第35話 泣き下手と予想外の言葉
扉の向こうで「おーい!」と田中君が呼びかける。ノックする音を聞くと居たたまれない。
蓬莱さんが気付いて双子の元へ。
「紅愛さま、白愛さま。何かあったのですか?」
「え!? あ、いや。その……」
「蓬莱さん。
「……おふたりとも顔が赤い。これは何かしやがりましたね、ウチの生徒会長。現代の
スパーンッとやたら小気味よく扉を開ける蓬莱さん。直後に田中君の困惑した悲鳴。慌てた双子がフォローのために追いかける。
……これが生徒会の日常か。
腕組みをして遠い目になる俺。
どうやら、田中君の発した「好きなのか?」というセリフは、周りの人物には聞こえていなかったようだ。
もし蓬莱さんが聞きつけていたら、もう一段階圧力がアップしていたかもしれない。
ふと、はながさっきからずっと黙っていることに気がついた。彼女は双子姉妹たちが出ていった扉を見つめながら、眉を下げている。
「はな? どうした、浮かなそうにして」
「え? あれ、ウチそんなひどい顔してたか?」
俺に声をかけられて、初めて気付くはな。自分の頬をさすっている。
本人も無意識のことをあんまり問い詰めるのは、よくないか。そう思っていると、はなの方から話しかけてきた。
「勝くんと双子たちの『
「ん?」
「なんかこう……寂しくなっちまって」
「寂しい?」
「ああ、気にしないでくれ。ウチの独り言だから。とにかく、紅愛ちゃんと白愛ちゃんを大切にしろよってそういうこと。言いたいのは」
早口でそう言うはな。彼女は「お手洗いに行って来るわ」と告げて部屋を出ていった。
……今回の演技練習、これでよかったのだろうか。
まだ未完成の脚本に視線を落とし、俺は小さく息を吐いた。
そのとき、ベッドから小さく声がする。一ノ瀬さんがようやく目を覚ましたのだ。
「あれ、私。どうしちゃったんだろう。何かすごい怖い夢を見たような……」
ほんとすみません。
一ノ瀬さんと目が合う。
彼女が何か言う前に、俺は頭を下げた。
「先ほどは驚かせて申し訳なかったです。涼風紅愛と白愛の保護者、能登勝剛といいます」
「え……先輩の、保護者さん?」
ベッドの上で身構えた彼女は、呆然と呟く。だんだん顔が青くなっていった。
「そ、それじゃあ私、紅愛先輩と白愛先輩の身内の方にあんな失礼な態度を……!?」
「あ、いや。それは仕方ないというか。俺とはなと田中君の顔が揃ったらそうならざるを得ないというか。本当に申し訳ない!!」
とにかく平謝りである。
一ノ瀬さんは真面目な子なのか、ベッドの上で正座して頭を下げてくる。
「こちらこそ、初対面の方に余計なご心配とご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「一ノ瀬さん……」
「ひぃっ! ……あ」
「ごめんごめんなさい申し訳ない。強面泣き下手が泣き顔
不覚。
娘たちが世話になっている子になんてことを。
一ノ瀬さんは大きく深呼吸すると、ベッドから降りた。制服のシワを整える。
「ごほん。取り乱しました。気絶していた分を取り返さないと。ただでさえ、ウチの事務作業は滞りがちなので。それでは、失礼致します」
真面目な優等生らしい物言いだ。一ノ瀬さんは一礼し、ラグジュアリースペース(仮)から出ていった。
直後、彼女の怒った声が。
「あ、会長。またあのゴミをロッカーに貼ったんですね。処分します」
「真理佳君!? 復帰第一声がそれ!?」
馴染んでるなあ。
田中君、一ノ瀬さんからも困った男扱いされているのか……。よく耐えてるよ本当に。お互い様なのだろうが。
いつの間にか、ラグジュアリースペース(仮)には俺ひとりだけになっていた。朝仲さんも双子を追って隣の部屋に移動したらしい。たぶん、あの人のことだから紅愛と白愛をさりげなくフォローしているのだろう。
……次はもっと上手くやれってアドバイスしてたらどうしよう。
俺も皆のところに行くかと思ったとき、スマホに着信があった。画面を見ると千波さんからだ。俺が休暇を取っていることは知っているはずなので、珍しいと思った。
「はい、もしもし。能登です。どうしたんです千波さん? ワークライフバランスに積極的な千波さんが休み中に連絡されるなんて――」
途中まで冗談めかして応じていた俺だったが、すぐに異変に気付いた。
千波さんの声が聞こえてこない。代わりに、騒がしい物音がスマホ越しに聞こえてくる。
「千波さん? 何かあったんですか、千波さん!?」
「……勝剛君か。悪いな、休み中に」
「そんなことはいいです。それより、何があったか教えて下さい。ずいぶん騒がしいですが、今、どちらにいらっしゃるんですか」
「ウチの仕事場だよ。ちょっと厄介なことが起こってね。くっ……」
千波さんが言葉を詰まらせる。まるで痛みに耐えているようだ。
これはただ事ではない。あの千波さんがここまで弱った声を出すなんて。急病か。近くに職員や常連さんはいないのか。
「千波さん、救急車は呼びましたか? 何なら俺が代わりに手配を」
「いや。それはいい。本当は君に連絡するつもりはなかったんだ」
「こんなときに何を強がっているんですか。急病なら、一刻も早く病院に行かなければ!」
「病気じゃない」
「……え?」
困惑する俺。
スマホの向こうから「まだ横になっててください、社長さん!」と女性の声がする。聞き慣れた声だ。常連の女性が千波さんをすぐ側で介抱しているらしい。
すると、千波さんの代わりに常連の女性が訴えた。
「能登さん、助けて下さい! ウチのジムに道場破りが……」
「は!? ど、道場破り!?」
こら、と
「今、ウチに来ているんです。乱場カイトが! 止めに入った人たちが殴られて、大変なことに!」
俺は愕然と立ち尽くした。
【35話あとがき】
予想通りな反応の人もいれば、ちょっといつもと違う雰囲気の人もいましたね――というお話。
はなの言葉、何だか切ない感じですよね?
風雲急を告げるジムからの連絡、勝剛はどうする?
それは次のエピソードで。
カイト、ここに来てお前かよ!と思って頂けたら(頂けなくても)……
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