7
椅子の上に立ち、右端から順に額縁の裏を覗いた。
「あった!」
以前、お父様に呼ばれて書斎に入ったとき、私の目を引いた絵の裏にそれは隠されていた。鋼色の小さな鍵だ。ママとお父様と私の三人で描いてもらった絵は、やはりお父様にとって宝物なのだろう。
鍵を掴んで椅子から降りると、面食らってポカンとする弟と目が合った。確かに令嬢が取る行動ではなかったかもしれない。
自らの行いを恥じている余裕もなく、先ほど金属の抵抗を感じた引き出しにその鍵を差した。
カチリ、と音を立て、難なく取っ手を引いた。
「アレックス、ちょっと来て?」
弟を手招きで呼んで、ふたりして紙に包まれたそれを眺めた。
引き出しを開けて見た瞬間は、お父様の拳銃が包まれているのだと思い込んだけれど。よくよく見てみると、紙の中身に硬さを感じない。
「これが……銃?」
アレックスが手を伸ばし、問題の物を掴んだ。クシャ、と握られた途端に紙の形状はしぼみ、やはり銃の外観ではないと思った。
「空振りね」
仕方なく別の場所を探そうと立ち上がった。
床へ敷き詰められた絨毯を見つめ、不自然な形で捲れ上がったりはしていないかと考えていたとき。「姉さんっ」とアレックスがじゃっかん慌てた声を出した。
銃が見つかったのかもしれない。そう期待し、心音は不規則になるも、アレックスはさっき見つけた紙を開いて見ていた。
「ちょっと、銃以外ならお父様の私物には、」
「これ髪の毛だよ、人の髪っ!」
「……え?」
アレックスの視線の先に、確かにそのものだと思われる髪の束が置かれていた。細い栗色の毛が綺麗に折り畳まれている。見るからにロングヘアだ。
「いったい、だれの……」
そう呟くと同時に、普段から長く伸ばしている私の髪が、ハラリと肩から滑り落ちた。
「姉さんの髪によく似ている」
アレックスは私の髪の、栗色の毛先に触れて、怪訝に眉を寄せた。
「子供のころに、髪を切られた……とか?」
「いいえ。お父様は私が髪を切るのを嫌がっていたし、こんなに長くもなかったわ」
「じゃあ……?」
いったいだれの髪なのか。私の目は、壁に掛かった肖像画に吸い寄せられた。
「ママのものかもしれない」
「え……」
十六年前、突然いなくなったママの存在。遠い昔を懸命に思い出し、私は呼吸を荒くした。
大人が通れるほどの生垣の切れ込み。裏庭の地面に落ちていた紫水晶のブローチ。その近くに作ってもらった私専用の花壇。
途端に喉の奥がギュッと詰まり、嫌な考えが頭に浮かんだ。
ーー『もしも当主がそのような危篤に陥れば、共に裏庭の花壇を掘るよう頼んでいたんだけどな』
エイブラムから聞いた言葉が脳裏にささやき、ハッと息をのんだ。
「姉さん? 大丈夫ですか?」
顔色が悪いですよ、とアレックスが続け、私は知らずに俯けていた顔を上げた。
「もう少し探して見つからなければ……先に裏庭の花壇を掘るわよ、アレックス」
***
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます