第45話 泣き下手とアイドルたちの夕食会


 リビングにはArromAアロマの他のメンバーもいた。

 小柄でクールな水無月みなづきりん。最も身長が高く人見知りな雪村ほのか。

 俺は彼女らに「いらっしゃい」と言いつつ、ふとキッチンを見た。


 ……わりと大惨事なことになっている。


 するとふきんを手にした琳が、「あいつの仕業です」とばかりに廊下を指差す。どうやら、陽光がシャワーを浴びていたのは料理に失敗して盛大に汚れてしまったためらしい。


「まあ、怪我がないならよかったよ。琳ちゃんとほのかちゃんは大丈夫だったのかい?」

「はい。自爆したのは陽光先輩だけだから。お騒がせして申し訳ないっす。ほのかもあの通り大丈夫だから心配無用っす」

「……そのほのかちゃんはどこに? いつの間にか姿が見えないけど」

「シンク下の戸棚っすねー。ホラ、ちょっとだけお鍋とかが出してあるでしょ? 調子がいいと、ちょうどいい隙間に入り込んじゃうんすよ、ほのか」

「後できちんと片付けておくように」


 仲間の自宅でここまで自由にできるものだろうか……。君たち、ウチに来るの初めてだよね?

 俺はため息をついた。


「紅愛が言っていた友達って、ArromAの皆のことだったんだね」

「すんません。突然お邪魔しちゃって。マネージャーの朝仲さんから連絡があったので」

「朝仲さんから? どういうこと?」

「ほら、ウチのリーダーと白愛先輩、もうすぐ誕生日じゃないっすか。前祝いついでに、少し話をきいてやってくれって。朝仲さんが」

「……く、紅愛さんと白愛さん……何か悩み事があるみたいですぅ」


 おずおずとシンク下から出てきたほのかも口を挟んでくる。


「ち、ちょっと前から紅愛さんの様子がヘンだなあって、皆さんと話してて……」

「そうそう。ちょうどいい機会だからって押しかけたんすよ。で、紅愛先輩が珍しく遊びに行くのをOKしてくれて、陽光先輩が舞い上がっちゃったってワケっす。キッチンのアレはそういうことで」

「なるほど、そうだったのか。心配してくれてありがとう、琳ちゃん。ほのかちゃん」

「いえいえ」

「わぁ……ちょっと微笑んだお顔も世紀末なんですね……」

「ほのかちゃん。もしかして君、少々口が悪いな? 泣くよ?」

「あ……紅愛さんと同じ口癖……。ホッとします……」


 なぜ今の会話でほんわかなごめるのかわからない。


 それから陽光や紅愛、白愛が集合し、リビングは一気に賑やかになった。双子姉妹を心配して、こうして集まってくれる仲間がいる。俺にとっては素直に嬉しいことだった。この喜びに比べたら、キッチンの惨状などどうということはない。


 彼女たちの様子を微笑ましく眺めながら、手早くキッチンを片付け、調理を開始。食材を多めに買っておいて正解だった。

 いつもなら紅愛に合わせたがっつりご飯で、白愛は量を少なめにして出している。

 だが今日は、今をときめくアイドルグループArromAが来てくれた。双子姉妹が友人を家に招くのは本当に珍しい。

 ここは見た目にもこだわって、精一杯もてなそう。


「やっぱりパスタかな。大皿で取り分けられるし」


 鍋に湯を沸かし、パスタ投入。茹で上がりを待つ間、パスタに絡めるトマトソースを作る。フライパンから広がるニンニクとトマトの香り。リビングの会話がぴたりと止んだ。

 パスタが茹で上がったらフライパンに加え、バジルと塩、胡椒で味を調える。

 まずは一皿目、トマトとバジルのパスタだ。


 すでに二皿目にも取りかかっている。

 パスタを茹でている間にエビの殻を剥いて下ごしらえ。鍋と入れ替わりにフライパンでエビとスライスしたニンニクを炒め、頃合いを見てパセリを散らす。

 ガーリックシュリンプだ。


 その間にも、三皿目の調理を進めた。

 チキンとアボカドのサラダ。

 いつぞや取り寄せた高級オリーブオイルが大活躍である。


 20分ほどですべての料理を完成させた。テーブルに並べると、ArromAの皆は目が釘付けになっていた。


「お待たせ。簡単なものだけど、気に入ってくれると嬉しいよ。苦手なものがあれば言ってくれ。追加で別のものを作るから」

「おおお……!」

「い、いただきます……」

「はいどうぞ。召し上がれ」


 陽光、琳、ほのかがそれぞれ料理を口にする。

 途端、三人揃って目を輝かせた。


「美味しい!」

「やば。これマジやば」

「エビぷりぷりですぅ……」


 うん。皆、良い表情をする。作った甲斐があったというものだ。

 陽光が感心しきりと言った様子で呟いた。


「あんなに格好いいのに料理もデキるとか、ズルくない? ちょっと顔は怖いけど」

「こんな高そうなマンションに住める段階でシゴデキなオーラがあるっす。顔が怖いは余計っすよ。否定はしないけど」

「あわわ……最恐皇帝……!」


 どうやら三人からの好感度が少し上がったようだ。全員、最後の一言が余計であるが。


 ガタガタと椅子の音がする。

 紅愛と白愛が笑顔のまま椅子を移動させていた。俺とArromAメンバーを遮るような位置である。

 陽光が口を尖らせた。


「ちょっと。何、得意げな顔でブロックしてんのよ。そんなに能登さん取られたくないワケ?」

「察してあげましょう、陽光先輩」


 琳が肩に手を置く。その隣でほのかが呟いた。


「……本当に同居してるんですね。紅愛さんや白愛さんのお悩み、何となくわかる気がする……」


 人見知りな彼女の意外な台詞。それに同調するように、陽光や琳も双子姉妹をじっと見つめた。

 双子姉妹は俺に背を向けて座っている。だから表情は見えない。


 だが雰囲気で、仲間の言葉を肯定しているのがわかった。


「皆、聞いて」


 紅愛が神妙に呼びかける。

 彼女の声を聞いたとき、俺はふいに直感した。


 俺はここで、きちんと話を聞き届けなければならない――と。





【45話あとがき】


個性を見せつけるArromAメンバーに夕食を振る舞って好感度を稼ぎました――というお話。

自分が作った料理で喜んでもらえる、認めてもらえると嬉しいですよね?

ArromAの前で双子姉妹が次に取る行動は?

それは次のエピソードで。

一番大人しそうに見えてほのかが一番のワルじゃないか?と思って頂けたら(頂けなくても)……


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