第49話 泣き下手と忍び寄る影


 俺は首を傾げる。黄色い声を上げてはしゃぎ続ける紅愛たちをちらと見て――下着姿だったのですぐに目を逸らしたが――、白愛に確認する。


「紅愛と二人じゃなくて、白愛だけを呼んでいるのか?」

「ええ。どうやら、私に演技の指導を依頼したいらしく。よほど先日の学校でのことがこたえたのでしょう」

「ああ、なるほど」

「はな様と蓬莱さんのことです。姉様も一緒に呼ぼうとした蓬莱さんを、はな様が止めた結果かと」

「なるほどなあ」


 後半の理由が妙に納得できてしまった。


「そういうわけで、私は中座します。本当はこのまま姉様の痴態を見届けたかったのですが、仕方ありません」

「わかった。だがお前ひとりで行かせるわけにはいかない。待ち合わせ場所まで送っていくよ」

「いいのですか?」

「もちろん」

「おお。はな様グッジョブです」


 嬉しそうに笑う白愛。このところ表情に明るいバリエーションが増えてきた。俺もつられて微笑んでしまう。


 さすがの店員さんも白愛の申し出はダメとは言わなかった。

 紅愛たちに簡単に事情を話し、店の外に出る。


「すぐ戻るよ。皆は自由に選んでなさい」

「はーい」

「店員さん、くれぐれも彼女たちに余計なことをしないでくださいね」

「えー」

「……紅愛。何かされたら本気で抵抗するんだよ」

「そんなことしたら店員さんの手足がもげちゃうよ」

「……」


 さすがの店員さんも引いていた。これで少しは大人しくなって欲しい。あと陽光は物欲しそうな顔をしないこと。


 白愛とともに店を出る。外から見ると、本当に店内の様子がまったく見えない。ついでに彼女たちの嬌声もシャットアウトされていた。


 とりあえず駐車場に向かう俺たち。他愛のない話をしながら、俺は周囲への警戒を怠らない。

 カイトは白昼堂々、ジムへと殴り込みをかけるような男である。理性のたがが外れた奴の目は忘れられない。

 可能性は低くても、路上で遭遇する危険性は考えておくべき。

 カイトの件があってから、様々な人が動いてくれている。俺も備えをするようにしているのだ。


 幸い、白愛と二人で路上を歩く時間は短くて済んだ。

 店を出てから間もなく、見覚えのある高級車がやってきたからだ。車は俺たちの前で停車する。

 後部座席には蓬莱さんとはなの姿があった。

 俺は声をかける。


「やあ。早かったね」

「白愛さまをお待たせするわけにはまいりませんわ」


 蓬莱さんが答える。にこやかな彼女とは対照的に、はなはどこかぐったりしていた。


「どうした、はな」

「お嬢の特訓が厳しくて……」


 なるほど。つまり特訓に熱が入りすぎて連絡がつかなかったのか。


「白愛さま、能登さん。お楽しみのところ、申し訳ございませんでしたわ。さあ、白愛さま。どうぞお乗りになってくださいな」

「勝くん。白愛ちゃんは蓬莱邸にいるから。終わったら家の人が送る。だから心配しないで」

「わかった。じゃあ蓬莱さん、よろしくお願いします。白愛、しっかりな。……はなを泣かせるなよ?」

「お任せください、父様」


 胸を張りながら、意味ありげにはなを見遣る白愛。だからそういうのをやめろって。すでにはなが涙目じゃないか。

 やがて高級車が動き出す。それを見送り、俺は小さく安堵の息を吐いた。


 ブティックへと戻る。

 すると、ちょうど店から出てきた紅愛とArromAメンバーと鉢合わせた。当然のことながら着替え終わっている。皆、手には紙袋を持っていた。無事に買い物は済んだらしい。

 下着ショーが長引かなくてよかった。


「じゃあウチらはここで」

「あれ? もう帰るのかい?」


 琳の言葉に俺は目を丸くする。事務所まで送っていくよと提案するが、ArromAの皆には断られた。このまま現地解散するつもりらしい。

 陽光がちょっと怒ったように言う。


「私たちがいると、またウダウダしそうだもんね紅愛は。せっかく良いブツが手に入ったんだから、ビシッと決めてきなさい。二人きりにしてあげるから」

「陽光ちゃん……」

「あ、でもこんな白昼堂々、戦利品を披露するなんてドキドキイベントはナシだからね!?」

「陽光ちゃん……」


 一瞬感激した紅愛がスンとなっている。

 琳に引っ張られ、陽光は退場した。ほのかが大きな身体を折り曲げておじぎをする。

 ArromAの皆を見送る俺と紅愛。


「良い仲間、なのかな?」

「もう……」


 赤くなって俯く紅愛を連れ、俺は駐車場まで歩き出した。

 ブティックの紙袋を大事そうに胸に抱える紅愛。俺の視線に気付き、人差し指を頬に当てて尋ねてくる。


「気になる? パパ」

「うーん」

「あ、ヒドい。パパでも悩殺間違いなしのを買ったのに。なんちゃって」

「その様子だと、お気に入りのものが買えたみたいだな」

「そ、そだね。な、何なら今から見てみる? ……なんちゃって」


 アイドルっぽく振る舞おうとして失敗しているのが見え見えだ。

 俺は紅愛の頭をくしゃくしゃっと撫でた。「もー、髪型崩れるじゃん!」と文句を言いつつ、紅愛は心地よさそうに笑っていた。

 俺が手を止めると、もっと撫でて欲しそうに頭の天辺を突き出してくる。俺は苦笑してまた手を伸ばす。


 その手を――再びぴたりと止める。


「パパ?」

「ちょっと車道から離れようか」


 さりげなく紅愛をかばいながら、建物寄りに進路を取る。

 たった今通り過ぎた黒塗りのワゴン車が、数メートル先で停まった。スライドドアを乱暴に開け、男たちが車から飛び出してくる。

 俺は叫んだ。


「走れ紅愛!」

「パパ!?」


 紅愛の背中を押し、俺は男たちに相対する。ニット帽に黒マスク、Tシャツから覗く二の腕にはタトゥーが見えた。

 明らかにカタギじゃない。

 俺はポケットのスマホを操作した。それから構えを取る。

 とにかく人数を減らして追っ手をく。

 そう腹を決めたとき、背後から紅愛の悲鳴が聞こえた。


「離してッ!!」

「大人しく――くそっ、やっぱり聞いてたとおり力が強えっ!?」


 あらかじめ車から降りて控えていたであろう男に、紅愛が捕まっている。


「紅愛ッ!!」


 正面の男たちから視線を切った瞬間、俺の身体に激痛が走った。

 脇腹に細い針のようなものが2本、刺さっている。針から延びる細い線、筋肉が痙攣するような痛み。


(スタンガンかよ……! そんなものまで用意していたのか)


 視界がぼんやりし、身体が上手く動かない。

 紅愛の声が遠く聞こえた。

 早く車に放り込め、と男たちが言い合っている。

 膝を突く俺。運び込もうと近寄ってきた男の胸ぐらを、俺は掴んだ。


「娘にそれ以上触れてみろ……タダじゃおかないぞ」

「ひいっ!?」


 あからさまに怯える強面のチンピラ。


 ――だが、俺が意識を保っていられたのはそれまでだった。

 




【49話あとがき】


演技指導をして欲しい、というはなからの切なる呼び出しだった――というお話。

はな、つくづく苦労人だなあって感じですよね?

そして風雲急を告げる襲来。勝剛たちはどうなるのか?

それは次のエピソードで。

白愛の方は無事なのかなと思って頂けたら(頂けなくても)……


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