第51話 泣き下手とおぞましき真実


「話だと? それで俺があんたを許すとでも思っているのか」

「さて、どうだろうなあ。難しいだろうなあ」


 カイトは半笑いで応える。

 そして何を思ったか、助手席から半身を乗り出す。俺の方へ――いや、紅愛の方へ手を伸ばす。

 すかさず俺は奴の手首を握った。


「紅愛に触れるなと言っている」

「くく。お前もそうかい、紅愛?」

「気安く名前を……!」


 カイトの手をはねのけようとしたとき、紅愛に異変が起きた。

 彼女は声にならない叫びを上げると、俺の背中でうずくまった。激しく肩を震わせている。顔色は真っ青になり、次の瞬間、口元に両手を当てた。喉奥からこみ上げてきたものを必死に我慢しているのだ。

 目の端に涙。

 今までの泣き顔と様子が違う。感動によるものでも、恥ずかしさによるものでもない。ただただ強烈な恐怖、嫌悪。紅愛は怯えて泣いている。

 見たことのないほど、激しい拒否反応だ。


 俺は堪忍袋の緒が切れる音を聞いた。

 手首よ折れよとばかり、カイトを掴む手に力を込める。手加減はゴミ箱へ投げ捨てた。


 これに対し、カイトは不快な顔をするどころか、むしろ嬉しそうに口元を引き上げた。


「聞いて欲しいのはなァ。昔話さ」

「黙れ」

「いいのか? お前にとっても、紅愛にとっても縁深い話だぜ。稀代の大女優、涼風れんのことさ」


 俺の手がぴたりと止まった。紅愛もまた、息を整えながらわずかに顔を上げる。

 カイトの血走った目がいっとき、細められる。


「恋はいい女だった。見た目だけじゃない。実に聞き分け・・・・がよかったよ。娘のお前とは違ってな」

「姉さんが? 冗談を言うな」

「本当さ。当時はまだ、恋の知名度がそれほどでもなかった。むしろ、俺の方が知名度高かったくらいだよ。実家の太さも違ったしな。だから力関係も俺の方が上だった。そうだなあ。今から18年前くらいか」


 ――確かに、事実ではある。

 ブレイク後は一気にスターへの道を駆け上がっていった姉さんだが、決して最初から順風満帆であったわけじゃない。

 そして、カイトのこともある程度俺は知っている。

 18年前と言えば、奴はまだプロの格闘家として活動していたはずだ。そこそこ名の知れたファイターであったことは、後で調べてわかった。


 あまり表沙汰になってはいないが、暴力事件を起こして実家と一時疎遠になったと聞いている。千波さんからの情報だ。


 俺の拘束から逃れたカイトは、大仰なポーズを取りながら話し続ける。


「だが、当時の俺はファイターとして限界を感じてた。いや、限界というより違和感・・・かね。年齢的にはまだまだ現役でやっていけたが、芸能界への転身を図った。実家のコネでも何でも、使えるモンは全部使ってやろうって腹づもりさ。そんときに声をかけたのが、お前の姉だったってわけだ。『俺の力で芸能界に引き上げてやる』ってな」


 そこでカイトはにやりと笑う。


「もちろん、相応の対価・・・・・はいただいたわけだ。本当に聞き分けがよかったぜ。聞き分けが良すぎて、少々怖くなったくらいだ。まあ……天才と何とかは紙一重ってやつなんだろうな。今から思えばさ」

「……紅愛、こいつの話に耳を傾けるな」


 俺は紅愛の頭を胸に抱いた。両耳を覆い隠すように抱きしめる。

 乱場カイトが、何を告げようとしているかおぼろげに察したからだ。


 しかし、カイトの視線は紅愛の瞳を射貫いていた。腕の隙間から、紅愛の顔がわずかながら覗いていたのだ。


「涼風紅愛。そうだよ、俺がお前の本当の父親・・・・・さ。ふふ、聞いたぜ? 紅愛は女の身でずいぶん力が強いんだってな。紅愛の身体には、俺の血が流れてるんだよ。熱く、しっかりとな。強さを受け継いでくれて、は嬉しいぜ。くふ、くふふ!」

「…………ッ!!」


 カイトの悪意が、伝わってしまった。

 息を呑んだ紅愛は、俺の腕の中で完全に固まった。呼吸も忘れるほどショックを受けている。俺は再度、強く紅愛を抱きしめた。「大丈夫だ。俺はここにいる」と何度も語りかけてから、俺は恨みを込めてカイトを睨み付けた。


「乱場カイト……貴様……ッ!!」

「いいね、いいねぇその顔!!」


 大げさに手を叩くカイト。奴はゲスな笑みを浮かべた。


「『真実』こそお前たちが一番傷つく! これほどの屈辱はないだろう! はっは! お前への復讐には相応しかったな、能登勝剛!!」


 唾をまき散らしながら叫ぶクズ男は、完全に狂気に染まりきっていた。

 乱場カイト。

 今すぐこの拳を顔面に叩き込んで、二度と腐った言葉を吐けないようにしてやりたい――!!


 俺とカイトが睨み合う車内は、異様な緊張感で満たされた。チンピラたちは完全に我を失い、俺たちが火花を散らす様をただただ眺めることしかできないでいる。

 そんな中、運転手の男が恐る恐る片手を挙げた。


「あの……到着、したんスけど。目的地」

「お、ご苦労さん。それじゃ皆、降りようか」

「え……!? お、降りるんすか!? じゃあ、あの……後ろのおふたりは」

「もちろん一緒に降りてもらうよ。俺たち3人・・・・・ゆかりの地だからな」


 にこやかに言うカイトに、チンピラたちは顔面蒼白になる。

 まるで、これから丸腰でライオンの檻に入れと指示されたような絶望ぶりだ。


 カイトは俺を横目で見てほくそ笑んだ。「今更逃げ出すなんてダサい真似はしないよな?」と表情が語っている。

 まずカイトが先に降りた。次いでチンピラが降り、車のドアに手を添える。恐る恐る、彼は俺に声をかける。


「ど、どうぞ」


 立場がまるで逆転していた。俺と紅愛は無言で車を降りる。

 辺りを素早く見回した俺は、眉をひそめた。


 ――そこは、人気ひとけのない森林公園であった。

 チンピラが驚いていたのもわかる。俺でも足を運んだことのあるほど、生活圏から近い。

 休日であれば家族連れが子どもを遊ばせたり、お年寄りが散歩をしたりする長閑のどかな場所である。

 奇跡的な偶然か――今は人の姿がない。


 ここが、俺たちに縁のある場所……?


「おい、こっちだぜ」


 カイトが手招きする。俺は警戒感をフルに引き上げた。チンピラたちは迷った末、最後尾から付いてくる。

 公園を歩くこと1分ほど。こぢんまりとした広場に出た。奥には石造りで半球型のホールがある。イベント用の屋外ステージだ。

 カイトは、ステージ手前の石段に座った。ステージを見上げる。


 俺の傍らにぴたりと寄り添っていた紅愛が、震える声で尋ねた。


「パパ……ここは」

「……」


 不覚にも、俺はカイトと同じように屋外ステージを見上げてしまっていた。


 奴が『縁がある場所』と言った意味が、今、理解できたのだ。

 そう、ここは――。


「懐かしいだろ? お前もここに来て、見たはずだぜ。涼風恋――『KoKo.』最初期の晴れ舞台さ。俺はここで、初めてあいつと出会った」





【51話あとがき】


カイトは復讐のため、もっとも傷つく『真実』を語る――というお話。

紅愛があれほど拒絶したのも本当に理解できる……。

縁のある場所でカイトは何をするつもりなのか?

それは次のエピソードで。

超えてはいけない一線を越えたなと思って頂けたら(頂けなくても)……


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