第12話 泣き下手と双子の支え


 朝仲さんの表情の意味がわからず、尋ねる。


「俺、何かおかしなことを言いましたか?」

「いいえ。将来を応援するが不安でもある――親なら、むしろ当然の心境でしょう。

「引っかかる言い方……」

「例えば、勝剛さん」


 朝仲さんがクラマトをテーブルに置き、俺を見る。


「紅愛か、白愛か。もしくはその両方から『結婚して』と言われたら、どうします?」

「…………はい?」

かたや今をときめく癒やし系美少女アイドル、方や新進気鋭の美人女優。どちらを選びます?」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 俺は慌てた。

 朝仲さんのクールな顔を見返す。


「ものの例えですよね?」

「はい」

「……では、現実には不可能だということもご理解いただけてるので?」

「ええ、まあ。残念ながら」


 そう言って、再びクラマトをずずず……とすする敏腕マネージャー。

 残念って何ですか。残念って。


 紅愛と白愛の母親は、俺の実姉じっし

 つまり、俺たちは叔父と姪の関係にあたる。

 法律的な話をするなら、俺たちのような3親等内での結婚は民法上、認められていない。

 同士なら話は違っただろうが……。


「ぼくは紅愛と白愛のマネージャー。彼女らの人となりはよく知っているつもりです。そんなあの子たちの溺愛っぷりと勝剛さんの態度を見れば、まあ――問いただしたくもなるものです」

「つまり、さっき朝仲さんが呆れたような顔をしていたのは、俺があの子たちの気持ちを無視しているように見えたからですか? その、ラブコメの主人公みたいに」

「さすが勝剛さん。ぼくの感情の機微を表情から察することができるのは、ウチの事務所では白愛くらいなものですよ。ラブコメの主人公というのも言い得て妙です。サブカルに精通しているだけありますね」


 別に精通していません。


「で、どうなんです勝剛さん。実際のところ。あの2人があなたに本気だということなら、それを受け入れられますか?」

「今日はまた、いつにも増してグイグイきますね」

「はぐらかさないで」

「まったく……。あの子たちが好いてくれるのはとても嬉しいし、ありがたいですよ。ですが、さっきも言ったように現実には不可能です。俺は紅愛と白愛の父親。そう思って生きてます」

「あら型通りのお返事。つまらないですね。まあわかってましたが」


 しれっと言う朝仲さん。

 朝仲さんとは昨日今日の付き合いではないので、本気でこちらを責めているわけではないと今のやり取りで理解した。

 売れっ子芸能人のマネージャーとしては踏み込みすぎな質問。

 ただ、それだけ紅愛と白愛のことが大事なのだろう。朝仲さんも。


「朝仲さん。ウチの子を気遣ってくださるのはとてもありがたいのですが……くれぐれもあの2人に変なことを吹き込まないでくださいね?」

「ふむ。ではいっそのこと、勝剛さんも共演させたら尻に火が付くかしら? 双子よりも、あなたに」

「朝仲さん!?」

「ああでも、勝剛さんの泣き顔をカメラに写したら、視聴者が軒並み離れていきますね」

「……し、辛辣。……んふぅ」

「冗談です」


 俺が落ち着くのを待って、朝仲さんが居住まいを正す。


「実は今日お呼びしたのは、こうして紅愛や白愛のことを一度話しておきたかったからなんです。書類だけなら、郵送でも良かったのですから」


 その話しぶりに、俺は眉をひそめた。


「まさか、あの子たちの身に何か?」

「いえ、今のところは特に。ですがあの子たちももうすぐ誕生日で、成人です。彼女ら自身にも、色々思うところはあるでしょう。ですから勝剛さんには、あの子たちにより一層、まっすぐ向き合って欲しいと思っているんです」

「朝仲さん」


 朝仲さんの顔から呆れは消えている。

 俺もまた背筋を伸ばした。

 少しだけ、自分の顔がビリッと強ばる。


「そのつもりです。紅愛と白愛を引き取ったときから、ずっと。12年間、ずっとです」


 紅愛と白愛にまっすぐ向き合ってほしい――その言葉は俺にとって少々、心外なものだった。

 姉さんを見送ったあの日から、1日たりとて紅愛と白愛のことを考えなかった日はない。

 全力で、彼女らを育ててきたのだ。

 目をらしたつもりなど――ない。


 静かな怒りが無意識に出ていたのだろう。俺を見つめていた朝仲さんの表情が、少し柔らかくなった。


「お願いしますよ。勝剛さんの対応次第で、紅愛も白愛も、仕事のモチベーションと出来映えが大きく変わるんですから。スケジュールに影響が出るほどに」

「はい。……え? それほど?」

「はっきり言って、あなたと喧嘩した日の2人は使い物になりません。覚えていますか? 2ヶ月前、あの子たちと勝剛さん、喧嘩なさったでしょう?」

「ああ……」


 思い出す。

 確か、紅愛と白愛がほぼ同じタイミングでそれぞれ新しい仕事をもらったときのことだ。

 仕事の内容自慢から始まったいつもの姉妹喧嘩が、そのときに限ってエスカレートした。

 それを親として注意したら、珍しく言い争いになってしまったのである。

 もちろん、とっくに仲直りは済ませている。


「勝剛さんがいるご自宅ではどうかわかりませんが、あのときの紅愛と白愛、はっきり言ってしょぼしょぼのショボン状態だったんですから」

「しょぼしょぼ……」

「しかも、あなた譲りの『泣き顔』を存分に見せつけて、現場はちょっとした騒ぎになりました」


 圧が強まる。俺はそっと視線を外した。

 朝仲さんが遠い目をする。


「ま、あの顔がイイという共演者もいましたが」

「マジですか」

「マジです。無論、口外禁止と共演者には釘を刺しておきました」


 さすが敏腕マネージャー。

 本当に申し訳ない。


「あの子たちは、普段自分を隠してストレスを溜めている分、勝剛さんとのコミュニケーションが毎日の活力になっているんです」

「そんなに、精神的に追い詰められているのですか?」

「追い詰められていると言うより、あなたとの時間が最優先なのですよ。紅愛と白愛にとって」


 アイドルと女優としての2人を一番間近で見ている朝仲さんからの言葉に、俺は複雑な気持ちになった。


「とにかく、双子にはきちんと向き合ってください。あなたとの仲が彼女らの仕事ぶりに直結するのですから」

「努力します。これからも」

「お願いしますね」


 今日の朝仲さんは、いつにも増して真剣だなと俺は思った。

 この様子なら、俺の悩みも真正面から受け止めてくれるはずだ。


「朝仲さん。俺からもひとつお話――というか、相談があるんです」

「はい、何でしょう」

「実は、今日勤め先で耳にしたのですが――」


 俺は朝仲さんに、職場で目にした白愛の画像について話した。


「あの後ろ姿は、間違いなく幼い頃の白愛です。ですが、俺や朝仲さんたちならともかく、あの姿だけで白愛だとわかる人はそういないと思います。なのにあの写真を撮れたということは」

「……なるほど。確かにそれは由々しき事態ですね」

「今のところ、閉じたコミュニティの中だけの情報らしくて、真偽もはっきりしていないのですが……なぜ今になってあんな写真が出てきたのか気になるんです」

「わかりました。では、その件はウチの社長にも話しておきましょう。こちらで調査してみます」

「お手数かけます。よろしくお願いします」

「今のところ、事務所に何の脅迫も要求も来ていないので、おそらく心配はいらないと思いますが、念のため」


 そう言って、朝仲さんはぐいと身を乗り出した。


「勝剛さん。これからしばらくは、できるだけ紅愛と白愛の側にいてあげてください。防犯の意味でも、彼女らの心の支え的な意味でも」

「そうですね……わかりました」


 俺は神妙にうなずく。

 店のドアベルが鳴ったのは、その直後だった。









【12話あとがき】

朝仲さんが呆れたのは、双子姉妹を思う故――というお話でした。

双子のマネージャーさん、結構突っ込んだ話をするんだなあって感じですよね?

彼らの前に現れたのは誰なのか?

それは次のエピソードで。

勝剛しっかりしろよと思って頂けたら(頂けなくても)……

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