第8話 泣き下手姉妹の姉の方


「じゃあ白愛、またお昼に生徒会室でね」

「はい、姉様」


 校舎の入り口で別れ際、妹に声をかける紅愛。

 学内でも有名人な彼女らは、クラスに迷惑がかからないよう、昼休憩は野次馬をシャットアウトできる生徒会室で過ごすようにしている。


 いつものように返事だけは良い白愛を、紅愛は目を細めて睨んだ。


「……また変な騒動を起こして、お昼を潰さないでね?」

「もちろんです姉様。姉様との昼食というこれ以上ない『だらけポイント』を私が見逃すはずありません」


 キリッとした表情で怠惰なセリフを吐く妹に、紅愛はため息をついた。

 双子の妹は、自宅以外でもあまり言動を変えない。そのせいか、トラブルにも巻き込まれやすかった。

 トラブルを引き起こす側、と言った方がいいかもしれない。

 持ち前の洞察力でいつの間にか切り抜けているのは大したものだが……どちらかというと外面を気にしている紅愛とは大きな違いだ。

 紅愛は時々、妹の自由奔放さが羨ましくなる。


 白愛と別れ、紅愛は自分のクラスへ向かった。

 教室までのわずかな時間でも、同級生・下級生、男性・女性問わず様々な人から声をかけられる。そのひとつひとつに、紅愛はほんわかした笑顔で挨拶を返していた。

 学校での紅愛は、文字通り『身近なアイドル』。彼女自身もまた、そのように意識して振る舞っている。

 白愛ほど人の機微を読めない紅愛は、まず不用意に敵を作らないことを学校生活の第一目標に掲げていた。


「おはようー、みんな」

「紅愛、おはよう!」


 教室に入り一声かけると、クラスのほぼ全員から反応が返ってくる。

 3年生に進級してからまだ1ヶ月しか経っていないにもかかわらず、すでに紅愛はクラスの中心だ。


 クラスメイトひとりひとりに挨拶をしながら自分の机に向かった紅愛は、ふと目を丸くした。

 机の上に、一冊のバインダーノートが置かれていたのだ。

 中を見ると、ルーズリーフに授業内容がメモされている。それも複数人の筆跡で、一通りの科目が揃っていた。


 前の席に座る友人の女子生徒が振り返って言う。


「紅愛ちゃん、この前イベントで学校休んでたでしょ? だから代わりにノートを取ってたの」

「え!? ウソ、助かる! ありがとう!」

「私だけじゃなくて、各教科それぞれ得意な子にノート取ってもらったから、たぶんわかりやすいと思うよ! だよね、男子」


 友人のクラスメイトがニヤニヤしながら教室を振り返ると、数人の男子生徒が親指を立てたり、顔を赤くしてはにかんだりしていた。

 紅愛は満面の笑みを浮かべると、まず目の前の友人にハグをし、次いでノートを取ってくれた男子生徒たちの手をそれぞれ取って礼を言った。


「ありがとね!」

「お、おう……」


 紅愛にとっては、握手会で慣れたコミュニケーションである。これが効果抜群であることを、彼女はよく理解していた。

 アイドル特有の『綺麗なコミュニケーション』。それがちっとも嫌味に映らないのが、涼風紅愛の魅力である。


 紅愛はバインダーノートを抱きしめた。


「持つべきものは頼れるクラスメイトだね」

「紅愛ちゃんが皆に愛されている証拠だよ」


 皆に愛されている、か。

 笑顔を絶やさないようにしながら、紅愛は内心で遠い目をした。


 友人や同級生に好かれるのは嬉しい。無用ないさかいは嫌だ。スポーツで競い合うのはドンと来いだが。

 けれど紅愛にとって、本当に心から好かれたいと思っている相手は、育ての親である勝剛ただ1人である。


 アイドルという職業に就いていると、万人から愛情を向けられることはない。

 どんなに愛嬌を振りまき、気を遣ったとしても、蛇蝎だかつのごとく嫌われる場合だってある。

 一部の人から嫌われることは避けられない。

 だったら、嫌われるダメージを少しでも軽くしよう。

 その分、一番大好きな人にはとことんこだわろう。


 皆に対しては『ほどほどに広く、ほどほどに浅く』。

 勝剛に対してだけは『空より広く、海溝より深く』。


 それが紅愛のスタンスだ。


(こんなあざとい本心、白愛にはとっくに見抜かれているんだろうけど……)


 そういう意味で、白愛と同じクラスじゃなくて良かったと紅愛は思っている。


(あの子、時々容赦なくツッコミ入れてくるもんね)


「紅愛ちゃん?」

「あ、ごめん。ちょっとボーッとしてた。皆の優しさにあたし感動しちゃって。あはは」


 すかさず笑って誤魔化す。


 そのとき、教室の片隅が騒がしくなった。


「はぁ? ワケわかんねえぜ」

「何よその言い方!」


 見ると、男子生徒と女子生徒が何やら言い合いを始めていた。

 この2人は互いに幼馴染で、よく一緒に登校している。本人たちは否定しているが、端から見れば仲良しにしか見えないという、あのパターンだ。

 けれど、どうやら今日に限っては2人とも虫の居所が悪かったようで、いつもよりもヒートアップしている。

 これには、彼らの痴話喧嘩に慣れているクラスメイトたちも困惑していた。


「あの子ら止めた方がいいのかな――って、紅愛ちゃん!?」


 友人がつぶやいたときには、すでに紅愛は2人の前に来ていた。

 クラスの中心人物の登場に、幼馴染たちは気圧されたように口を閉ざす。

 紅愛は上目遣いに彼らを見上げると、両手の人差し指を使って自分の口元をにゅっと引き上げた。


「ふたりとも、笑顔笑顔! ブンむくれてるから気持ちもイライラしちゃうんだよ。ほら、あたしの真似して」

「ま、真似!?」

「そ。健全な精神は健全な肉体に宿る。楽しい気持ちは、楽しい動きに宿るんだよ。ホラホラ」


 そう言うと、紅愛はその場で自分の持ち歌とダンスを披露し始める。

 突然のライブショーに他のクラスメイトが沸き立つ中、無視するわけにはいかない2人は、おずおずと踊り始める。

 紅愛はニコッと笑った。


「2人とも、息ピッタリ。やればできるじゃん!」

「そ、そうかな……?」

「は、恥ずかしー。……けど、身体動かしたらちょっと気が楽になったかも」


 紅愛にノせられているうちに、怒りの気持ちはどこかへと吹き飛んでしまったらしい。

 男子生徒と女子生徒は、その後あっさりと仲直りした。


 見事な仲裁ぶりを目の当たりにしたクラスメイトたちは「さすが涼風紅愛!」と褒め立てる。

 紅愛はニコニコ笑って応えながら、ふと、喧嘩していた2人の肩を抱いた。


「……羨ましい……」

「え?」


 ボソッとつぶやいた紅愛に首を傾げる2人。

 さっきまでと違って、紅愛の目が少し据わっていた。


「幼馴染なんてめっっっちゃ貴重で羨ましい境遇なんだから、大事にしなきゃダメ。OK?」

「えーと……?」

「OK!? してくれなきゃ泣くよ!?」


 ブンブンと首を縦に振る幼馴染2人。「よし!」と満足そうにうなずいた紅愛は、何事もなかったかのように自分の机に戻っていった。









【8話あとがき】

紅愛ちゃんはクラスでも皆のアイドルで、だけどちょっと陰も抱えているというお話でした。

等身大の女の子って感じで魅力的ですよね?

お姉ちゃんがこんな様子なら、妹はどんな感じなのか?

それは次のエピソードで。

幼馴染、羨ましいなあと思って頂けたら(頂けなくても)……

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