9.姉弟と監視の目


 床に広げた栗色の髪束は、元どおり引き出しに仕舞い鍵を掛けておいた。


 アレックスは私の動作を見つめながら怪訝に眉を寄せ、「正気ですか?」と尋ねた。


「だいたい花壇を掘ってなんになるんです? まさか銃がそこに埋まっているとでも?」

「そうじゃないわ。ただ、掘らなければいけないの」

「意味がわからない」


 アレックスは私の意向が変わったことに不満を感じているようだった。


「……じゃあ。地下の男のことは諦めるんですね?」

「違うわ、そうじゃない!」


 首を振って強く否定すると、じゃあどうして、と弟の目が真剣に私を問い詰めた。


「……これは彼、エイブラムが考えていたことなの。彼は私を屋敷から攫って遠ざけている間に、裏庭の花壇を掘り起こそうと考えていた。きっとなにかが埋まっているのよ」

「なにかって、なんですか?」

「わからない。けどそうした上でお父様に彼を出すよう、説得するつもりよ? 大丈夫、きっと上手くいくわ」


 ね、とアレックスの腕に手を添えて協力を申し出ると、弟は不承不承ながらも「わかりました」と返事をした。


 あの花壇になにが埋まっているのか、決してわからないわけではなかった。ある程度の予想はしていたが、それは考えたくもない結果だ。


 けれど、エイブラムがやろうとしていたことなら、私が引き継ぐべきだと思った。


 鋼色の鍵を元あった絵画の裏に隠し、私たちはお父様の書斎を出ることにした。扉を開けた真鍮の鍵も元の場所に仕舞った。


「書斎にあれがないのなら、普段からお父様が持ち歩いているのかもしれませんね?」

「確かに……その可能性があるわね」


 いったんアレックスの部屋に戻った侍従に、土を掘るシャベルを準備してもらうため、私たちは彼の部屋へ向かうことにした。


 廊下を歩きながら腕を組み、隣りでなにかしらを考え込む弟を横目で確認する。


「手伝ってくれてありがとう、アレックス」

「……え」

「正直、私はあなたにもクリスにも良く思われていないと思ってたから……こうしてゆっくり話せるのが嬉しいの」


 アレックスが口を半開きにしたまま、目をパチクリさせた。


「良く思われてないって……僕、姉さんになにかしましたっけ?」

「ううん、そういうことじゃないのよ。ただ、あなたはクリスとはよく話しても、私とはあまり話してくれないじゃない?」


 実際、弟はクリスには砕けた話し方をするけれど、私には敬語を使い、その接し方にも少し距離を感じていた。


「それを言うなら、姉さんだって」


 ぽそりと呟いた弟に「え」と声がもれた。


「大人になってからは口数も少なくなったし、僕に対してそこまで話してくれませんでしたよ」

「……そう、かしら?」

「ええ。だから今日は、正直言うと驚いてます。態度はやたらとハッキリしているし、急に走り出したり椅子に飛び乗ったり。突拍子もない行動ばかり取るので」


 その言い草につい笑みがこぼれた。


「ふふっ、そうね。全然令嬢らしくないわよね。以前まえまでは立ち居振る舞いとか行儀作法についても、慎重に気を配っていたんだけどな……。これじゃあいつまでたってもクリスに追いつけないわ」

「クリス姉さん、ですか?」

「ええ。あの子はなにをやらせても完璧だから」


 自身を情けないと思いながらも笑みを浮かべると、アレックスが稀に見せる微笑で「ああ」と相槌を打った。

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