第7話 泣き下手姉妹にまつわる暗い感情


 ――大手芸能事務所『グロリアス・プロモーション』。

 時流に押されてすっかり僻地へ追いやられた喫煙室に、ひとりの男が入り浸っていた。


「ちっくしょう! あのケチジジイめ、どれだけ財布の紐が固いんだ。俺が出演してやって、俺が盛り上げたドラマの再放送だろ。何だってあれっぽっちしか入らないんだ」


 グダグダと不満を募らせているこの男は、乱場カイト。

 グロリアス・プロモーション所属の中堅俳優である。

 かつてはドラマで一世を風靡した彼だったが、ここ数年は活動が停滞していた。

 35歳という年齢にもかかわらず、まだ過去と同じことができるとどこかで信じてしまっていることが伸び悩みの原因だ。


「さっさと俺に役を寄越せ。そうすればまた、儲けさせてやるってのに」


 吸い始めたばかりのタバコを乱暴に消す。

 カイトは大きく息を吐いた。

 締め切られた喫煙室で、嗅ぎ慣れた煙臭さを全身で浴びる。

 そうすると、少しだけ落ち着いてきた。

 血気盛んだった昔、腕一本で何でもできると信じていた頃を思い出すからだ。


「まったく……つまんねえ世の中になったぜ」


 彼とて、それなりに長く芸能界で生きてきた男である。

 この喫煙室での醜態を現場やファンの前で振りかざせば、自分の首を絞めることくらいはわかっている。

 彼にも、これまでのキャリアという体裁があるのだ。

 だが、一度湧き上がったモヤモヤは、なかなか完全には収まらなかった。


「今の現場が終わったら、どっかジムにでも通うか」


 実はカイト、ごく短期間であるがプロの格闘家であった経歴を持つ。

 現役時代とは比べものにならないが、今でもそれなりに身体は鍛えていた。

 時々無性に暴れたくなるのも、昔の血が騒ぐからである。


「ああ、やっぱりここにいた。カイトさん、急いでくださいね。そろそろ着替えないと」

「はい、わかりました。すぐに行きます」


 やってきたマネージャーに余所行きの笑みを浮かべて、カイトはにこやかに応じた。

 あくまで他人の前では『紳士なイケメン』。

 それが俳優、乱場カイトだ。


(また一発逆転を狙えねえかな。昔みたいによ)


 外面と内面でまったく違う笑みを浮かべながら、カイトは喫煙室を出た。



◆◆◆



 一方、その頃。

 勝剛の苦労も乱場カイトの荒れっぷりも知らない双子姉妹は、今日も2人揃って登校していた。

 朝のドタバタがあったので、途中まで小走りである。


 共に、行き先は私立星乃台ほしのだい高校。

 クラスは別だが、同じ学校に通っているのだ。

 紅愛と白愛のようなとびきりの美少女が3年間、同じ高校に通っていると、否が応でも注目を浴びる。同級生は元より、下級生からも羨望の的だ。


「お、おはようございます! 紅愛先輩!」

「うん、おはようっ」

「ご機嫌うるわしゅう、白愛様」

「おはようございます。それといつも言っていますが、その口調はドラマの中でのことですから。どうか挨拶は普通にお願いします」


 紅愛は元気よく、白愛はクールに周囲の人々へ言葉を返していく。

 このようなことが、ほぼ毎日行われていた。


 双子姉妹は星乃台の2大アイドルとして持てはやされている。

 売れっ子芸能人である紅愛たちが、私立とはいえ普通の高校に通っているのだから、当然の光景と言えた。


 入学初日から不動のツートップとしての地位を確立した彼女らは、普通とはほど遠い存在。

 ただ少なくとも、友人には恵まれている。

 友人たちが一種の自警団となり、紅愛と白愛の平穏な学生生活を守っているのである。


 たとえ芸能界で生きていくにしても、できるだけ世間一般と同じような学生生活は送るべき――それが勝剛の言葉だ。


 ところが、当の紅愛と白愛は、この現状に内心不満を募らせていた。


 育ての親である勝剛の気持ちはわかる。

 芸能界で揉まれていると、どうしても一般の人とは感覚がズレてしまう。そのズレを修正してくれるような、信頼できる友人を増やすのは大事だ。

 母である涼風恋の告別式の際、参列者がとても少なかったことは、幼かった彼女らも感じていた。その理由も何となく察していた。

 偉大な女優『KOKO.』――涼風恋と同じ轍を踏まないよう、学生時代の間にひとりでも多くの友人・味方を作って欲しい。

 それが勝剛の親心。

 双子姉妹も十分、勝剛の意図を理解している。


 不満なのはごくごく単純な理由。


(学校の間、パパに会えないからなあ)

(私のようにプライベートは全力で怠惰を求める人間に、学校の課題はまさに悪魔の呪い。私は父様に叱られたいのではなく、甘やかされたいだけなのに)


 2人とも内心は微妙に異なるが、根っこは共通している。

 つまり学校に行っている間、勝剛と離れ離れになるのがどうにも不満なのだ。


「え? ファザコン……?」と聞かれたら、2人は心の中で(そうですが何か?)と即答するくらいには勝剛べったりである。


 とはいえ彼女らもプロだ。

 たとえ天地がひっくり返っても勝剛への気持ちが動くことはないが、さすがに学校でアイドルや女優が『ファザコン』などという噂を立てられると具合が悪い。

 とりあえず生徒の目があるところでは「お父さん? 別に普通だよ」みたいな対応をする必要があった。

 それが彼女たちにはストレスだったのだ。

 家でのベタベタぶりは、その反動と言える。


 そしてもうひとつ、学校生活において双子姉妹がストレスをため込む原因がある。

 自分たちの『実父』を意識してしまうことだ。


 勝剛は騒ぎになることを避けるため、表向きは双子姉妹の育ての親であることを伏せている。

 そのため紅愛も白愛も、学校行事で勝剛が来たときは彼のことを「能登さん」とか「勝剛さん」などと呼んでいる。

 そのとき、無邪気なクラスメイトから尋ねられるのだ。


「お父さんはどこ?」――と。


 双子姉妹はもっともらしく誤魔化すものの、内心では暗い感情が渦巻く。


 紅愛と白愛は、自分たちの実父の顔も名前も覚えていない。

 だが、その無責任な男のせいで母は苦しみ、亡くなる一因となったことは知っている。

 結果、勝剛に大変な思いをさせてしまったことも。


 双子姉妹にとって、まだ見ぬ実父は忌むべき存在である。

 お互い口には出さないが、それは『恨み』と言ってもいい感情であった。


 もし、自分たちの前にノコノコ出てくることがあれば、絶対に許さない。

 私たち家族を苦しめた報いを受けさせてやる。


 そして、もし。

 もしその男が同じ芸能界にいるのなら――そいつよりも有名になり、成功してやる。

 母、涼風恋の分まで、その男を打ち負かし、そして拒絶してやるのだ。


 それは、勝剛には決して明かさないようにしている、双子姉妹の暗い情熱であり、芸能人を続けるモチベーションのひとつとなっていた。









【7話あとがき】

さて、乱場カイトも双子姉妹も、何か暗いこと考えてますねというお話でした。

それにしても、双子姉妹は勝剛好きすぎじゃねと思いません?

そんな彼女らは学校でいったいどんな風に過ごしているのか?

それは次のエピソードで。

いくら何でも父の話題があからさますぎ、と感じて頂けたら(頂けなくても)……

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