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"コンコン"……。軽く握った拳をびくつかせ、いくらか慌てる。控えめにノックをしたつもりだけど、思いのほか音が響いた。
「はい」と返事があり、侍従のヴァージルが出迎えてくれる。
「さっきはありがとう、アレックス」
部屋に入ると、書物を広げて見ていた弟と目が合った。
「いいえ、あれぐらいお安い御用ですよ」
ローテーブルに本を置き、アレックスがソファーから立ち上がる。
「それじゃあそろそろ行きますか?」
「ええ」
他の使用人や侍女らに怪しまれないよう、弟は侍従を下がらせていた。
「悪いわね、ヴァージル。また明日ね」
「はい。お休みなさいませ、マリーン様、アレックス様」
彼の退室を見送ってから、そろりと部屋を出た。花壇を掘り起こすためのシャベルはアレックスが持ち運んでくれている。
ランタンを提げたまま深夜の屋敷を徘徊すると、なにか悪いことをしているような気分になる。
私専用に作られた花壇の前に立ったところで、アレックスが持っていたシャベルを地面に置いた。
「すみません、姉さん。掘るのを手伝いたいんですけど、少し思うところがあって……
「……え。ええ、構わないけど。アレックスはどこに……?」
「お父様の書斎です」
え、と私は小さく息を飲み、目を見張った。
「もう寝室でお休みになっているだろうし、書斎に銃が仕舞われていないかどうか見てきます。もし無ければすぐに
「アレックス、ひとりで……?」
弟は眉根を寄せて真剣な目つきで顎を引いた。
「屋敷内はひとりで動いた方が気配を消しやすいし。閉じ込められたエイブラムさんって人……そろそろ限界かもしれませんから」
限界と聞き、胸がぎゅう、と苦しくなった。喉奥からなにか込み上げるものを感じた。それを押しとどめるため、奥歯を噛み締め、唇を結んだ。
「っ、そうね。わかったわ」
お願いね、とささやき声で伝え、通用口へ戻る弟を見送った。その場で天を仰ぎ、ギュッと目を瞑る。
神様、お願いします。
アレックスもエイブラムも、どうか無事でいられますように……!
両手を組んだままでしばし祈りを捧げた。
目を開けても視界は暗かった。闇夜を照らす月の光は厚い雲に遮られている。今夜は星もほとんど見えない。
アレックスと二手に分かれたことで、不安は計り知れないほどに膨らんでいたが。私が今やるべきことは、誰にも気付かれずに土を掘ることだ。
足元へ置かれたシャベルの、赤い持ち手に目を据え、「よし」と自身に喝を入れた。持っていたランタンと入れ替わりに持ち手を握りしめた。
重厚な鉄と丈夫な木の
侍女たちが言ったように、花壇の花はすっかり枯れて朽ち果てていた。萎れた花や茎の間に尖ったシャベルを突き刺し、黒い土ごと花を取り除いた。
花壇は私の背丈ふたつ分の広さがあり、どこを掘るべきか特定できない。なので、時間が許す限り掘り起こそうと考えていた。
サク、と土にスコップ部分を差し込み、両手で木の柄を持ち上げる。ばらばらとこぼれる土で着ていたローブも靴も泥まみれになった。
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