最終話 泣き下手と泣き下手姉妹の○○○○


 それから俺たちは受付のため、学校の事務室に向かった。


「あっ!?」

「あら」


 そこでブティックの店員さん――天院さんにばったりと会う。驚く俺に、天院さんはにこやかに言った。


「ちょうどよかったです。衣装を寄付しようと思いまして伺ったんですよ。よろしければ、撮影スタッフの皆さんの分も」

「それはわざわざ……ありがとうございます。その節は本当にお世話になりました」


 大きな紙袋を受け取りながら礼を言う俺。まさか、菓子折を持っていく前に再会するとは。

 少しだけ気まずい思いをしていると、天院さんがきっぱり言った。


「ドラマがヒットすれば、うちの知名度も上がります」

「……」

「ついでに、あなた方が買い物にいらしたところをパパラッチさせて頂ければ、さらに美味しいことに」

「あんた相変わらずだな」


 思わずそうツッコんでしまう。

 カラカラと笑っていた天院さんが、フッと近づいてきて囁いた。


「これからも私はあなた方を推していきますよ。ですからどうか、善意の協力者には寛大なご処置を。彼女・・は重要な情報源ですし」

「それって」

「――では、私はこれで。撮影、頑張ってくださいね。主役の能登勝剛さん」


 意味ありげに微笑んでから、天院さんは去っていった。

 本当に謎の多いの人だ。蓬莱さん並みに侮れない。パパラッチ仕向けるのもあの人ならやりかねないし。俺が主役になったことも知ってるし。


 それから俺と朝仲さん、はなは、校内の様子をチェックしている撮影スタッフに挨拶をしながら、生徒会室へ。

 そこにはいつもの生徒会メンバーが控えていた。今日は休日なのに、ご苦労様だ。


 ……で? 何故なにゆえ蓬莱さんはティッシュで鼻を押さえている?


「紅愛さま白愛さまが、過去最高に輝いておられて……ウッ!? 思い出すだけで赤い魂の迸りが! 尊い! 生きていてよかった! 最高ッ!」

「……蓬莱さん。ティッシュあるよ」

「いただきますわ」


 もはや驚かなくなった自分自身にも呆れつつ、ティッシュの袋を渡すために近づく。

 すると、蓬莱さんは俺にだけ聞こえる声で言った。


「皆様の今後に害に・・・・・なりそうな連中・・・・・・・は排除しておきました。証拠も残しておりませんので、どうかご安心を」


 ……襲撃に参加したチンピラたちのことだろうか。怖い。

 鼻血をかみながらこの台詞が言えるのも怖い。


 引き攣りながら頷いた俺に、横から麦茶のコップが差し出される。


「どうぞ、能登さん」

「ありがとう、一ノ瀬さん」

「これから撮影ですよね! 主役なんて凄いです。頑張って下さい。応援していますから!」

「うん。ありがとう」


 純粋な笑顔に心が和む。以前は気絶させてしまったことを考えると、一ノ瀬さんとはずいぶん打ち解けた気がする。

 後ろからはなと朝仲さんが睨んでいる気もする。


 最後に、田中君もエールを送ってくれた。


「撮影後のことはお任せを。生徒会の威信にかけて、双子姉妹の平穏な学校生活を守りますから」

「うん。頼りにしてる」

「それともうひとつ。これから撮影という戦場に向かわれる勝さんに、ささやかながらエールを送ります」

「うん……?」


 田中君は自信満々にロッカーへ向かう。


「この日のために考えた新しいキャッチフレーズ! その名も――!」


 バンッ!とロッカーを開ける音。

 バタンッ!!とロッカーを閉める音。


「ぎゃあああっ!? 指が挟まった!? な、何をするのかね真理佳君、アズサ君!」

「一発芸人はお呼びでないです」

「今度はそのロッカーを膝の上に載せましょうか?」

「君たち!!?」


 いつものようにイジられる生徒会長。その理不尽さに、俺はつい笑ってしまった。


 それから俺は、生徒会室の隣にあるラグジュアリースペース(仮)かっこかりで着替えを済ませた。いつの間に採寸したのか、用意された衣装のスーツはぴったりである。やたらと仕立ても良く、ドラマで着用して終わりにするのはひどくもったいないと思うほど。

 よく見ると、袖の辺りに小さく蓬莱家の家紋が刺繍されていた。これはこれでプレッシャーである。


 着替え終わった俺は、今回の撮影場所である屋上へ向かう。朝仲さんによると、すでに紅愛と白愛は現場で打ち合わせ中だという。


 階段の踊り場で、意外な子たちと鉢合わせた。


「あ、ようやく来た」

「陽光ちゃん? それに琳ちゃんに、ほのかちゃんまで。ArromAのメンバーがどうしてここに? それに、その格好……」


 俺は目を丸くした。

 踊り場の手すりに寄りかかるようにして、ArromAの3人が待っていたのだ。

 しかも、彼女たちは星乃台高校の制服を着用している。

 琳が答えた。


「ウチら、エキストラとして参加することになったっす」

「こ、この制服……可愛いですよね……視姦罪に問えそう」

「ま、私にかかれば何でも似合うけど! もっと見てくれていいのよ! ……うへ」


 他の2人が言葉を繋げる。ほのかちゃん、それ他の人には言わないように。陽光ちゃん、今日が休日で良かったね。


「で? 能登さんはいつまでこんなとこで油売ってるの?」

「え?」

「これから重要なシーンの撮影なんすよね? 早く行ってあげてください」

「そ、それに……今日は大事な日でもありますしぃ……遅れたらアルティメットギルティですぅ……」


 ArromAの3人がいそいそと俺の背後に。そして、3人揃って背中を押してくる。


「さあ。早く行って、しっかりOK出してきなさい!」

「ファイトっすよー」

「せ、成果を出すまで帰ってくるなー……です」

「……ふ。ありがとう、皆」


 振り返って礼を言うと、3人は笑顔で手を振ってくれた。双子姉妹は幸せものだ。こんなに良い仲間に恵まれている。


 屋上への扉を開く。

 快晴の空から吹き下ろす風が、頬を撫でた。


「あ、パパ」

「父様。お疲れ様です」


 屋上では紅愛と白愛が待っていた。

 他にも監督や撮影スタッフ、イルミネイト・プロダクションの虹原社長もいた。


 俺は彼らに会釈をしながら、双子のもとへ向かう。

 ふたりとも、表情は晴れやかだった。どうやら事件によるショックをすっかり乗り越えたらしい。

 むしろ――いつもより輝いているようにも見える。この抜けるような青空のためだろうか。


 そういえば、紅愛も白愛も俺をいつも通り呼んでいた。周りのスタッフは誰も気にした様子がない。

 少しだけ寂しかった。もう紅愛にとっての「パパ」と白愛にとっての「父様」は特別な呼称ではないのだ。

 はなの気持ちがなんとなく理解できた気がする。


「じゃあ能登さん。まずは軽くリハーサルといこうか。台本は頭に入っているね?」

「はい。お願いします」


 監督と打ち合わせをする。その間、紅愛と白愛は同じ場所でじっと待っていた。いつもなら両脇に来て、あれやこれやと俺に注文を付けそうなのに。


 ――これから演じるシーンは、クライマックス。

 主人公に双子が想いを伝えるシーンだ。

 以前、生徒会室で途中まで演じたものである。


 完成稿としてもらった台本には、具体的な台詞が入っていなかった。ただ『想いを伝える双子』と書いてあるだけである。

 つまり、何を語るかは完全にアドリブというわけだ。


 俺は紅愛と白愛の前に立った。


 カメラが回り始める。


 しばらく、互いに見つめ合う。俺たちの間に、落ち着いた空気が流れた。


「最初は」


 紅愛がまず口を開く。


「最初は、怖い顔の人だって聞いてたんだ。だから正直言うと、ちょっとだけ不安だった」

「けれど、実際に会ってすぐにわかりました。この方は、優しい人だと」


 白愛が続く。

 俺の脳裏に、12年前の記憶が蘇る。

 姉さんの告別式の日。

 皆が怖れたじろぐ中、紅愛と白愛だけが俺の泣き顔の前で笑ってくれたこと。


「それから今日までずっと、ずっと一緒に居て。あまりにも居心地がよくてびっくりしちゃった」

「おかげで私も姉様も、癖が移ってしまいました」


 図らずも、3人でくすりと笑う。


 紅愛はもう俯かない。

 白愛はもう顔を逸らさない。

 多くの人を惹き付けるその魅力的で柔らかな笑顔で、紅愛と白愛は言った。

 同時に。

 まるで心と体がひとつに繋がったように。

 まったく同じ台詞を、ふたりは告げた。


『ずっとここまで見守ってくれて、ありがとう。あなたのことが、家族を超えて大好きです』


 ――これが、ふたりが見いだした想いの言葉。


 台本には、ふたりの告白に対する答えも明示されていない。

 己の頭で、心で考えろということ。


 台詞の指示なんてなくても、伝えたい想いと言葉が胸の奥から溢れてくる。

 俺は下手な泣き顔にならないよう必死に抑えながら、言葉を紡いだ。ふたりの想いと覚悟に応えるために。


「俺は、お前たちを一生大切にするよ」


 口にしてしまえば、何とあっさりとして陳腐な言葉かと思う。

 けれど――『一生大切』これ以外に自分の今の気持ちを表現できないと思った。


 俺は大きく深呼吸をする。とりあえず、このシーンはこれで一区切り。

 ……そのはずだった。

 しかし、いくら待っても監督からカットがかからない。


 内心で首を傾げていると、ふと、紅愛と白愛の表情に気付いた。

 以前、生徒会室で予行演習・・・・したときには恥ずかしがって固まっていたふたり。

 ところが今は、穏やかな笑みを崩さず、じっと俺のことを見つめている。

 穏やか……いや、違うな。どちらかというと、イタズラを思いついたときのような……。


「ねえパパ」

「今日が何の日か、もちろん覚えていますよね。父様?」


 不意に、いつもの呼び方に戻った紅愛と白愛が尋ねてくる。

 撮影中だぞと目線で注意を促す。それでもふたりが態度を変えないので、仕方なく小声で答えた。


「今日は紅愛と白愛の誕生日だろ」

「うん、そう。6月12日。今日であたしも白愛も18歳。名実ともに大人・・の仲間入りだね」

「父様、知っていましたか? 本日6月12日は、『恋人の日』なんですよ」


 そう言うと、紅愛と白愛が揃って迫ってきた。胸元から俺の顔を見上げながら、ふたりは再び、完璧に声を揃えた。


「パパ」

「父様」

『紅愛と白愛。どちらか選んで、海外結婚して!』


 どちらか。

 選んで。

 海外結婚。

 して!


「……は?」


 呆然とする俺からパッと一歩離れる紅愛と白愛。ふたりは顔を赤らめながら、満足そうに笑っていた。

 俺はもう一度呟く。


「……は?」

「もー。しっかりしてよパパ。あたしたちの夢を叶える方法なんだから」

「父様と私たちは3親等内の親族同士。ゆえに法的に結婚はできません。ならば、そんな法律がない海外で結婚すればよいのです。これ名案」

「あたしたち頑張ったからねー。社長さんも海外進出を視野に動き出してくれてるんだよ? だったら本懐を遂げるしかないよね?」


 紅愛がにっこりしながらカメラを指差す。


「ほら。もう映像に残っちゃってるから。今更撤回はできませんよーだ」

「出生の秘密を皆に明かした私たちに、もはや怖いものはありません」

「………………」


 これは。

 何と言えばいいのか。

 え、ちょっと待って。

 色んな意味で泣きそうなんだが。


「んふぅ……!」

「はいカット。とりあえず能登さんNGね。あ、映像は後であげるから心配しないでね、紅愛ちゃん、白愛ちゃん」


 無情なタイミングで監督の声。泣く。ていうかあなたもグルだったのか監督。

 慌てて周囲を見渡すと、居並ぶスタッフは元より虹原社長や、朝仲さんや、はなまで生暖かい目でこちらを見つめている。


「んふぅ!!」

「んふぅ。あはは! あースッキリした! 涙出た」

「んふぅ。ふふっ。やはりそっくりな泣き顔。すなわち、私たちはお似合いということですね」


 泣き笑いの表情になりながら、俺の両脇に抱きついてくる紅愛と白愛。

 ふたりの体温を感じていると、俺も泣くより笑いたくなってきた。


「そうだな。間違いない」


 俺は呟き、紅愛と白愛を思いっきり抱きしめた。

 はじけるような笑顔がすぐ目の前にある。


 12年――いや、13年前に誓ったことを、俺は改めて誓い直した。


 この子たちは、絶対に俺が幸せにする――と。





(了)




【最終話あとがき】


第1話の誓い、最終話にてもう一度誓う――というお話。

これにて完結です!!

お付き合いいただき、ありがとうございました!!

お疲れ様と思って頂けたら(頂けなくても)……


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※次のあとがきでは重大発表あり……!?






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