5.罪悪感と男の正体
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「ねぇ。前から気になってたんだけど。その手の模様って生まれつきなの?」
一日のうちで、たった数十分だけ外へ抜け出して遊ぶ日々のなか。私は草花を器用に編むイブの左手を指さしていた。
「そうだよ。赤ちゃんのころからあったんだって。お母さんが言ってた。金魚みたいだろ?」
「うん。なんか、綺麗だね」
左手の甲にある模様は、薄い褐色のあざだ。その形はイブの言う通りで、大きな尾びれをふわりと水中に漂わせて泳ぐ、金魚に似ていた。
私はそれをイブにしかないトレードマークだと思っていた。
イブはよく笑う男の子だった。背は確かに私より高かったけれど、顔立ちは幼くて同い年ぐらいに見えた。
ぱっちりとした二重の目が綺麗で、涙袋まである。大きな瞳から女の子みたいだと思ったことすらあった。
「ほら、できたよ」
湖のほとりでイブが被せてくれた草花の冠を見つめ、幸せな気持ちになった。
「わたしにも作り方をおしえて?」
「いいよ」
そのころ、ミューレン家の屋敷には幼い妹と弟がいたから、後妻として入ったお母様も使用人たちも育児に忙しく、私を気に掛けている余裕はなかった。
だから私の侍女だけが、数十分の下手な嘘に目をつぶってくれていれば……きっとあんなことにはならなかったはずだ。
いつも決まった時間になると裏庭へ行き、イブの声が話しかけてくれるのを待った。
名前を呼ばれたら秘密の通路をくぐり抜けて、少しだけの散歩と遊びを楽しんだ。
それがいつからかできなくなった。生垣を修繕されたわけでもなく、屋敷の者に出て行くのを咎められたわけでもない。
ただ、イブが私の元に来なくなった。
小範囲に荒れた緑の壁を見つめ、ひとりきりで出て行こうかと考えたときもあった。けれど私はそうしなかった。
数日待ってみて、それでもイブが現れなければ自分から湖へ出向き、会いに行こうと考えただけで、裏庭にとどまり少年の声をひたすらに待った。
そのうちに生垣がまた修繕された。
イブはどうして来ないの? わたしのことが嫌いになった?
楽しかった時間が唐突に終わりを迎え、閉じた壁を見て泣いた。悲しかったし、悔しかったし、おそらくは怒りもあったのだろう。
遊ぼうと迎えに来てくれないイブに気を揉んでイライラした。
「マリーンはこの場所が好きなんだね」
修繕された生垣の側にしゃがみ込んでいると、お父様に声を掛けられた。
「……お友達が来てくれるから」
今までなら勝手に抜け出すことを秘密にしていたので、この場所にイブが現れることを話そうとは思わなかった。
急に会えなくなった寂しさから、私を愛してくれているお父様に私の気持ちを聞いてもらいたくなった。
「ねぇ、パパ。どうしてイブは来なくなったのかな。わたしのことが……嫌いになったのかな」
「そんなことあるもんか。きっとその子にも事情があって、どこか遠い場所にでも行ったんだろう」
「……そうなのかな」
お父様は落ち込む私を不憫に思ったのか、
色とりどりの花を植え、それを眺めているうちにまたイブが遊びに来てくれるかもしれない、私はそう期待して喜んだ。お父様に感謝を伝えた。
その日のうちに、屋敷内である噂を耳にした。
話していたのは女性の使用人たちで、ほんの七日前、目立たない暗がりの路地裏で少年の頭が銃で撃ち抜かれたという、世にも恐ろしい
七日前と聞き、イブと最後に会った日だと気付いた。
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