第11話 泣き下手とマネージャー
うららかな午後の時間。
平日の日中は、ぽっかりと暇になるときがある。
「平和だなあ」
予定よりも早く掃除を終えた俺は、従業員用の休憩室で一休みしていた。
前の席には、外回りから戻ってきた千波さんがいる。タブレット端末をいじりながら、のんびりとコーヒーを
ふと、俺の携帯に着信。
画面に表示された登録名は『
紅愛と白愛がお世話になっているマネージャーさんだ。
双子が所属しているのは、芸能事務所『イルミネイト・プロダクション』。
規模で言えば中堅だが、今は勢いがあり、かつ信頼できる事務所である。まあ、そうでなければ大事な娘たちは預けられない。
なぜ信頼できるかというと、イルミネイト・プロダクションの設立には俺や千波さんが関わっていたからだ。
朝仲さんとも旧知の仲である。
『お忙しいところ申し訳ありません、勝剛さん。今よろしいですか?』
「ええ、休憩中なので構いませんよ」
電話口から聞こえてきたのは、男性とも女性とも取れる声音だった。
朝仲さん、相変わらず一度聞いたら忘れられない印象的な声をしている。
『紅愛と白愛について、あなたの同意が必要な書類ができまして。これからお持ちしてもよろしいでしょうか?』
「俺は構いませんが……ちょっと待ってくださいね」
携帯を顔から離し、目の前の千波さんに伺いを立てる。
「今から朝仲さんが来られるみたいで。少しの間、時間をもらってもいいですか?」
「構わんよ。まあ今日は暇だから、このまま上がってしまいなさい」
「さすがに早引きするわけには……」
「双子の仕事絡みのことだろう? 口の軽いファンに目撃される方が大変だ。なあに、こっちは何とかなるさ。それに良い機会だ。朝仲君に悩みの相談でもすればいいだろう」
千波さんに言われ、俺は午前中のことを思い出した。
ありがとうございますと頭を下げてから、再び携帯に耳を当てる。
「朝仲さん。もしよければ、いつもの喫茶店で落ち合いませんか? そこでならゆっくり話もできますし」
『わかりました。それでは30分後に『アルテナ』で』
さすが朝仲さん。相変わらずキビキビとした仕事ぶりだ。
喫茶店アルテナ。俺と朝仲さんがよく打ち合わせをする行きつけの店である。
通話を終えた俺は、千波さんに改めて礼を言って早退させてもらった。
職場から車を走らせると、道中で制服姿の学生を見た。星乃台高校もそろそろ下校時刻である。
喫茶店アルテナは、駅前から少し離れた商店街の一角にある。
店には駐車スペースがないので、別途、有料パーキングに停めてからは徒歩で移動だ。
商店街のメインストリートからひとつ路地を曲がる。
次いで、さらに細い裏路地に足を踏み入れた。
まるで迷路のような通路の先、周囲を建物で囲まれた場所に目的の店はある。ネットにも載っていないので、存在を知らなければまずたどり着けない穴場だ。
階段を上り、2階にある店の入口を開ける。チリンチリンと、昔懐かしいドアベルの音がした。
やや薄暗い店内。カウンターに立つ老マスターが、ゆっくりと会釈をしてくれる。彼は目線で、店の一角を示した。
パーティションで区切られたテーブル席に、先客がいた。
「勝剛さん。こちらです」
「遅れてすみません、朝仲さん」
「いえ。時間ぴったりですので問題ありません。こちらこそ、突然無理を言って申し訳ありません」
朝仲さんが頭を下げる。
俺は対面に座り、飲み物を頼む。
姿勢良く座る朝仲さんを見ながら、俺は思った。
(相変わらず性別も年齢も不詳な人だなあ……)
シンプルだが高そうな白シャツが細身の身体に似合っている。
その顔は表情の変化に乏しいけれど、双子姉妹を見慣れた俺でも「綺麗だ」と思うほど整っている。ショートカットが似合う人は大体美人だ。
ただ女性にしては身長が高いし、身体付きもシュッとしている。見た目だけでは男性とも女性とも判断できない。とりあえず言えるのは、『男性』としても『女性』としても芸能界入りできそうということだ。
この人物が、紅愛と白愛のマネージャー――朝仲
それなりに付き合いの長い俺だが、いまだに朝仲さんの性別と年齢を知らない。
紅愛と白愛が中学1年生のときに芸能界入りしてからずっとマネージャーになってくれているので、そこそこの年齢ではあるはずなのだが……。
ミステリアスな人だった。
ちなみに。
朝仲さんの前にはトマトジュース――ではなく、クラマトが置かれている。日本では珍しい飲み物だが、ネットで見るクラマトジュースよりだいぶ色がエグい。聞いたこともない名前のスパイスを大量投入しているせいだ。
前に一度だけ、たった一度だけ飲ませて貰ったことがあるが……えげつない破壊力を秘めたナニカだった。
俺から言わせれば、異次元の味と香りである。
朝仲さん、アルテナに来店したときは必ずこれを頼む。大好物らしい。クールな外見と違ってかなりスパイシーな行動だ。
いまだにコレをメニューに入れているマスターもマスターだが……とにかくミステリアスなお人なのである。朝仲さんは。
「……? 何か?」
「いえ何も。それで同意が必要な書類というのは?」
「実は、紅愛と白愛に新作ドラマの出演オファーがありまして。以前から双子共演の声がファンは元より、業界からも多く上がっているのはご存じですよね」
「ええ、もちろん。そうか……考えてみれば、バラエティーで同時出演したことはあっても、ドラマでの共演は今までなかったですね」
「ドラマは白愛の領域ですからね。言葉にはしませんが、紅愛は妹の領分を
「成人、か」
朝仲さんの言葉に、思わず俺はつぶやいた。
2人の誕生日まで2ヶ月を切っている。
18歳になれば、紅愛も白愛も立派な大人の仲間入りだ。
俺の手から離れても、まったくおかしくない。
俺の手から……。
『わたしたち、おじさんのお顔好きだよ?』
『ところで……俺の泣き顔、やっぱ怖い?』
『うん。こわい』
「――あの頃から可愛かったんだよなあ……俺、あの子たちのために頑張ってきたんだよぉ……それがとうとう、とうとう、かあ……んふぅ」
「勝剛さん。いつも言ってますが泣き顔を他人に見せては駄目です。泣くのがド下手くそなんですから」
「……んふぅ!?」
「ワンオペ子育ての頑張りは称賛すべきですが、それはそれ。おかげで双子にも移っちゃったんですよ、あなたの泣き顔。ちゃんと責任取ってあげてください」
書類を差し出しながら朝仲さんが言う。
さすが、千波さんの流れを汲む敏腕マネージャー。人物評に容赦がない。
本当に申し訳ないです。
ところで責任取れってどういうことでしょう? 一生フォローしてあげろってことですか? もちろんですとも。
鼻をすすりながら契約書の中身に目を通す。朝仲さんが持ってきた書類だから不備などないことは理解していたが、これが親の責任と思って目をこらす。
「……わざわざ表情について項目が書いてある……」
「ええそうですよ。あのふたりを起用したいというのでしたら、先方にはこれくらい呑んでもらわないと」
「……強い」
それから署名と捺印をしたとき、俺の頭にふと、ある疑問がよぎる。書類チェックをする朝仲さんへ声をかけた。
「紅愛と白愛は、成人後も芸能界に残るつもりでしょうか?」
「おや、勝剛さん。もしかしてあの子たちに進学を勧めるおつもりですか?」
「ああ、いえ。紅愛と白愛の将来にとやかく言うつもりはないですよ。あの子たち自身が望む未来を目指して欲しいと、そう思ってます。それが芸能界なら、俺は全力で応援するだけ。紅愛たちも普段から『母親を目指している』と言ってますから、芸能界に居続けることを否定はしません」
ただ、と少し言葉を切る。
「俺は姉を近くで見てきたので……表の
「『KOKO.』こと涼風恋……まさに時代が生んだカリスマでしたね」
「はい。姉は遙か遠い存在です。努力で到達できるレベルではない。そこを追い求めつづければ、紅愛も、白愛も、辛くなってしまうのではないかと。結果得られるモノが、あの子たちの望むモノとは限りませんし」
「なるほど。不安なのですね」
「ええ。なにせ父親ですから」
俺はそう言って微笑むと、朝仲さんはほんの少しだけ眉を下げた。
苦笑――というよりも、どことなく呆れているように俺には見えた。
【11話あとがき】
勝剛はこれまた個性の強いマネージャーと会ってました、というお話でした。
やっぱり勝剛はいじられてナンボですよね?
朝仲さんが呆れる意味とは?
それは次のエピソードで。
朝仲さんの性別はコレだ!と思って頂けたら(頂けなくても)……
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