椅子の上に立ち、右端から順に額縁の裏を覗いた。


「あった!」


 以前、お父様に呼ばれて書斎に入ったとき、私の目を引いた絵の裏にそれは隠されていた。鋼色の小さな鍵だ。ママとお父様と私の三人で描いてもらった絵は、やはりお父様にとって宝物なのだろう。


 鍵を掴んで椅子から降りると、面食らってポカンとする弟と目が合った。確かに令嬢が取る行動ではなかったかもしれない。


 自らの行いを恥じている余裕もなく、先ほど金属の抵抗を感じた引き出しにその鍵を差した。


 カチリ、と音を立て、難なく取っ手を引いた。


「アレックス、ちょっと来て?」


 弟を手招きで呼んで、ふたりして紙に包まれたそれを眺めた。


 引き出しを開けて見た瞬間は、お父様の拳銃が包まれているのだと思い込んだけれど。よくよく見てみると、紙の中身に硬さを感じない。


「これが……銃?」


 アレックスが手を伸ばし、問題の物を掴んだ。クシャ、と握られた途端に紙の形状はしぼみ、やはり銃の外観ではないと思った。


「空振りね」


 仕方なく別の場所を探そうと立ち上がった。


 床へ敷き詰められた絨毯を見つめ、不自然な形で捲れ上がったりはしていないかと考えていたとき。「姉さんっ」とアレックスがじゃっかん慌てた声を出した。


 銃が見つかったのかもしれない。そう期待し、心音は不規則になるも、アレックスはさっき見つけた紙を開いて見ていた。


「ちょっと、銃以外ならお父様の私物には、」

「これだよ、!」

「……え?」


 アレックスの視線の先に、確かにそのものだと思われる髪の束が置かれていた。細い栗色の毛が綺麗に折り畳まれている。見るからにロングヘアだ。


「いったい、だれの……」


 そう呟くと同時に、普段から長く伸ばしている私の髪が、ハラリと肩から滑り落ちた。


「姉さんの髪によく似ている」


 アレックスは私の髪の、栗色の毛先に触れて、怪訝に眉を寄せた。


「子供のころに、髪を切られた……とか?」

「いいえ。お父様は私が髪を切るのを嫌がっていたし、こんなに長くもなかったわ」

「じゃあ……?」


 いったいだれの髪なのか。私の目は、壁に掛かった肖像画に吸い寄せられた。


「ママのものかもしれない」

「え……」


 十六年前、突然いなくなったママの存在。遠い昔を懸命に思い出し、私は呼吸を荒くした。


 大人が通れるほどの生垣の切れ込み。裏庭の地面に落ちていた紫水晶のブローチ。その近くに作ってもらった私専用の花壇。


 途端に喉の奥がギュッと詰まり、嫌な考えが頭に浮かんだ。


 ーー『もしも当主がそのような危篤に陥れば、共に裏庭の花壇を掘るよう頼んでいたんだけどな』


 エイブラムから聞いた言葉が脳裏にささやき、ハッと息をのんだ。


「姉さん? 大丈夫ですか?」


 顔色が悪いですよ、とアレックスが続け、私は知らずに俯けていた顔を上げた。


「もう少し探して見つからなければ……先に裏庭の花壇を掘るわよ、アレックス」


 ***

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