第24話 泣き下手とふてくされる双子


 一方、はなと勝剛がお近づきになる機会をうっかり作ってしまった双子姉妹――。


(はなさん……何という強敵……っ!)

(それなのに私たちときたら……っ!)


 仲良く打ちひしがれていた。


 勝剛の運転する車内で、紅愛と白愛は、はなを挟んで後部座席に座る。


「えっと」


 苦悶の泣き顔を見せる美人姉妹に、はなが遠慮がちに声をかけた。


「なあ。ふたりとも、本当に大丈夫? 体調悪いなら、休んでいいよ。ほら、肩貸すぞ」

「……はなさぁーん。んふぅ!」

「……はな様ぁ……、んふぅ!」

「はいはい。何だかわからないけど、落ち着けって」


 ふたりの頭をポンポンと叩くはな。

 悔しそうに紅愛が呻く。


「うぅ……。はなさん、相変わらず優しい」

「ありがと。でもまさか10年以上経って、同じように慰めることになるとはナァ」

「昔はあたし、はなさんはずっと大人だと思ってたから……こうしてると変な感じ。……ん、でもムネはあたしの方が勝ってるかな。ふにふに」

「アレ? ウチ喧嘩売られてる?」

「気のせいです、はな様」


 隣で白愛も参戦する。


「はな様が12年前とまったく同じお姿でいらっしゃるので、ついタイムスリップしたような気持ちになってしまいました」

「うーん。ウチはあんまり、自分の身体が好きじゃないんだけどなあ」

「はな様の優しさと迫力に加え、見た目まで美魔女になってしまったら、私たちに勝ち目はありません。はな様の成長パラメータを差配した神に、無限大の感謝を。JKコス万歳」

「話聞いてた? ウチ泣くよ? ……ぐす」


 目尻に大粒の涙を見せるはなを、今度は双子姉妹がヨシヨシする。

 紅愛も白愛も、久しぶりの再会に喜びの気持ちがある一方、心の奥底では焦りと不安が埃のように薄く積もりだしていた。 


(まさかはなさんが、あんなにパパと打ち解けるなんて)

(はな様、ただ父様と親しくなったというだけではありません。共通の目的、強固な仲間意識を感じます。これは本当に強敵)


 危機感を抱きつつも、はなにぴったりとくっつく双子姉妹。

 そんな彼女らの様子を、勝剛はルームミラー越しにほっこりした笑みを浮かべて見つめていた。

 勝剛の視線に気づいた紅愛と白愛。口元だけにこにこしながらバッサリ言う。


「パパ、前方不注意だよ」

「父様、自らの慢心を戒めて下さい」

「……今日のお前ら、全方位に厳しくないか?」


 勝剛の呆れ声に、紅愛と白愛は揃って頬を膨らませた。


 彼女らのモヤモヤはさらに積もっていく。


 一行は、夕食の買い出しのためにスーパーへ寄ることになった。

 買い物カートを押しながら、メニューと材料を考える勝剛。その隣をごく自然な様子で歩くはな。


「そろそろ暑くなってきたからな。さっぱりと豚しゃぶサラダにするか」

「いいじゃん。じゃあウチは野菜コーナーに行ってくるわ。きゅうりにトマト……あ、せっかくならガスパチョでも作ってみるか?」

「はな、もしかして料理得意?」

「おう。伊達にお嬢のとこで家事手伝いしてないよ。まあ、お抱え料理人さんには及ばないけどさ。紅愛ちゃんたち、カロリー控えめな料理の方がいいよね。あれだけスタイルがいいんだもの。食事制限とかあるんじゃねえの?」

「いやあ、あいつらは食うぞ。特に紅愛」

「えー、そうなんだ。意外」

「ま、育ち盛りだからなー。……お。なあ、はな。豚肉どっちがいいと思う?」

「こっちの方が単価安いね。ウチならこれ」

「ははっ。お前はお客様なんだから、財布のことは気にしなくていいって」

「そ? んじゃあね――」


 実にスムーズに、そして楽しそうな様子で買い物をする勝剛とはな。

 その様子を、少し離れたところから紅愛と白愛は観察する。周囲の買い物客が怪訝そうに振り返るのにも構わず、陳列棚の端っこからちょこんと顔を出してじーっと見つめる。


「由々しき状況ね……」

「由々しき状況です……」

「あの、お客様? 店内でのストーキング行為はちょっと」


 パートのおばちゃんに注意され、慌ててその場を離れるふたり。

 店の隅っこで、彼女らは顔を突き合わせた。


「まさかはなさんがパパばりに料理ができるとは。まあ予想はしてたけど! はなさんの手作りクッキー美味しかったし!」

「はな様は『意外』と言ってくださいましたが、昔から食い意地張ってましたものね。姉様」

「うるさいよ。今大事なのはソコじゃないでしょ。パパとはなさん、息ぴったりじゃん。通じ合ってるじゃん」

「まさに。しかもはな様は制服姿なのに、ちっともイヤらしくないですね。普通、パパ活を疑ってしかるべきなのに、そんな雰囲気微塵もない」

「まっさきにパパ活を選択肢に挙げるのはどうなの?」

「由々しき状況です……!」

「誤魔化された気がするけど……同感。由々しき事態だよ。ああっ、どうしよう……!」


 姉妹揃って悶々とする。

 しかしこれといった打開策は浮かばず、結局ふたりは店内で怪しい行動をしただけでスーパーを出た。


「……ちょいちょい見てたけど、なにやってんだ。お前たち」

「んふぅ!」

「んふぅ!」


 ――そしてあっという間に自宅マンションへ到着。

 リビングに入ったはなは、感嘆の声をあげた。


「おお。広くて綺麗」

「ありがとう。はなは座っててよ。すぐに夕食作るから」

「なに言ってんだ。手伝うよ。いつもより人数多いんでしょ? 一緒にやった方が早いさ」

「それもそうか。じゃあせっかくだから頼もうかな。キッチンはこっちだ」

「ん。了解」


 勝剛とはなは連れだってキッチンへ向かう。

 その様子を後ろから見ていた双子姉妹は、膨らんだ頬をくっつけて不満げな顔をした。


「むううううっ! なんかパパとはなさん、初めて一緒に料理を作るとは思えないカンジなんだけど!」

「例えるなら、そう……同棲し始めのカップルのような初々しくも馴染んだ気配がプンプンします! とてもエッチです!」

「はぁ?」


 紅愛と白愛の言葉に、勝剛たちは顔を見合わせた。

 それから、ふたりして軽く笑う。


「なに言ってんだ、ふたりとも」

「おらおら、早く手洗いうがいしておいで。すぐにご飯作るからね」


 軽くあしらわれ、双子姉妹はその場に崩れ落ちた。


 それから30分ほどで夕食が完成する。

 何だかんだ料理が楽しみだった双子姉妹は、膝を抱えてふて腐れながらも大人しく椅子に座って待っていた。お箸もしっかり握っている。

 勝剛とはながランチョンマットの上に紅愛と白愛用の食器を並べていく。食欲をそそる爽やかな香りに、思わずふたりの頬が緩んだ。


「それじゃ、頂こうか」

「……いただきます」

「はい、召し上がれ」


 保護者と元保護者に見守られながら、紅愛と白愛はぱくりと料理を口へ運ぶ。


「どう? 紅愛ちゃん、白愛ちゃん」

「………………」

「おい、どうしたふたりとも」

「………………もうっ、美味い!!!」

「なんでキレ気味なんだよ」

「あ、もしかしてCMの真似? 熱心だねえ」

「違うもん! んふぅっ!!」


 胸のモヤモヤは増幅するわ、料理は非常に美味しいわで、紅愛も白愛も渾身の泣き顔を見せる。せっかくの美少女ぶりが台無しだった。


 夕食後。

 勝剛が洗い物をしている間、女性陣は入浴することになった。

 脱衣所で制服を脱ぎながら、はながウキウキした様子で言う。


「3人一緒に入れるなんて、お風呂も広いんだなあ!」


 見た目の若々しさも手伝って、いつものキリッとした彼女にはない可憐さがある。

 紅愛がぼそりと言った。


「パパと一緒に入れるように……」

「え?」

「何でもないです」


 ため息をついた紅愛は、改めてはなの身体つきを見た。

 ちょうど下着を脱ぎ終わったはなの肌を、さらりと撫でる。


「ひゃんっ!? ちょ、ちょっと紅愛ちゃん!?」

「……凄い。何て理想的な筋肉の付き方」

「え?」

「程よく鍛えられ、かつ女性的な柔らかさを失わない。特に――ココ! 腹筋!! あたしが目指してたラインそのもの!!!」

「あひっ!?」


 触られるたびに艶めかしい声を上げるはな。さっきまでのぶーたれた顔などすっかり忘れて、紅愛はうっとりとはなの身体を眺めていた。

 一方の白愛。おもむろにはなの頬に両手を添え、じっと彼女の瞳を見つめる。まるで内心の奥の奥まで見透かそうとするように。

 紅愛に弄ばれて紅潮していたはなは、白愛の奇妙な行動に目を丸くした。


「な、なに? どうしたの、白愛ちゃん?」

「私、今珍しく自分から探りにいってます。じーっ……」

「そ、そう? で、なにかわかった?」

「……はい。はな様は相変わらず表裏がありません。ピュアッピュアのピュアです」

「それは喜んでいいのだろうか?」


「ウチ、もう29だし……」と一瞬、天井を仰ぐはな。そんな彼女の胸元に、白愛は額をそっと当てる。

 はなは、紅愛と白愛の頭を順番に撫でた。


「まあ、なにはともあれ。ふたりとも、大きくなったな」

「はなさん……」

「はな様……」

「さ、早くあなたたちも脱いで。風邪引く前に湯船に浸かろう」


 双子を促すはな。それは紅愛たちにとって、12年前と変わらない姿だった。見た目は怖いし、口調もちょっと荒っぽい。けど実際はとても優しい。

 素っ裸になった双子姉妹は、勢いよくはなに抱きついた。


「やっぱりはなさん好き!」

「非常に複雑ですが、認めざるを得ません。ぎゅー」

「もう。紅愛ちゃんも白愛ちゃんも、困った子だ」

「こうなったら、はなさんの身体を湯船の中からじっくり堪能をば……」

「猥談攻撃にはな様がどこまで平静でいられるのか試してみましょう」

「マジに困った子だ」

 

 そんな感じで、しばらく賑やかに裸の付き合いをする紅愛と白愛とはな。

 じゃれ合いにも疲れて、3人仲良く湯船の心地よさを堪能していたとき、ふと、紅愛が言った。


「ねえ。はなさんってさ。昔はあんまり人と話すの得意じゃなかったよね」

「んー? まあ、そうだなあ」

「なのにどうして、パパとあんなに意気投合してるの?」

「んー……似たもの同士だからじゃねえのかな」

「はなさんは、パパのことどう思ってるの?」

「おいおい。女子高生の恋バナにウチを巻き込むんじゃないって」

「どうなの?」

「そりゃ、同じ保護者として共感できるところがあるっていうか、尊敬できるところは多々あるっていうか……うーん」


 両サイドに陣取る双子姉妹からじっと見つめられ、はなは言葉に詰まった。

 はぐらかそうと思えばできただろうに、真面目に考え込むところがはならしい。

 双子姉妹もそれをよく知っているだけに、続くはなの言葉に衝撃を受ける。


「ま、勝くんと会えて本当によかったと思うよ。えへへ」


 誤魔化すでもなく、好意を打ち明けるでもなく。

 ただ、少しだけ照れくさそうに笑う。

 その攻撃力の高さに、紅愛も白愛も打ちのめされる。


「ぶくぶくぶく……」

「もがもごもぐ……」

「ちょ!? 紅愛ちゃん!? 白愛ちゃん!? なにしてんの、いきなり湯船に沈んで!? おーい!」


 慌てふためくはなの隣で、双子姉妹は勝剛譲りの泣き顔を湯の中で見せるのだった。


 ――そして、数十分後。

 最後に風呂場から出てきた勝剛は、タオル片手に眉をひそめる。


 彼が目撃したのは、入浴後だというのにダンベル片手に腕立て伏せする双子姉と、大量の枕に頭隠して尻隠さずの姿勢でふて寝する双子妹、そして彼女らの突然の奇行にどうしたらいいのかわからず、ただ立ち尽くすだけなはなの姿だった。


「何コレ」



 







【24話あとがき】

双子姉妹とはなのバトル(?)は、始まる前に双子が白旗を揚げました、というお話でした。

自然体なキャラほど強いものはないですよね?

ふてくされた双子姉妹が続いて起こした行動とは?

それは次のエピソードで。

双子姉妹、ちょっとは自嘲しなさいよと思って頂けたら(頂けなくても)……

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