第48話 泣き下手と推しへの愛ゆえに


「こんにちは、旅の人。よくここまでたどり着きましたね」

「違います」

「先ほどは素晴らしいタイミングのツッコミでした。思い出しますね」

「覚えて頂けて光栄です……」


 営業スマイルなのか、それとも素の微笑みなのか。

 親しげに店員さんが俺に話しかけてくる。


「当然。お客様や皆さんのことは覚えていますよ。あなたがたは私の推し・・ですからね。推しの幸せ、そして平穏を願うのがファンというものです」


 はあ、と生返事をする俺。

 そこで目を見開く。

 ほんの一瞬だけ、店員さんが真面目な表情に変わったからだ。

 前にこの店を訪れたときを思い出す。

 買い物を終えて帰る間際、店員さんが真面目な口調で助言をしてくれた。そのときの表情を彷彿とさせた。


 フッ、と店員さんの目元が緩む。


 彼女は双子姉妹とArromAメンバーを見回して言った。


「これで天下は我が手に」

「違います」

「推しへの愛はすべてを凌駕するのですよ?」

「店員さんが言うと冗談に聞こえない……」


 俺の反応に、店員さんは満足そうに頷いた。

 まったく、相変わらず食えない人だな。この人は……。


 陽光が尋ねてくる。


「能登さん。店員さんと知り合いなんだ?」

「まあ、ね。以前、紅愛と白愛を連れて服を買ったことがあるんだよ。この店で」

「ふぅん。なるほど、どうりで」

「陽光ちゃん。君たちこそ、どうしてこの店を?」

「ふふん。それはね」


 得意げに鼻を鳴らすと、陽光はArromAメンバーに目配せした。彼女らは店員さんの周囲に陣取ると、まるで選手を出迎えるチアのような仕草をした。


「なんと! 店員さんは私たちArromAのファンクラブ記念会員なのです! ついでに情報通!」

「どや」


 ドヤられても。厄介ファンがアイドルに称えられてるみたいで何か嫌だな。

 というか、マジでファンクラブに加入していたのね。有言実行は素晴らしい。そこらのファンより本人たちと距離が近いのは怖いが。


「……ん? それより情報通ってどういうことだ?」


 首を傾げると、琳がスススッと寄ってきた。小声で教えてくれる。


「この前聞いたっす。紅愛先輩と白愛先輩を付け狙う輩がいるって。だったら、詳しい人に味方になってもらった方がいいってことで」

「詳しい人?」

「この店員さん、ウチらのことすっごい詳しいんすよ。マジ怖いくらい。情報収集能力がエゲツないっす」


 すぐに否定できないところが俺も怖い。


「まあ、紅愛先輩たちの味方って太鼓判押してくださったし。その証拠に、ウチらが下着欲しいって言ったら秒で店内改装してくれたっす」

「マジか――いやマジだ!?」


 店内を見回し気がつく。前回来たときにはなかった下着や水着コーナーができている。

 しかも店の構造から変わってない?

 本気で推しへの愛がすべてを凌駕してるじゃんよ。時間的制約どこいった。


 店員さんは静かに告げる。


「こんなこともあろうかと」

「怖いよ」


 俺は恐れおののいた。

 そんな保護者のことなどお構いなしに、ArromAのメンバーたちは双子姉妹を引っ張っていく。


「さあ紅愛! 私たちがあんたにぴったりの勝負下着を選んであげるわ! 覚悟しなさい!」

「何で喧嘩腰!?」

「悩殺という字は『悩んで殺す』と書くのよ!」


 若干頭のネジが飛んだ台詞を吐く陽光。彼女に引っ張られる紅愛。その後ろを、いつものクールな表情でついていく白愛。

 すると、またこの人が余計なことを言い出した。


「そうですわ。せっかくArromAの皆さんが勢揃いしたのです。ここは現役アイドルによる下着ショーを開催することにしましょう。まさか逃げるとか言い出しませんよね?」

「あんたが一番喧嘩腰だよ! 事務所の許可もないのに、そんな勝手なことをしないでください!」


 俺は店員さんに食らいついた。

 よりによって下着ショーなどと。どの服がいいか選ぶのとはワケが違う。確かに今、他に客はいないようだが……事務所に叱られたいのだろうか、この店は。


 すると店員さんは憎らしいほど完璧な営業スマイルを浮かべた。


「ご心配なく。こんなこともあろうかと――ぽち」


 わざわざ口で擬音を表現しながら、スマホを操作する。

 直後、店の窓という窓がスモークに反転した。一瞬で内部が見えなくなる特殊ガラス。最近、公衆トイレなどで見かけるやつだ。ついでとばかり入口の扉から「がちゃん」と音がする。施錠まで行い、これで新しい客は入ってこないだろう。

 ……あれ? 閉じ込められた?


「下着ショーを心置きなく行うための改装も実施済みです」

「どうなってんだこの店」


 真顔で呟く俺。

 どうやらArromAメンバーは事前に話を聞かされていたらしく、「わーすごーい」と暢気である。


「さあ皆様。世界を含めた優良メーカーの逸品を取りそろえております。どうぞご自由にお選び下さい。あ、サイズのことはご心配なさらず。すでに皆様の身体データ最新版は反映済みです。ぴったりのサイズが必ず見つかるでしょう」

「どうなってんだこの人」

「ちなみに能登様の下着もご用意していますよ」


「えっ!?」と食いついてきたのは紅愛と白愛、そして何故か陽光だった。お前ら……。

 俺は「結構です」と丁重にお断りした。


 さすがに年頃の少女たちの下着選びに付き合うわけにはいかない。店員さんに「外で待ってますから出して下さい」とお願いすると「ダメです」と笑顔で断られた。語尾にハートマークが付きそうなほど可愛らしい声音である。やめて欲しい。


「ちょっと待って、ホントちょっと待って。パパが見てる前で下着姿になるの!? 無理だよ無理ムリ! 恥ずかしいったら!」

「姉様。でしたら父様の上着を拝借するのはどうでしょう? それなりに身体が隠せますし、父様の香りできっと恥ずかしさなど吹き飛びますよ。姉様の痴態、また見たいです」

「白愛!!」

「あわわ……お仕事でも水着までだったのに……。悩殺……悩んで殺す……目撃者は必ず殺さなきゃ……」

「もー、先輩方。ここには身内しかいないんすから、ちゃっちゃと選んじゃいましょうよ。このイベントが店員さん協力の条件だったんすから」

「そうよ紅愛! この程度で恥ずかしがるなんてArromAのセンターの名が泣くわ! 私のように堂々としてみなさい! 堂々と! 胸を張って! こう!!」

「陽光先輩は下着より先に慎みを装備したほうがいいっす」

「……陽光ちゃん。あたし知ってるんだ。陽光ちゃんは羞恥心が癖になってるって」

「わわわ……さすが陽光先輩……ドMの極み……」

「誰がドMよ!? ……うへ」


 ……誰の台詞か手に取るようにわかる。

 まあ、彼女たちが楽しそうにしているなら、それでいいか。


 大いに盛り上がる女性陣に背を向け、俺は端っこのスツールに腰掛けた。

 そのとき、俺の肩を誰かが叩く。


「父様」

「白愛? どうした。もう選び終わったのか?」


 声をかけてきたのは白愛だった。すでに元の服に着替えている。

 白愛はスマホを差し出した。そこにはチャットアプリの画面が映っている。


「先ほど、はな様から連絡がありました。会って話したいことがあるそうです。私だけに」






【48話あとがき】


店員さんはArromAメンバーに頼まれた協力者だった――というお話。

ありえないことでもこの店員ならもしかしたら……って感じですよね。

白愛のみ呼び出し、いったいどんな内容なのか。

それは次のエピソードで。

これまでArromAの撮影会って無事に終わったことがあるのかな?と思って頂けたら(頂けなくても)……


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