしたいなあとか、思ってるの」

「私も姉様と同じく、海外を拠点にしたグローバルな役者になりたいのです」


 白愛も続く。


 海外デビュー。グローバルな活躍。

 姉さんが成し得なかったことだ。


「ママを超えれば、それって世界に通用する人材ってことでしょ? そこまで登り詰めたら、多少の声は無視できるようになるかなって」

「……ん?」

「姉様の言うとおり、母様を超えることはそれすなわち、スキャンダルにも動じずに済む地位を手に入れたことになるのです。父様」

「……ふーむ」


 ちょっとわかった。

 つまりこの子たちは、姉さんの二の舞になるのを避けたいのだ。他社の声に動じない立場になること――それがすなわち、涼風恋を超えることなのだと。

 夭折ようせつの天才女優を母に持つ紅愛と白愛だからこその野望。言葉を換えれば、「祈り」と言えるかもしれない。


「海外、出たいよね。白愛」

「ええ、海外しかないです。姉様」


 もちろん、夢を持つことは大事だ。そして自由だ。

 ただ……今日まで双子姉妹を大事に育ててきた俺にとっては、少し複雑な気持ちにさせられる夢である。


 気分を入れ替えようと、俺は穏やかな川面に目をやった。


 そういえば、今度の誕生日プレゼント、何にしようか。とうとう成人の仲間入りをするんだ。何か記憶に残るようなものにしたい――。


「父様。私たちの誕生日プレゼントに、そこまで悩まれなくても大丈夫ですよ」


 例によって俺の内心を読んだ白愛がそう言ってくる。

 俺は苦笑した。


「せっかくだ、直接聞かせてくれ。お前たちの欲しいものは、何だ?」

「あたしたちが欲しいもの?」

「ああ。大人の仲間入りをするんだからな。何でも良いぞ」

「………………何でも?」


 双子の目つきが変わる。しまった軽率だったかと一瞬後悔するが、腹を決めてうなずく。

 しばらく俺の前を歩いていた紅愛と白愛は、やがて揃って悪戯っぽい顔を浮かべて振り返る。


「まだナイショ!」


 仲良く声を揃えた。

 夕暮れ時の光は、紅愛と白愛の表情をほんのりと赤く彩る。夕日の赤か、彼女ら自身の紅潮か。よくわからずにいる俺は、まだまだ双子への理解が足りないなと思った。


「そろそろ家に帰るか。ん?」


 時間を確かめるために携帯電話を取りだした俺は、画面に表示された文字列に眉を動かす。

 エンタメサイトのニュース速報だ。


『あの美人双子姉妹が新作ドラマで共演! キャストにはかつて一世を風靡ふうびしたあの俳優も!?』


「パパ?」

「父様?」

「いや、何でもない。さ、帰ろうか。夕飯の買い物してないから、久しぶりにパーッと出前を取ろう」

「ヤッター」

「ヤッター」

「……反応が薄いなふたりとも」

「だって、パパの料理の方が美味しいんだもん」

「大衆の欲望をとことんまで具現化した外食システムに、本物の悪たる父様が負けるはずはありませんので」

「紅愛、ありがとう。白愛、いい加減そのネタやめて。悪、悪言われて泣きそう。んふぅ」


 ――こうして、今日のダブルデートは幕を閉じたのだった。

 








【20話あとがき】

かつて世話になった人との思い出話と海外進出への夢を語る双子姉妹、というお話でした。

まさか海外進出を考えていたなんて、ちょっと意外でしたよね?

新作ドラマにどんな波乱が待っているのか?

それは次のエピソードで。

「新ヒロイン来る!?」と思って頂けたら(頂けなくても)……

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