第22話 泣き下手と泣き下手の意気投合


「やはり話に聞いたとおり、君たちは昔からの知り合いだったのだね」


 呆然とする俺たちを我に返らせたのは、社長の言葉だった。

 イルミネイト・プロダクション代表取締役社長、虹原にじはら幻慈げんじさん。今勢いに乗ってる事務所をまとめあげるトップである。

 だが、ともするとそんなイメージを感じさせない男性だ。

 中背中肉、人畜無害そうな目立たない姿で、いつも目を細めて微笑んでいるような人である。

 俺とは正反対だ。

 まあ白愛いわく、こういう人ほど怒らせると怖いらしいが。


 社長は言った。


「あらためて紹介しよう。彼女――十六夜はなさんが、今度のドラマで君たちと共演することになった。十六夜さんのキャスティングは、スポンサーからの提案でね。君たちとの顔合わせのために呼んだんだ」

「な、なるほど……」


 いまだ戸惑いが抜けないまま、お互いに頭を下げる双子姉妹とはなさん。

 俺は内心で首を傾げた。

 スポンサーに推薦されるのは、よほどの繋がりだ。俺も業界に関わってきた人間だから、情報はそれなりに集めている。だが、はなさんが女優をしていたという話はついぞ聞かない。

 無名ながら実力者か、ドラマのイメージにぴったり合致していたか。それとも、また別の理由があるのか――。


 すると、紅愛がはなさんの元へ歩み寄った。


「ねえ、本当にはなさん? あのときと全然イメージ変わってないんだけど」

「あん? 12年も経ったのにまったく成長してないって言いたいのかな? そりゃヒデぇわ」

「……! うわあっ、その喋り方! 本当の本当にはなさんだーっ! わっはーっ! はなさん久しぶりー!」

「ちょ!? 紅愛ちゃん!?」


 はなさんが独特な口調で答えた途端、紅愛は破顔一笑した。そのまま彼女に抱きつき、はなさんを大いに困惑させる。

 白愛もまた懐かしそうな顔をしている。紅愛と一緒にはなさんに抱きつく――かと思ったら、おもむろに彼女の後ろに回り込み、その艶やかな髪をいじり始めた。


「やはりはな様はツインテールが似合います。とてもヤンキー味があってそそられますよ」

「ちょ、ちょ! 白愛ちゃん! ヤンキー味って、それウチのトラウマ! えぐっちゃダメだろ!」

「ふふふ。口ではそう仰っていますが、それでも邪険にしないのははな様の良いところですね。私にはわかります。変わっていなくて安心しました」

「ああああ……このコも相変わらずだろぉぉ……」


 双子姉妹に弄ばれながらも、されるがままなはなさん。その様子を見て、俺は肩の力を抜いた。

 紅愛と白愛があれだけ懐くなんて、間違いなく根は信頼できるいい人なんだと思えた。


 それにしても、本当に独特な喋り方をする人だ。言ってる内容は穏当なのに、言葉の最初と最後がなぜかこう、荒っぽいというか喧嘩口調というか。

 事情を知らない人間からすれば、ヤンキーに見られるかも知れない。……ヤンキーって古いか?


 ふと、白愛が一歩離れてはなさんをじっと見つめる。


「それにしても、はな様は文字通り本当に変わっておられないですね。12年前のあの頃と一緒です」

「むぅ……白愛ちゃんまでそんなこと言うのか……」

「そう仰いますけど、はな様。それほど気にされなくてもよいのでは? 外見年齢が詐欺的に若いのは、むしろ前向きポイントだと思うのですが」


 俺も同感だったので、白愛の言葉に頷く。

『詐欺的』という言葉にも心の中で頷く。

 俺、本気で星乃台高校の生徒だと勘違いしたからな。17歳と外見でタメ張れる29歳なんて強すぎるだろう。


 すると、はなさんは表情をくしゃっと歪めた。直後――。


「そごまでい゛うこどないだろおぉ……気にじでるんだがら゛ぁ……!」


 なんと泣き始めた。それも『涙ぐんだ』とかそういうレベルではなく、号泣である。

 普段キリッとした美人が顔をぐしゃぐしゃにして泣くのは、妙な迫力があった。


 呆気にとられた俺に気づいたのか、はなさんは慌ててハンカチを取り出す。

 ジッパー付きのポリ袋入り。

 どうやらバッグやポケットが濡れるのを防ぐためらしい。……そこまで?


「ふんっ……んくっ……」


 ジッパー開かない。たまにあるよね。俺も野菜入れた袋が開かなくてイラッとすることある。


「……ふぐっ」


 はなさん、また泣く。

 俺は見ていられなくなって、そっと清潔なハンカチを手渡した。

 涙を拭い、ようやく少し落ち着いた彼女が言う。


「悪ぃ。助かりました。洗って……いや、新しいのを買って返すから」

「いえ、そのまま差し上げますので。遠慮なく使って下さい。あの……大変そうですね?」

「そうなんだよぉ」


 しみじみとはなさんは頷く。


「ウチ、昔から泣くのがすごい下手くそで。涙腺が緩い上に涙の量が凄いから、もう大変で……周りからは変な目で見られるし。この口調も、父さんがああいう職業だから、子どものころ変に背伸びしちゃって大人っぽく喋ろうとしてこじらせたからだし……」

「……なんと」

「だから普段から表情を引き締めて下手に喋らないようにしてるんだけど、それがまた怖いらしいんだ」

「ゴミ出ししただけなのにご近所さんから逃げられたり」

「そう、それ! 加えてウチはこんな見た目だから、よく年齢間違われて。それがまた微妙にクるんだよなぁ精神的に」

「コンプレックスって、なんでこう不可抗力なことほど強くなるんだろうな」

「本当にもう、それ」

「……」

「……」


 しばらく、お互いきょとんとして視線を合わせる。

 なんだろう。この共感しかないやり取りは。


 ごほんと咳払いが聞こえる。虹原社長だった。


「十六夜さん、コンプレックスは我が業界において強みにもなる。胸を張りなさい。私は伊達や酔狂でキャスティングを受け入れたわけではないのだから」

「えっと、はい。ありがとうございます。すみません、取り乱しまして」

「構わないよ。演技の経験がないあなたには、無理を言った部分があるからね。これから慣れていけばいい。君の個性はきっと強みになるよ。――ということで、紅愛さん、白愛さん。芸歴では君たちの方が上だ。しっかりと彼女をフォローして欲しい。……ふたりとも、聞いてる?」


 じぃっと俺たちを見ていた双子姉妹が、にこやかに「はい!」と振り返る。そしてまたじぃっと。

 ……俺はなにもしてないからな。


 ただならぬ眼力を発揮するムスメたちから顔を逸らし、俺は社長に向き直った。


「虹原社長。はなさんを推薦してきたスポンサーとはどんなところなんですか?」

「うん。それについてなんだが――」


 虹原社長が答えようとしたとき、不意に社長室の外から声がした。


「ここが紅愛さま、白愛さまが働いていらっしゃる事務所なのですね!」

「あれ、この声」


 紅愛がぽつりと呟き、首を傾げる。

 そのすぐ後、社長室の扉が開いた。2人の人物が入ってくる。


 ひとりは朝仲さんだ。相変わらず年齢性別不詳な格好をしている。

 もうひとりは小柄な少女だった。おかっぱ頭で、高そうな和装姿である。ここの事務所の人間ではない。ただ、見たことのある顔だなとは思った。

 確かあれは、前に紅愛たちを学校まで送り迎えしたときだった。

 名前は――そう、蓬莱ほうらい……。


「アズサちゃん!?」

「蓬莱さん、どうしてあなたがここに?」


 双子姉妹が目を丸くして尋ねた。

 そうだ、蓬莱アズサ。生徒会で双子姉妹が世話になっている後輩だと聞いた。

 どうして部外者の彼女が朝仲さんに連れられて社長室に入ってきたのだろう?

 

 俺たち親子の疑問を、虹原社長が晴らしてくれる。


「実はね勝剛さん。十六夜はなさんをキャスティングできたのは、蓬莱さんのお力添えがあったからなんだよ」

「え、どういうことですか?」

「蓬莱の一族はこの辺りでも有名な名家。彼らに、今回のドラマのスポンサーになっていただいたんだ。その際に、蓬莱アズサさんからキャストとしてはなさんの推薦があったんだよ。今日はその関係で、一緒にお越しいただいたというわけさ。さっきまで朝仲君と一緒に事務所内を見て回っていたんだね」

「推薦って……はなさんは蓬莱家の皆さんとそんなに深い繋がりが?」


 俺が尋ねると、はなさんは小さく頷いた。


「ああ、そうなんです。ウチは今、お嬢――アズサお嬢様のところで働いているです。家事手伝いと、法律関係の雑用をいくつか」


 合点がいった。


 はなさんの容姿や人となりをよく知る蓬莱家の人が、スポンサーとしてキャスティングに口を出した結果らしい。口を出したと言えば表現は悪いが、虹原社長のことだ。会社にもメリットがあると判断してのことだろう。


 今日、急な呼び出しになったのも、スポンサーである蓬莱家の都合に合わせたためだったようだ。セキュリティカードの作成に手間取り、このタイミングになったらしい。名家が相手だからいろいろ手続きがあったのかもしれない。


 諸々事情を知って、俺は安堵した。

 蓬莱アズサさんは、紅愛と白愛とは生徒会で一緒にやっている。彼女がバックにいれば、双子姉妹を悪いようには扱わないだろう。


「ふわああああっ! 紅愛さま、白愛さま! おふたりとも何と神々しいお姿! 私服を拝見できるなんて、とてつもない僥倖ぎょうこうですわ!! しかも紅愛さまは、ああっ、ほんのりと汗のあとや香りが……はぁ、はぁ……!」


 ……悪いようには扱わないよね?

 何だかハァハァって鼻息荒く悶絶してるけど?

 若干疑わしげに和装少女を見つめる俺を余所に、紅愛と白愛は気安い様子で蓬莱さんに話しかけていた。ふたりともいつもどおりの表情だ。きっと、これが平常運転なのだろう。


 ……あ、蓬莱さん鼻血。

 平常、運転? 毎日アレなの、星乃台生徒会?

 大丈夫?


「ったく。お嬢は双子姉妹のことになるとすぐああなってしまうからなあ」


 はなさんが小さくため息をつきながら俺の隣に並んだ。そして、改めて頭を下げてくる。


「ご挨拶が遅れた。改めて、十六夜はなです。あなたのことは、父からよく聞いていました。今後ともよろしく」

「こちらこそ。その節は紅愛と白愛が本当にお世話になりました。ありがとうございます」


 俺も頭を下げる。


 はなさんの口調は独特だが、慣れてしまえば特にコミュニケーションに問題があるとは思えない。むしろ、本質的には控えめで丁寧に接してくれる人なのがわかる。

 話しやすいと思った。


 はなさんも、どうやら同じ印象を持ってくれたようだ。キリッとした表情を少しだけ緩めて言う。


「少し……いやだいぶ安心した。ウチはこういう口調と見た目なんで、同年代の異性と上手く話せなくて。今度のドラマでは双子の相手役を仰せつかってます。彼女らにとって身近な異性である能登さんから、いろいろと振る舞いを学びたい」

「そんな堅苦しくしなくても大丈夫ですよ。俺たちは同級生なんですから。そう――敬語とかもなしで、気軽に名前で呼んでくれればいいよ」

「おう。それじゃウチのことも『はな』と呼び捨てでいい。君のことは……そうだな、『かつくん』でいい?」

「構わないよ。俺もこういう見た目だからさ。そういう風に名前で呼ばれることがないんだ。ふふっ……こうして聞くと新鮮なんだな」

「ウチも同じだ」


 ふたりして笑う。

 俺とはなさん――はなは、似た悩みを持った同級生になる。意気投合とはこういうことを言うんだろうなと思った。


 ――ハッと気づく。


 振り返ると、双子姉妹が互いに膨れ頬をくっつけて俺たちを見つめていた。彼女らの隣では朝仲さんが両手を天井に向けて肩をすくめている。

 紅愛と白愛は何かすごく言いたげだったが、はなをチラチラ見ては我慢していた。昔世話になった手前、強く言えないのだろうか。

 

 ただひとり、蓬莱さんだけは違った感想を持ったようで――。


「あら。あちらの保護者の方とはなさん。とってもお似合いじゃないですか。素晴らしいことですわ」


 と、善意100パーセントの発言をした。えびす顔で双子姉妹に問いかける。


「紅愛さまも白愛さまも、そう思いませんか?」

「アズサちゃんちょっとあっちでオハナシしようか?」

「え?」

「蓬莱さん小一時間ほど説教です」

「え? え? そんな、おふたりいっぺんだなんて、やだどうしましょう、うふふ……!」


 目をギラつかせた双子姉妹に引っ張られ、小柄なお嬢様は社長室の外に出ていった。幸せそうな顔をしていたが、たぶんあの子は勘違いをしている。


 はなが言った。


「お嬢にとって、アレはアレでご褒美なんだろうナァ」

「マジかよ」

「たぶん、罵倒されたとしてもエネルギーにできるよ、お嬢。むしろ毎日学校以外で会える機会があって幸せと思うかもしれん」

「……名家の考えることは一般庶民には想像もつかないのな」


 はなとふたり、呆れ半分感心半分で扉を見つめる。結構ボロクソ言ってる自覚はある。ごめんスポンサーさん。


「さて」


 ふと、虹原社長が言った。同時に朝仲さんに目配せする。頷いた朝仲さんは、「しばらく姉妹たちを見てきますね」と言って部屋を出た。

 首を傾げる俺たち。


 虹原社長の声のトーンが、少し低くなった。


「今度のドラマについて、詳しく話がしたい。勝剛さん、十六夜さん。あなた方ふたりにとって大事な話になる」

「……え?」


 社長室に、不穏な空気が混ざり始めた。











【22話あとがき】

新キャラお姉さんは勝剛と似たもの同士意気投合して大接近、というお話でした。

荒っぽいようで丁寧なはなさんの喋り方、ちょっと癖になりますよね?

虹原社長が言う『大事な話』とは何なのか?

それは次のエピソードで。

ヤキモチ焼く双子姉妹の仕草が可愛いなあと思って頂けたら(頂けなくても)……

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