第53話 泣き下手たちと狂気との決着


 怒気を込めて呟く俺。

 そのとき、チンピラのひとりが叫んだ。


「もうたくさんだ! 俺は降りる! あとはあんたで勝手にしてろ!」


 俺が車から降りるときに「どうぞ」とビビりながら促した男だ。彼は真っ青な顔でじりじりと後ずさる。他の連中も同様だ。


 当然の反応だろう。あんな狂気に溢れた姿を見せられては、付き合い続ける方がどうかしている。


陸駆りくさんに頼まれただけで、俺たちはあんたに付き合う義理はないんだ!」


 ……リク?

 リクとは誰だ。

 まさか、まだカイトに協力する輩がいるのか?


『この件、カイト単独の行動とは思えんのだ』


 電撃のように、千波さんの言葉を思い出す。俺は詳しく問い質そうと、チンピラたちを見た。それはカイトから視線を外すことと同義である。


「パパ!!?」


 紅愛が鋭く警告する。ハッとしたときには、すでにカイトは動き出していた。

 奴が向かった先は――。


「ははははハハハハッ!!」

「う、うわああぁぁっ!?」


 逃げ出そうとするチンピラたちだった。

 完全にキレた表情で、チンピラたちに襲いかかる。

 チンピラたちは恐怖で悲鳴を上げながらも、場数の多さからか、咄嗟に拳を突き出して反撃する。

 ――が、カイトには効果がなかった。頭のネジが吹っ飛んでいるとはとても思えない機敏な動きで拳をかわす。そのまま手加減ゼロのローキックと肘。

 嫌な音がして、チンピラがその場に撃沈する。息はあるが、動けない。


 暴力的な衝動のまま、カイトは次々とチンピラたちに襲いかかる。完全にリミッターが外れた動きだった。自分の拳が壊れようとお構いなしである。


 奴が2人目を仕留めたところで、俺はカイトを組み敷こうと飛びかかった。

 これ以上、大事な情報源を痛めつけられるわけにはいかない。


「やめろ!」

「やめて欲しければ俺を満足させてみろ!!」


 鋭いパンチが飛んでくる。まるでセオリーを無視した体勢からの打撃。俺は冷や汗をかいた。

 スパーリングのときより、さらに速く強くなっている――!

 目に触れるものを喰いにきてる。暴力と欲望に全振りした人型のケモノだ。


 まだ動けるチンピラは我先にと逃げ出した。

 狂気に当てられた紅愛はその場にへたりこんでいる。


 日中の公園でこんな大騒動を起こしては、遅かれ速かれ警察が飛んでくるだろう。

 だが、それまでこいつが大人しくしているとは到底思えない。

 決めたのだ。この俳優崩れのケモノは、この俺が力尽くでも舞台から引きずり下ろすと。


 真正面から受けて立つ。


「パパ……」


 再び、紅愛の声。視界の端に愛娘の姿を捉える。

 お前だけでも先に逃げろ。

 視線でそう訴えかける俺。


 しかし、紅愛は逃げなかった。

 逆に、まなじりを決して立ち上がったのだ。


「パパに言ったよね、あたし。もうだいじょうぶって。パパの姿を見て心が決まったよ。立ち向かわなきゃいけないんだ。これまでのモヤモヤを、あたしたちのくらい思いを断ち切るために」

「紅愛……」

「あたしは逃げないよ、パパ」


 紅愛が微笑む。汗が噴き出ていて、無理しているのがバレバレだ。

 だが、泣き顔よりずっといい。


 ――強烈な殺気が迫ってきた。


「なに暢気にくっちゃべってんだ。ひとが今――人生最大の晴れ舞台を演じてるっつーのによっ!!!」

「道化がほざくなっ!!!」


 叫び返す。飛んできた拳を払いのける。前腕が衝撃で痺れた。

 カイトの連撃は止まらない。

 スパーリングと違って、あらゆる攻撃が無制限だ。飛んでくるのは拳だけじゃない。容赦なく足技も使ってくる。


 だが、こちらもリングの中とは違う。理性のたがが外れた俳優もどきのケモノを、完璧に鎮圧しなければならない。


 カイトの打撃をさばきながら、俺は唇を噛んだ。


(こいつ。スパーリングのときより攻撃が鋭くなってる)


 本能に身を任せているせいなのか。無茶苦茶な身体の使い方をしているのに、一発一発がしっかりと重い。

 表情が完全に陶酔している。奴の身体は、驚くほど脱力していた。余計な力が入っていない分、奴の攻撃は避けづらい。

 裸拳の一撃で受けた裂傷から血が滴る。袖に染みていく赤色を見遣り、俺は思った。


 人生最大の晴れ舞台を演じている・・・・・――強烈な没入感が成せる技か。


 カイトの拳は紫色に腫れている。おそらく、拳を保護しないまま全力で打ち込み続けたせいだろう。骨までいっている・・・・・はずだ。

 それでもカイトは止まらない。痛覚を上回るアドレナリンが全身を巡っている。


(なら締め上げて落とす・・・


「しゃああらばばぁぁっ!!」


 もはや人の言葉になっていない叫びを上げながら襲いかかってくるカイト。その突撃を、真正面から受け止める。

 ここ数年で一番の衝撃と痛み。それでも俺は下がらない。痛みが何だ。血の臭いが何だ。

 こちとら、背負っているものがある。守るべきものがある。

 まっとうな人間としての生き方を捨てた乱場カイトに、1ミリも退くわけにはいかん!


 腕を掴み、体を入れ替える。カイトの背後に回り込み、頸動脈を締め上げた。バンプアップする俺の右腕が、「絶対に極める」とカイトに思い知らせる。


 だが、カイトも抵抗した。


 間一髪で片手を腕と首の隙間に差し入れ、完全に極まるのをギリギリで防ぐ。空いた手で俺の脇腹や側頭部を何度も、何度も殴ってくる。

 俺は力を緩めない。意識を保つ限り締め続ける。

 お互いに我慢比べに突入した。


 ――そう思った直後である。


 視界の端に、ふわりとなびく艶やかな髪が見えた。

 俺は目を見開く。


「――紅愛!?」


 まなじりを決した愛娘が、徒手空拳のままカイトの懐に潜り込もうとしていたのだ。

 一瞬だけ、驚きで力が緩む。

 カイトは見逃さなかった。俺の腕を払いのけると、迫り来る紅愛に向けて拳を握ったのだ。


「その綺麗な顔をぐっちゃぐちゃにしてやろう!! 一緒に満たされようぜ紅愛ぁぁぁっ!!」

「パパに相応しい女は、相応の強さを見せなきゃいけないの!!」


 涎をまき散らしながらゴミ溜めのような台詞を吐くカイト。

 一歩も退かずに叫び返す紅愛。


 まずい。このままでは相打ちになる――!


「――ぃギッ!?」


 カイトが奇妙な声を上げた。動きが止まり、脂汗が浮く。不自然な前傾姿勢。まるで脇腹を痛めたような――。

 脇腹。

 スパーリングのときに受けた傷が、まだ癒えていなかったのだ。


「はああああああああっ!!」


 そこへ、紅愛の肘鉄がめり込んだ。奇しくも、俺が奴にダメージを与えたのと同じ脇腹だ。

 目を限界まで見開いたカイトが天を仰ぎ、魂が抜け出るような叫びを上げる。

 ――喉が、がら空きだ。


 この好機を逃さず、俺は再びカイトを締め上げた。同時に、懐に密着した紅愛がカイトの腕を封じる。

 カイトは暴れた。

 だが、それもわずかな時間。

 まるでおもちゃの電源が落ちるように、がくりと彼は力を失った。


 ついに陥落したのだ。


 俺は慎重にカイトを地面に横たえた。不意に復活しても制圧できるよう、両手を拘束しながら背中に乗り上げる。

 普通のファイターなら、これで安全。

 だが今のコイツはもはや普通じゃない。


「ふ……ふふふ……ははは……!」


 不自然に笑いながら、顔を上げるカイト。呂律が回っておらず、目線も定まってない。それでも意識を繋ぎ止めている。狂気を演じることが理性を上回った、執念の怪物だ。


 そんなカイトの目の前に紅愛が立つ。

 紅愛は――泣いていた。恐怖か、安堵か、怒りか。俺は言葉を失う。紅愛の泣き顔は、俺のド下手なそれとは違っていたから。


 紅愛はその場にひざまずくと、そのまま力一杯、カイトの頬を張った。

 小気味よい音とともに、カイトの笑い声が止む。


 奴は、憑き物が落ちたような顔になっていた。一瞬、正気を取り戻したカイトの目が、紅愛の目と合う。

 愛娘は言った。


「乱場カイト。あたしは、あなたのようにはならない。あたしはあなたを否定する。あたしの人生に――乱場カイトは不要だよ!!」


 それは、涼風紅愛がうたいあげた乱場カイト実父からの独立宣言。

 紅愛の覚悟が示された瞬間であった。


 今ここに、乱場カイトとの戦いは決着したのだ。




【53話あとがき】


最後は勝剛と紅愛の覚悟が悪をねじ伏せた――というお話。

事前に示し合ったわけでもない連携攻撃ってイイですよね?

カイトの件は決着したけど、もう一人の方はどうなった?

それは次のエピソードで。

実父に張り手で独立宣言っていいなと思って頂けたら(頂けなくても)……


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