第54話 泣き下手姉妹ともうひとつの因縁 1


 呆然としたままのカイト。

 紅愛は立ち上がると、手の甲で目元を拭った。それから俺の元にやってくる。

 一瞬だけ表情を曇らせた後、愛娘は明るく笑った。


「ついに言ってやったよ。パパ。スッキリした」

「そうか。頑張ったな」


 俺は紅愛を胸に抱く。

 おそらく、紅愛にとって『実父』の存在は重かったのだろう。呪いと言ってよかった。それを自らの手で断ち切った。

 

 ひとまず――終わったのだ。


「よし、警察に連絡してカイトたちを連行してもらおう。逮捕には十分すぎる――おい、カイト。お前何をしている?」


 俺は鋭く声をかけた。うつ伏せに倒れたままのカイトが、自らのスマホをいじっていたからだ。その表情はうつろで、とてもさっきまでケモノのように暴れていた男とは思えない。

 それどころか、顔つきが10歳も20歳も老けたように見えた。もう今のカイトを見て、イケメン俳優だという人間はいないだろう。

 紅愛に拒絶されたことが、それほど大きなショックだったのか。


「俺はもう終わりだ」


 喉がやられたカイトは、かすれた声で呟く。震える手でスマホを俺たちに掲げた。

 俺も紅愛も、そこに映った画像を見て目を丸くする。

 カイトは力なく笑った。


「もう全部終わりだよ……」


 そして奴は意識を失う。


 手から滑り落ちたスマホ。

 そこには、どこかの路地で険しい表情を浮かべる白愛とはなの姿が映っていた。


◆◆◆


 ――息を整えるんだ、十六夜はな。後ろにはまだ白愛ちゃんがいる。

 ここでぶっ倒れるわけにはいかない。


 大きく息を吸いながら、顎先をぬぐうはな。腕や足がじんわりとした痛みを伝えてくるが、彼女は気合いで無視する。

 そのはなに寄り添う白愛。彼女は強ばった顔でじっと前を見つめていた。まるで目の前に巨大な人食い熊がいるかのよう。視線を逸らし背中を向ければ、即座に襲われる――そんな緊張感が溢れている。


 彼女らの周囲には、呻き声をあげて倒れる数人のチンピラたち。

 はなの先制攻撃で戦闘不能になった男たちだ。はなひとりに制圧されるとは、彼ら自身も思っていなかっただろう。見た目女子高生なはなが、まさか拳銃タイプのスタンガンを複数忍ばせていたとは考えていなかったのだ。

 スタンガンはアズサが渡してくれた。蓬莱家特注の小型かつ強力な代物である。


 周囲は人気ひとけのない袋小路。日中であっても、人の目が届かない場所だ。

 はなと白愛がここに居る理由――。

 それは、襲撃から逃げてきたためだった。

 商店街近くで待ち合わせをして、車に乗り込んだはなと白愛。しかし、間もなく彼女らの乗る車が何者かに襲撃を受けた。

 はなはアズサに促され、白愛を連れて安全なところまで逃げ出した。

 その先で待ち伏せを受けたのだ。

 待ち伏せていたのは、今、アスファルトの上に倒れているチンピラたち。


 そして――。


「いや、お見事です。さすがイルミネイト・プロダクションが太鼓判を押す女性だ」


 鷹揚な口調で小さく拍手をする白スーツ姿の男である。

 男の後ろには秘書然とした若い女性が、緊迫の面持ちで立っていた。


 はなは全身で「こいつはヤバい」と感じていた。危機感と違和感しかない。

 この謎の男と、はなは初対面である。そのはずである。

 なのに、初めて会った気がしない。気持ちの悪い違和感。


 ちらりと、はなは後ろを見る。

 背後で守る白愛が、これまでにないほど怯え、動揺していた。いつもは飄々とした表情が、はっきりと見てわかるほどに青ざめている。

 はなは彼女の様子を見ただけで強く心に決めていた。

 あの男は『敵である』と。


「お前がこの子たちに接触してきた男か?」


 はなは尋ねた。持ち前の強面と、恫喝どうかつするような口調。並の男なら震え上がる威圧感も、白スーツの男には通じない。柳に風と受け流される。

 男は答えた。


「初めまして、十六夜はなさん。私の名前は嵐馬らんば陸駆りくと申します」

「らんば……?」

「『嵐の馬』と書きます。似合わないでしょう?」


 目を細めて笑う。笑みすら気味が悪いとはなは思った。


「そして私の後ろにいるのが秘書の――」

「私のことは結構です。陸駆様」


 陸駆が秘書の女性を紹介しようとしたところで、秘書自身に断られる。

 彼女の表情はやはり強ばったままだった。


 秘書と目が合うはな。

 はなは別の違和感を抱く。秘書が、何かを訴えようとしていると感じたからだ。


 陸駆は秘書の様子を気にしていなかった。肩をすくめると、再び拍手をする。


「それにしてもお強いですね、十六夜はなさん。以前お見かけしたときは、これほどとは思いませんでした。何か心境の変化があったのですか?」


(こいつ。ウチのことまで知っている)


「お前には関係ない。ウチはただ、『そうあるべき』と思って鍛えただけだ」

「素晴らしい。美しいとさえ言える。そういうところも能登勝剛さんとそっくりですよ、あなた。彼が女性に生まれていたら、きっとあなたのようになっていたでしょうね。もっとも、体格は違うでしょうが」


 その台詞に、はなだけでなく白愛も驚く。

 嵐馬陸駆――いったいどこまで知っているのか。

 こいつはいったい、何者なのか。


 はなたちの戸惑いを愉しむかのように、小さく鼻歌を口ずさむ陸駆。彼はスマホを取り出し、軽やかに操作した。

 どうやらどこかに連絡を取っているらしい。

 これ以上増援を呼ばれたらまずい。

 はなが次の行動を思案していると、ふいに陸駆が笑みを深くした。


「ああ、そうですか。とてもいいことですね」


 意味不明な呟き。

 そして彼は、おもむろにスマホの画面をはなたちに向けた。


「さあおふたりとも。今、一番聞きたい声のはずですよ」

『白愛! はな!』


 スマホから聞こえてきたのは勝剛の声。遠目ながら、ビデオ通話で向こうの様子が見える。

 そこには、画面端に倒れ伏す乱場カイトと、必死な表情で画面を覗き込んでいる勝剛と紅愛の顔が映っていた。





【54話あとがき】


白愛とはなには別の魔の手が迫っていた――というお話。

やっぱり狙われたのは紅愛だけじゃなかったのかという感じですよね?

嵐馬陸駆と名乗る男の真意は?

それは次のエピソードで。

しかしはなさんも強ぇと思って頂けたら(頂けなくても)……


【フォロー、応援、★レビューよろしくお願いします!!】

【応援コメントでもぜひ盛り上がってください!】


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る