第9話 泣き下手姉妹の妹の方


 一方の白愛。

 姉の紅愛とはクラスが別である。

 クラス内でカリスマ的な人気を誇っているのは姉と同様だが、その人気の中身は少し違った。


「ちょっと白愛! あんた何やってんの!?」


 クラスメイトから慌てた声を受けて、白愛はキリッとした表情のまま小首を傾げた。

 女優として活躍する白愛は、そういった細かな仕草ひとつひとつが絵になる。


「枕を縫っているのですが?」

「枕を!? 縫ってる!?」

「はい」


 ――この奇妙な言動がなければ、クラスメイトの誰もが彼女にぞっこんだっただろう。


「いろいろツッコミたいけど……まず、何で枕?」

「気持ちよく睡眠を取るためです。ふふん」

「授業中に?」

「残念ながら学内滞在時間の7割は授業ですので」

「毎回大真面目な顔で言われるから、こっちの感覚がバグるのよね……ああ、ほら、そこ縫い方がぐちゃぐちゃになってる」


 不器用な手つきに見ていられなくなったクラスメイト数人が、あーでもないこーでもないと白愛を手伝う。


 紅愛と違い、白愛は見た目と真逆の『面白少女』として認知されていた。

 あまりにも真面目にボケをかますせいか、いつの間にかクラスメイトの方が何かとフォローする側になっている。

 まさに、天才と何とかは紙一重。


 テレビにも出演する新進気鋭の若手女優が、実は結構なポンコツだった――そのギャップが、周囲の人間の庇護欲を無意識のうちに刺激するらしい。


「白愛さー。ドラマではあんなに格好良かったじゃん。ファンも多いよ? なのに何でこんなにも自由というか、ポンコツなのさ」

「さすが私のクラスメイト。内心と台詞に寸分のズレもありません。素晴らしいことです」

「……まだ『演技の練習中です』って言ってくれた方が納得するんだけど。いつの間にか私たちも枕縫うの手伝っちゃってるし。いやマジで何なのコレ」

「持つべきものは頼れるクラスメイトです」


 奇しくも双子の姉とまったく同じ台詞を口にしながら、ニコ、と小さく微笑む白愛。

 その姿は、まさに視聴者を釘付けにする女優そのものである。

 友人のクラスメイト数人は、揃って目元を覆った。


「……これが女優の魔力か……」

「ふふふん」

「割と褒めてないからね?」

「なるほど、女優仕草ですべてをごり押してるようにしか見えないから、『褒めてねえからな、てめえ』という評価なのですね。ふふふ……んふぅ……」

「あ、泣いた。隠せ隠せ!」


 周囲のクラスメイトが壁を作る。

 白愛の泣き顔の酷さは、すでにクラスメイトの間で周知の事実となっている。

 ポンコツ天才女優に対する庇護欲は、白愛をあらぬ噂から守るのに大いに役立っていた。

 この愛すべきお馬鹿さんは我々が守らねばならぬ――それがこのクラスの共通認識となり、皆の連帯感を生んでいるのである。


 それから間もなく、授業が始まった。

 科目は国語の現代文。

 しばらく教科書の朗読が続くこの時間は、白愛でなくても眠気を誘うものだった。

 クラスメイトたちがうつらうつらと船を漕ぎながらも、何とか板書に立ち向かおうとしている中、ポンコツ天才女優はさすがの大物っぷりを見せた。


 何と、自作の枕へ気持ちよさそうに頭を埋めたのである。


 担任教師の顔に青筋が浮かぶのを見て取った友人が、白愛を後ろから小突く。


「白愛。起きなさいってば、白愛!」

「涼風白愛さん! 次の段落から読んでください!」


 鋭く教師の声が飛ぶ。

 クラスメイトたちが「あっちゃあ……」と額を押さえる。

 怒った教師はページ数を指定しなかった。授業を聞いていなければ対応できない。意地の悪い指導だった。


 今にも寝落ちしそうなぼんやり顔で白愛が立ち上がる。


 親切な友人が朗読箇所を教えようと教科書を指差す。すると白愛は、おもむろにクラスを見渡した。

 怒り顔の教師、板書、「やっちゃったなあ白愛……」という顔をしている友人、真面目に授業を受けるクラスメイト、開かれた教科書――。


 眠そうだった白愛の表情が、スーッと変化する。

 それに合わせて、白愛の雰囲気もがらりと変わる。

 まるで海を眺める令嬢のような気高さと儚さが彼女を包む。


『ありふれた言葉でしょうが、わたくしはあなたを信じます』

『この果てなき暗き日本の海が、いつの日も波を絶やさないように』


 白愛の口から紡がれた言葉は、まさに教師が指定した『次の段落』の文言であった。

 しかも内容を一瞬で記憶し、その後は教科書に目を落とすことなく言葉を紡いでいく。


 気だるげな教室内が、一瞬にして映画の撮影現場のような非日常空間へと変化した。

 天才女優、涼風白愛の面目躍如である。


 ――その後も白愛は、教師が我に返ってストップをかけるまで、スラスラと朗読を続けた。

 国語の授業が終わり、どことなく悔しそうな顔をした教師が教室から去った後。

 クラスメイトたちがワッと白愛の元に集まった。


「白愛。あんたやっぱりすごいわ。もしかしなくても、あたしたちを観察してどこ読めばいいか見抜いたんでしょ? しかも一瞬で暗記までしちゃってさ。人間わざじゃないわよ」

「不覚です」

「いや何でさ。完璧だったじゃないさっきの朗読」


 友人がそう言うと、周りの少女たちもうんうんとうなずく。


「まるで映画の世界に迷い込んだみたいだった」

「教科書に載ってる作品って、本も出てるんでしょ? ちょっと買って読んでみようかなって思ったもん」


 しきりに褒める少女たち。

 そこに周りの男子も話に混ざってきて、口々に「白愛の演技は素晴らしかった」と持ち上げる。


 それでも、白愛の表情は晴れなかった。まるで納得できないミスを収録時に犯してしまったような顔付きだ。

 友人が推理する。


「ははーん。もしかして白愛、ギャラが出ないところで本気出したからもったいなーい!――とか思ったんでしょ? ナマケモノのあんたなら考えかねないわね」

「いえ、そうではなく。もうちょっと枕の素材を工夫すべきでした。柔らかすぎて逆に違和感があります。いっそ父様の膝枕くらい固くするべきでした」

「もっとダメな理由だった――っていうか、え? あんた父親に膝枕してもらっているの? マジ?」

「そういえば子どもの頃以来、してもらってませんね」

「あ、小さい頃の話か。なーんだ」

「そう。してもらっていないのです。幼少期以来。これは由々しき事態です」


 白愛が立ち上がる。


「重大な事実に気がついてしまいました。これは損害賠償ものの過失です。断固抗議せねば」

「……誰に?」

「父様」

「……コイツに毎日振り回されてるお父さんって、改めて考えるとすごい人よね」

「不思議です。褒めているように聞こえません」

「憐れんでんのよ」

「なぜ……」

「あんたのせいでしょ」

「んふぅ」

「あっ、また泣く! ほら皆、隠して隠して!」


 こうして。

 今日もまた白愛は、クラスの話題の中心であり続けたのであった。

 








【9話あとがき】

白愛ちゃんは我が道をく困ったちゃんで、愛されキャラで、しっかり天才女優だったというお話でした。

真面目なボケ役って面白いですよね?

2人の学校生活をもっと見たい?

それは次のエピソードで。

白愛やるじゃんと思って頂けたら(頂けなくても)……

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