「確かに。クリス姉さんの才女ぶりにはだれもが舌を巻きますからね」

「でしょう?」


 いいわよねぇ、と続けるとうっかりため息がもれた。


 ……いけないっ。


 会話がネガティヴに傾かないよう、私は慌てて口を押さえた。


 自分を卑下して嘆いても、現状はなにも変わらない。それどころか会話の相手を不快にさせるだけだ。


「まぁ。姉さんは……中身が多少ともなわなくても、容姿にはとびきり優れているんですから、気にすることないですよ」


 口元に手を置いたままアレックスを見やると、なぜか清々しい笑みを向けられた。


「なによ、それ。私のこと馬鹿にしてる?」

「いやいや、とんでもないです」

「あなたの言い方だと、褒めてるんだか貶してるんだか……わからないわ」

「褒めてますよ、充分に」


 はは、と弟が楽しそうに笑う。その雰囲気に釣られて、私も少しだけ笑った。


「そういえば。前にクリスにも似たようなことを言われたわ。確か"見てくれは美人"だとか、そんなことを……」

「……まぁ。なんだかんだ言ってクリス姉さんは、姉さんのことが好きですからね」


 アレックスは意味深に目を細めて私を見たあと、部屋の方へと視線を飛ばし、「あれ?」とひとりごちた。弟の部屋の前にクリスティーナが立っていた。


「ああっ、姉様。探したのよ?」

「……クリス」


 クリスティーナは心配そうに胸の前で握った拳をひらき、安堵の息をついていた。


「アレックスの侍従に世話を頼んだのは聞いていたけど。今までアレックスと一緒だったのね、珍しい」

「……え。ええ、ちょっとね」


 お目付役の侍女を見送ったあと、まさか地下貯蔵庫まで走り、その上無断でお父様の書斎に入って、銃などという物騒な探し物をしていたなんて。クリスティーナには口が裂けても言えない。


 私たちが話すのに気を遣い、弟が先に部屋へ入った。そのまま廊下で妹と話すことにした。


「それで私を探していたって、どうして?」

「あぁ……特別用事があってってわけじゃないんだけど。今日の午後、姉様とお茶をしたいなと思って」

「っえ」


 思わず目を見開いていた。姉妹間でのこうしたやり取りはほとんどなかったからだ。


 仲のいい侍女がいなくなったため、妹なりに私を思いやってくれているのだろう。


「ほら、心がスッキリするように……なんでもいいから話を聞かせてほしいなって。休養って言っても、あのふたりの侍女に見張られてる生活じゃあ、息も詰まるでしょう?」

「ええ、そうね。ありがとう、クリスティーナ」


 兄弟姉妹との心の交流に飢えていたからかもしれない。私は妹の手を取り、「嬉しいわ」と口にした。


「じゃあ三時にお部屋へ行くから」


 そう言い残すと妹は手を上げ、自室へと戻って行った。


 アレックスやクリスティーナと姉弟らしい関係を築けるのが嬉しかった。ふふ、と目を細め、自然と口元が緩む。


 地下では今もエイブラムが苦しんでいるというのに……。


 途端、ハッと息を飲み込んだ。内面の私が低い声で囁き、暗い現状に気づかされる。胸が圧迫されるように苦しくなった。


 今は何時かしら?


 ノックしてから弟の部屋に入ると、入れ違いに侍従のヴァージルが退室した。彼に時刻を尋ねると、もうそろそろ十時半になるとのことだ。侍女たちが出て行ってから既に一時間以上が経過している。


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