第6話 泣き下手とファンと嫌な奴
公表されている乱場カイトの情報では、現在35歳。
色気を感じさせる甘いマスクに紳士な態度が人気の俳優である。
女性会員さんが目を輝かせる中、俺は無言で動画を見つめていた。
再放送されているドラマは、いわば現代の身売り話。
『金のために実家を追い出される』という重いストーリーながら、明るい主人公のキャラと、それに引っ張られたホームコメディ的なノリがほどよい感動と共感を呼んでいる。
ドラマの中で、乱場カイトは主人公として躍動していた。イケメンスマイルと呼ぶに相応しい微笑みでソツのない演技をする。
視聴者の間での彼のイメージは、ずばり『イケメン紳士』。
リアルでもファンサービスは抜かりないらしい。
だが俺はこの俳優を、どうしても好きになることができないでいた。
なぜなら――彼はかつて、『俺は涼風恋のオトコだ』と事務所に乗り込んできたことがあるからだ。
姉さんが生きていた頃だから、まだ乱場カイトは駆け出しの俳優だった。
おそらく、交際を匂わせて事務所から口止め料をせしめるつもりだったのだろう。人気絶頂のスーパースターからなら、いくらでも金がもぎ取れる――と。
もちろん、当時事務所の社長だった千波さんが大人しくうなずくわけがない。
俺もその場にいて、乱場カイトの顔は見ていた。
当時の俺はガキながら、こう思ったよ。
『卑しい人間って、こういう人相のことをいうんだな』――ってさ。
結局、姉さんが亡くなってから彼はぱったりと姿を現さなくなった。
利用価値がなくなったということだろう。
そんな過去があったから、俺は世間の評判とは真逆の印象しか持っていない。乱場カイトという男に対しては。
「能登サン? どうしたんすか、いつも以上に怖い顔して」
「え? ああいや、何でもない」
懐っこい男性選手さんに声をかけられ、俺は我に返った。
すると、どうやら俺に悩みがあると思ったらしい彼が、俺をジムの隅っこに引っ張った。
「お悩みの旦那にぴったりの元気アイテムをお見せしましょう」
「え?」
「コレです!」
そう言って彼が見せてきたのは――紅愛の水着画像だった。
白砂のビーチで、ビーチボールを胸に抱えてこちらを振り返るポーズ。ふんわりとした笑みはそのままに、艶のある流し目を送っている。
「この前のファン感謝祭のときに、当選者限定で配布されたお宝画像です! どうですか、男ならグッとくるでしょ!?」
「そうだね」
「そうだね……って。っかー! ダメッす、ダメッすよ能登サン! 能登サンも紅愛ちゃんのファン、魂の下僕でしょう!? ここでパッションをバーニングしないでどうするんですか!」
熱心に力説する男性選手さん。俺はだんだん菩薩のような達観顔になってきた。
「いいですか!? この素肌が見えそうで見えない絶妙なパレオの着方、それでも隠しきれないスタイルの良さをビーチボールで表現しているんです! わかります!?」
わかる。
というか、このとき現地に俺もいたし。
パレオは紅愛の提案だ。朗らかで懐っこい印象がある一方で恥ずかしがりなところもあるあの子は、肌が見えることを避けたがった。
肌――というか、正確には腹筋だろうか。
体力作り、筋力トレーニングが趣味みたいな紅愛は、そのふんわかした雰囲気に反して、脱ぐとしっかり腹筋が割れている。
腕や足にも相応に筋肉が付いているのだが、そこは骨格の問題か、それとも姉さんから受け継いだ血が成せる業か、絶妙に女性らしい質感を保っている。
俺はそれも魅力だと思っているが、世間のイメージを崩すのはまだ早いと撮影監督さんは言っていた。
ちなみに、使用するビーチボールの種類はスタッフの間で大激論が交わされた。
紅愛の胸の大きさ、形、柔らかさを100パーセント完璧に表現するにはどれをチョイスすべきか、と。
ちょうど今、目の前で熱弁を振るう男性選手さんみたいな感じである。
最終的には「パ――能登さん決めて」の一言で決着した。
仕方なく俺が選ぶと、周りのスタッフからは「あなたが神か」的な扱いをされた。俺はただ直感で選んだだけなのに。
「この構図をキメた人は神っす!」
「ああ、うん。ありがとう」
「ありがとう?」
「すまん、何でもない」
たぶん、こういう迂闊な発言がちょいちょいあるから俺はファン認定されているんだろうなと俺は思った。
自分のアホさ加減に泣きたい。
「……んふぅ」
「おおっと、まだ何かモヤってますね。そうか、白愛ちゃんの写真がないからゴネてるんすね!?」
「いや違うけど」
「仕方ないなぁー! ちょっとだけですよ?」
どこぞの悪代官よろしく「ぐふふ」と笑いながらスマホを操作する。
表示されたのは、小学校低学年くらいの女の子の後ろ姿。
……おい、まさかこれって。
「じゃーん。何と小さい頃の白愛ちゃん『らしい』そうですよ。後ろ姿だけですけど、この頃からキリッとした雰囲気出てたんですよねえ」
「……」
「お? 能登サンはこっちの方がいけるクチっすか? やっぱり俺が見込んだとおり、能登サンは相当
「この写真、どこで手に入れたんだ?」
がしっと、男性選手さんの頭部を片手で掴む。
我知らず力が入っていたようで、男性選手さんが必死に俺の手首をタップしていた。
解放すると、男性選手さんが真っ青な顔でつぶやく。
「あー、びっくりした……。試合のときより死ぬかと思った……」
「それで? この写真はどこでどうやって手に入れたんだい。これ、普通に犯罪では?」
「や、やだなー能登サン。これはネットからの拾い物ですよ。コアなファンのコミュニティがあるんですけどね、そこでこっそり出回ってるみたいです。まあ、本物かどうか誰にもわからないし、加工してないって保証もないので、一種のアイコンっつーか、お守りっつーか」
乾いた笑いを浮かべる男性選手さんをじっと見つめる。
「ふーん……」
「あ、あれ? 能登サン、今度はマジで怒ってます? いつもの『んふぅ』顔じゃなくて、それマジで俺もビビるんすけど……えっと、すんませんでしたぁっ!!」
脱兎のごとく逃げ出す。
俺はしばらく、その場に立ち尽くした。
あの画像の後ろ姿……一般の人にとっては、判別は難しいだろう。
だが俺にはわかる。
あれは間違いなく、白愛だ。
しかも、双子が揃っている写真ではなく、わざわざ白愛だけを写している。
小学生の頃はまだ、芸能界デビューしていない。
それはすなわち、「有名になる前の白愛を知る人間が、近くにいた」ということ。
今のところ、真偽不明で一部の人間の間だけが知っている状況のようだが……。
「朝仲さんに、今度相談してみるか」
朝仲さんは紅愛と白愛のマネージャーだ。
乱場カイトといい、さっきの写真といい、今日は俺の気持ちをどんよりさせることが続くなと思った。
不意に後ろから肩を叩かれた。
これから外出なのか、スーツケースを持った千波さんだった。
どうやら先ほどまでの話を一部、聞いていたようだ。
「やあ。相変わらず、ファン代表みたいな扱いだね。勝剛君」
「千波さん……からかわないでください」
少しホッとしながら、2人で
「まあ、下手に情報封鎖するよりも『熱心なファン』と思われていた方が安全だろうしね。木を隠すなら森の中だ。それに」
千波さんが口の端を引き上げた。
「ファンを虜にする癒やし系アイドルと、新進気鋭の若手女優。その2人の真実を知る数少ない人間であり、陰日向と彼女らを支える男――というシチュエーションは、男なら羨ましいと思うんじゃないか?」
「それ当事者に言います?」
「少なくともワシは羨ましいぞ。ここまで色々あっただろうに、年頃の娘たちからの好感度が下がるどころか天井知らずで上がっているのだからな。あっはっは」
肩をバンバンと叩かれる。痛かった。
俺は眉間に皺を寄せながら、声を潜めた。
「千波さん。実は白愛の幼少期の写真が――」
「ああ。それも聞こえていた。念のため、昔の仲間にそれとなく確認してみよう。君はとりあえず、今まで通り過ごしなさい。さっきも言ったように、木を隠すなら森の中だ」
そう答える千波さんの表情は、往年のやり手芸能事務所社長だった頃から何ら変わっておらず、鋭かった。
【6話あとがき】
話題の俳優は、かつて事務所を脅そうとしていた嫌な奴だったというお話でした。
リアルでも居そうだけど、身近にこういう人がいたら本当にイライラしませんか?
乱場カイトは何かを企んでいるのか? 双子姉妹は大丈夫なのか?
それは次のエピソードで。
それにしてもこの男性選手さん面白いなと感じて頂けたら(頂けなくても)……
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