ーー『そもそも十六年前。ローダーデイル伯爵がたった九歳の少年に手をかけたのは、マリーン……キミと親しくしていたからじゃないんだ』


 エイブラムが囚われる直前に言っていた台詞を、今さらになって思い出していた。


 だったら、どうして……?


 どうしてお父様は、たった九歳の少年に罰を与えようと考えたの?


 ハァ、と息が切れた。黒い土の中に足が埋まり、耳の後ろや首元から汗が滲んだ。


 どこまで掘り進めるべきか、判断がつかないけれど、せめてシャベルの柄の半分が埋まるぐらいまでは頑張ろう。


 スコップ部分が隠れる深さまで掘ったところで急に土が硬くなった。暗くてよくわからないが、ガーデニング用の土ではない地面なのだろう。


 額に浮かぶ汗を拭い、先ほどより硬い地面にスコップの先端を突き刺した。足の裏を使って押し込み、掘った土を持ち上げては側に放る作業を数回繰り返した。


 やがて柄の四分の一が埋まる深さまで掘り起こし、異物の存在に気がついた。


 シャベルを足元へ置き、花壇ブロックの側にあるランタンを持ち上げる。掘った穴を念入りに確認した。


 息を切らしながら深くなった穴に手を伸ばし、異物にかかる土を取り払った。


 ボロ切れのような存在がランタンの灯りで照らされる。黒く変色していたが、洋服だとわかる。女性もののデイドレスの、ちょうど肩の部分だ。


「……っあ」


 喉が震えた。体勢を低くしたまま、手を使って周辺の土を取り除いた。鼓動がひとりでに速くなる。


 いつの間にか雲が切れ、月明かりが頭上から降り注いでいた。


「……これってまさか。人の骨?」


 白く細いものがそれであるかのように並び、私は首と思われる部分より上にかかった土を手で掻き出した。予想していた通りの形が土の中から現れ、絶句したままぺたんと座り込んでいた。


 頭蓋骨だった。ぽっかりと空いたふたつの穴を見つめ、ここにあの優しい眼があったのだろうと想像した。


 花壇の下に埋められていたものは、私が思ったとおり人の骨だった。恐らくは十六年前に失踪したと言われている、ママの遺骨だ。


「……ママ」


 途端に悲しみの波が押し寄せた。


 私はママにも愛されず、この屋敷へ置いて行かれたのだとずっと思い込んでいた。


 でも、ママはここにいたんだ。お父様が作ってくれた私の花壇の下で眠り、いつも綺麗な花を咲かせてくれていた。


「気づいてあげられなくて……っ、ごめんなさい、ママっ」


 ママのことをずっと誤解していた後悔や、人知れずにこんな場所に埋められたママへの憐れみが、涙となって頬を流れ落ちた。


 ママをここに埋めたのはきっとお父様だ。じゃなきゃ、書斎にあった髪束の説明がつかない。


 どうして……?


 ひっくひっく、と小刻みに続く声がおさまるまで私は静かに泣いた。


 泣きながらも頭の中は不思議と冷静だった。


 お父様がママを殺して埋めた動機はわからないけれど、ひとつだけはっきりしたことがあった。


 あの時。たった九歳だったイブは口封じのために狙われたんだ。イブは見たのだろう、お父様の犯行を。あの切られた生垣の向こう側から。


 そしてお父様も、彼に見られていたことに気づいていた。そう考えると辻褄が合う。


 のちに私の花壇となる場所に、だれかの遺体が埋まっているのを知っていて、イブはあの日、通路となった生垣から裏庭に入り込んだ。ママが埋められる前に外れてしまったアメジストのブローチを拾って、放心していたに違いない。


 涙が引くのを待ち、両手で顔を拭う。頬に泥が付いたかもしれないけれど、それに構っている余裕はない。


 アレックスが戻って来たら、この事実をちゃんと伝えよう。


 腰を上げて土だらけの花壇から出ようと思った。側に置いていたランタンを手に取り、灯りを移動させたところでに気が付いた。


 ……え。嘘でしょう?


 ランタンを手にしたまま一度花壇から離れ、青々と茂る緑の壁に、恐る恐る近づいた。


 灯りを照らした部分を見て、心臓がドクンと鼓動する。


 十数年ぶりに、だれかの手によって生垣が切られていた。


 ***

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る