第21話 泣き下手と芸能事務所にて
ダブルデートから数日後――。
俺は朝仲さんから呼び出しを受け、芸能事務所へと向かっていた。
今日は休日。車の助手席には私服姿の白愛の姿がある。ちなみに紅愛は一緒じゃない。所属しているアイドルグループのレッスンがあるので、先に事務所へ出かけているのだ。
俺はハンドルを握りながら、助手席に目をやった。
白愛は何とも言えない微妙な表情を浮かべている。あえて例えるなら、小さな子どもが大好きなおもちゃを買ってもらう見返りに予防接種へ連れ出されたような、葛藤の顔だ。
「……そんなに事務所に行くのが嫌なのか?」
「いえ、そういうわけではなく。父様とふたりっきりでドライブなので、内心ではリオのカーニバルのごとく浮かれ上がっています。ですが」
「ですが?」
「せっかくのオフに惰眠を貪れなかったことに世の理不尽を感じてもいる。これはそういう顔なのです」
……まあ、白愛らしいと言えばらしい。
俺は気にしないことにして、話題を変えた。
「朝仲さん、休日に俺たちを呼ぶなんて珍しいよな。事前のアポもなかったし」
「そうですね。何か急な用件でも入ったのかも知れません。もうちょっと寝ていたかった」
「まだ言うか」
そうこうしているうちに事務所ビルが見えてくる。
4階建てで細長い、外観的にはごくごく普通の商業ビル。特に看板らしい看板はなく、周囲の光景に溶け込んでいる。
ここが紅愛と白愛が所属する芸能事務所――『イルミネイト・プロダクション』の本社だ。規模としては中堅どころだが、紅愛や白愛を始め、今勢いのある人材を複数抱えている会社である。
車を停め、関係者用出入り口に向かう。あらかじめセキュリティーカードは交付してもらっている。ロックを解除し、白愛と共に本社の中に入った。
とりあえず、社長室がある3階へ。
エレベーターから降りると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「あ、パ――能登さん!」
振り返ると、ちょうど紅愛がやってくるところだった。動きやすい私服姿に、首にはお気に入りのタオル。しっかりレッスンしてきたのか、額にはうっすらと健康的な汗が見える。
俺は紅愛に軽く手を振る。
「紅愛、レッスン終わったのか?」
「うん。今日は軽めの調整かな。社長さんにも呼ばれてるし。さっき講師の先生に挨拶したとこ」
「そうか。お疲れ様」
続いて、紅愛の後ろにいる女の子たちに頭を下げた。
「ウチの紅愛がいつもお世話になっています。
紅愛の周りには、他にも3人の少女たちの姿がある。
アイドルグループ『ArromA』――紅愛がセンターを務める、今売り出し中のアイドルたちだ。
ライブは何度も見ているし、紅愛からよく話も聞くので、3人の顔と名前は覚えていた。
まず、紅愛の隣にいるのが
紅愛や白愛と同い年で、ちょっと気の強いところがある少女だ。紅愛と背格好がよく似ている。
その横にいるのが、4人の中で最も小柄な
こっちは逆にクールで、どことなく白愛に似てる。陽光とは先輩後輩関係らしい。
最後が
最も身長が高くて目立つものの、年齢はグループ最年少だ。ビビりで人見知り。今も身を縮めて紅愛の背後に隠れている。
俺の挨拶に対し、彼女らの反応は微妙だった。
すかさず紅愛が腰に手を当て、言う。
「もー。陽光も琳もほのかちゃんも、黙ってちゃ感じ悪いでしょ? せっかく能登さんが挨拶してくれたのに」
「申し訳ないっす紅愛先輩。不審者かと思って」
「……何か言った? 琳」
「いやでも、ファンでもなかなかいないし。こんな世紀末みたいな人」
「りーんちゃーん?」
笑顔のまま紅愛が顔を近づけて凄む。それでも琳はどこ吹く風だ。
サバサバしたツッコミタイプ――とよく紅愛が表現していた意味がわかった。
しかし……琳さんや。もうちょっとこう、手心というものをかけてはくれないかね? 毎回爆発四散する個性的な髪型の方々みたいに言われるのは――泣きそう。
「ひぃぅっ!?」
「ああ、ごめんごめん。怖がらせてしまって」
「ひいいいっ、火炎放射器……っ!」
「意外に知ってるね、ほのかちゃん」
短く悲鳴を上げ、ほのかがその場にしゃがみ込む。俺の泣きかけ顔に超ビビってしまったらしい。
人見知りでもアイドルとして頑張っているので応援したいが……やっぱり泣きたい。
ふと、俺をじっと見つめる視線を感じた。
陽光が眉間に皺を寄せてこちらを睨んでいる。
俺は遠慮がちに尋ねた。
「えっと、陽光ちゃん。俺の顔に何か付いてる?」
「いいえ。ただ、これまでの人生で見かけた重要指名手配書の記憶と顔を照合していただけ」
「……普段からそんなことしてるの? アイドルなのに?」
「紅愛に近づく男は皆犯罪者と思うことにしてるの」
「おい大丈夫かこの子」
心底、心配になって呟く。
すると陽光はぐいぐいと近づいてきた。身長差から彼女が俺を見上げる形になる。
「照合するには観察が足りないわ。もっとよく見せて」
「陽光?」
後ろから紅愛が彼女の肩をつかむ。
「いくら何でもひどいよ、指名手配犯だなんて。あと近い」
「どう見ても
「まったく。能登さんのどこが犯罪者なの? あんなに格好いい顔をしてるのに」
「それは完全同意――あ」
「……陽光?」
陽光がさっと視線を外し、紅愛の笑みが深くなる。
いかん。肩に置かれた紅愛の手に力が。万力の圧が。
「紅愛、紅愛。そこまでにしておけ。陽光ちゃんの肩に指先が食い込んで洒落になってないから」
「……ぶー」
「陽光ちゃん、ごめんね。痛かったかい? ……なんか嬉しそう?」
「そんなことはないわ。自意識過剰じゃない?」
「俺はむしろ陽光ちゃんの自意識を心配してるんだけど」
彼女とは何度か話したことがあるが、どうも会話が噛み合わないんだよな。
ちょっと空回ってるというか。
それからArromAのメンバーは紅愛を残し、階段で降りていく。エレベーターを使わないのは習慣だと聞いた。防犯と体力維持のためらしい。さすがプロ。
そんな彼女たちの後ろ姿を見ながら、俺は呟いた。
「俺、ちょっと目の敵にされてる感じだな。今度から少し距離を取った方がいいか……」
「そういうわけじゃないから、距離を取った方がいいよパパ」
「いやどっちだよ」
「大丈夫。ArromAはあたしがしっかり見てるから、安心してねパパ――じゃない、白愛」
「はい。ありがとうございます姉様」
「いやどういうことだよ」
「まあ、陽光は要注意だけど」
「そうですね姉様。あの方は要注意です」
「むしろ俺が心配すべきはお前たちの方……?」
そのときだった。不意にドタドタと階段を走って戻ってきた陽光が、びしりと紅愛に指を突きつけて言った。
「紅愛! 今度のドラマ、足下をすくわれないようにせいぜい注意しなさいよね! なんでも、あたしたちくらいのすっごい美人さんが出るみたいだから! ヘチャって情けないところを見せたら承知しないから!」
「へちゃ?」
「あ、あるでしょ!? 何かそういう凹んだ感じよ、フィーリングよ! そういうことだから、じゃね! あ、身体のメンテナンス忘れんじゃないわよ! あんた、ただでさえ加減を知らない筋肉バカなんだから! あとそれからね――もがっ!?」
「はいはい陽光先輩。紅愛先輩ラブはそのくらいにして帰りますよ」
「もがもがーっ!」
「あ、先輩たちお疲れっした。ウチら帰りますんで」
琳が後ろから羽交い締めにしながら陽光を引っ張っていく。小柄なのに器用なもんだ。
同じく様子を見るため戻ってきたほのかは、ひとり取り残されてガチ泣きしていた。顔面蒼白でポケットから財布を取り出そうとして、琳に連れていかれる。……まさかカツアゲされると思ったのか、あの子。
ようやくArromAメンバーが立ち去った後、俺は紅愛に言った。
「何というか、改めて個性的な子たちだな」
「だからこそ、皆から愛されるんだよ」
「なるほどね。そうだ、さっき陽光ちゃんが言ってたな。ドラマに紅愛と同い年くらいの美人が出るって。その子はどんな子なんだろうな」
「…………パパ?」
「…………父様?」
どうやら地雷を踏んだらしい。
紅愛と白愛の白い目を背中に感じながら、社長室の扉の前に立つ。
ノックをすると、中から社長の返事があった。
「どうぞ。お入り下さい」
「失礼します。お待たせして申し訳ありま――」
社長室に入った俺は、挨拶を途切れさせてしまう。
窓際、社長のデスク前に、ひとりの少女が立っていたのだ。
驚いたのは、その子が星乃台高校の制服を着ていたこと。
少女がゆっくりと振り返る。
気の強そうな瞳とシャープな顔つきが印象的な美少女だった。
この子が陽光の言っていたドラマに出演する子。確かに、絵になる容姿である。
紅愛たち以外にもこんな子が星乃台にいたのか――と感心していると、背後から双子の驚愕した声が聞こえた。
「はなさん!?」
「はな様!?」
「……へ?」
双子姉妹を振り返ると、ふたりとも口元に手を当てて目を丸くしている。本気で驚いている顔だった。
改めて少女を見る。
彼女はバツが悪そうに頬を
「あー、紅愛ちゃん。白愛ちゃん。久しぶり」
「その声……
かつて電話口で聞いた覚えのある口調に、俺もまた驚愕する。
双子姉妹がかつて世話になった
予想外デス。
【21話あとがき】
新作ドラマのキャストは、何とかつて世話になったお姉さんだった、というお話でした。
まさか双子姉妹と同じ制服を着て再会するとは、思ってもなかったですよね?
新キャラお姉さんと勝剛は接近するのか?
それは次のエピソードで。
ArromAメンバーとの絡みもこれから気になるなあと思って頂けたら(頂けなくても)……
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