第52話 泣き下手と狂気の存在証明


 カイトは両腕を大きく広げる。まるでこぢんまりとした屋外ステージをたたえるように。

 ここは姉さんが単独で野外ライブを行った場所だ。CDを地道に手売りしている様子を、俺は確かに見ていた。

 そんな思い出の場所に、カイトも来ていた……?


「なぜ、俺たちをこの場所に連れてきた」

「まあ待てよ。もう少し思い出にひたらせろや。あんたらも懐かしいだろ? ああ、紅愛はまだ生まれてなかったか。俺が種を仕込む前だもんな。くくっ」


 紅愛が俺の袖をぎゅっと握る。必死に気持ちを落ち着かせようと、何度も深呼吸していた。俺は改めて紅愛の肩を強く抱きしめる。


 俺の中で、カイトへの疑念が深まっていた。


「何がそこまでお前を狂わせた。乱場カイト」

「この場所で涼風恋と出会ったから――かもしれないな」


 うそぶくカイト。彼はさらに自らの勝手な思いを吐露していく。


「あんたは信じないだろうがなぁ、能登勝剛。今、すげぇ充実・・してんだよ。俺」

「なんだと」

「本能に従い、戦い、奪い、抗う。その一方で俺という人間を演じる。その快感に気付いたんだよ。やはり俺は俳優だったのだ」


 眉をひそめる俺。理解できないケモノを見る気分だった。

 野外ステージを見遣みやるカイト。


「恋とここで出会ったときはわからなかったが、今ならわかる。俺はあの瞬間、染まっちまったんだ・・・・・・・・・。女優、涼風恋の、本能に従う姿に。能登勝剛、あんたならわかるんじゃないか? お前の姉貴が持っていた最大の魅力、人々を惹き付けた要因は浮世離れした本能だったってな」


 カイトが近づいてくる。


「本能に従って構わない、その上で演じるのが俳優だ――俺は、無意識のうちに恋からそう教わっていたのさ。あの女によって植え付けられた『本当の自分』の種が、ようやく芽吹いた。今の俺が狂っているように見えるなら、お前の姉も狂ってたって言えるだろうな」

「違う!!」


 俺は断固として否定した。否定の言葉を奴に全力で叩き付けた。


「姉さんが狂っていた? お前と一緒にするな。人を惹き付ける姉さんの魅力を、お前は後付けで曲解しているだけだ! 乱場カイト!!」


 怒鳴った。怒りを込めて怒鳴りつけた。

 しかし、カイトには届かない。響かない。

 奴はなおも、「全ての元凶は恋だ」と笑いながら吐き捨てた。


「能登勝剛。お前たちの血筋は人を狂わせる。俺が生き証人さ。そして紅愛! お前にはその狂った血がより濃く流れているのさ! 魔性の女である恋と、この俺! ふたり分だ! ハッハ!」


 紅愛は黙っている。カイトは顔を覗き込もうとした。


「さあ紅愛。お前は今、どんなカオをしている? 真実を知ったお前はどんな風に狂う? 狂った女と狂った男の間に生まれた子だ。お前がより激しく狂えば、俺が今まで生きてきたことは正しかったと言えるんだ。さあ、俺をわからせてくれ・・・・・・・。今の俺は、正しいのだと!!」

「カイト。貴様、そんなことのために俺たちをここに連れてきたのか……!」


 歯がみする俺。

 隣にいる紅愛を、俺は再び強く抱きしめた。何かに耐えるように小さく震える彼女に、何度も囁く。


 お前が生まれたことは間違いじゃない。

 これまでやってきたことは間違いじゃない。

 俺も姉さんも、お前のことを本当に愛していると。

 だから、胸を張っていいんだ――と!


「パパ」


 小さく、俺にだけ聞こえる声で紅愛が言う。


「ありがとう。あたし、きっとわかった」

「紅愛?」

「だいじょうぶ」


 腕の中で俺を見上げてくる愛娘。その表情は、何かを悟ったように見えた。強い、強い意志を感じた。

 だいじょうぶ――紅愛のその言葉、信じよう。

 俺はカイトに向き直った。


「お前は俳優なんかじゃない。乱場カイト」


 奴のにやついた顔が、固まる。


「お前は自分の不幸を他人に――姉さんや紅愛に押しつけているだけだ。お前自身も、お前の血とやらも、何ももたらさない。上手くいかない現実に癇癪かんしゃくを起こしているただの子ども――それがお前だ、カイト!!」

「……何ももたらさない? ただの子ども? 俺の存在は、無駄でゴミだって言うのか?」


 カイトの口調に、次第に怒気が混ざる。顔が赤く染まり、血管が浮き出る。わかりやすくキレている。

 だが――そうやって激昂することさえも、今のカイトには自己表現・・・・になる。


「カ……カッカッカ!!」


 キレてる自分に・・・・・・・恍惚としている・・・・・・・


「これだ。これだこれだよ! この生々しい感情! 世界の全部から切り離された感覚!! 本能の衝動!!! 俺は本来の自分を取り戻したぞぉぉぉぉっはっはっは!!!」

「完全に我を失っている……」


 空に向かって哄笑するカイト。

 小さな屋外ステージでは到底収まりきれない狂気の演目。


 ならば、ここで終わらせなければならない。

 娘たちのために。姉さんのために。


「貴様を舞台から引きずり下ろす。力尽くでも」





【52話あとがき】


カイトは自らの存在証明に走った結果、完全に自我を失った――というお話。

常人には理解できそうもない発想ですよね?

ついに訪れる決着のとき。

それは次のエピソードで。

紅愛はどんな覚悟を決めたのだろうと思って頂けたら(頂けなくても)……


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