Epilogue
1
あの夜を境に、ミューレン家にはさまざまな変化が訪れた。
私を守るためとは言え、お父様を殺めてしまったマーサは、その罪を償うべく警察へと出頭した。
お父様が亡くなったことと、敷地内から白骨化した遺体が見つかったことで、代々続いた伯爵家は一時、スキャンダルに見舞われ、没落の気配を見せた。
しかしながら、唯一の跡取りである弟のアレックスが爵位を世襲することで、残された財産が守られることとなった。
*
数日、連絡もできずに家を空けることになったエイブラムは、監禁の事実を病気で倒れていたと誤魔化し、両親にはミューレン家の屋敷で厄介になっていると手紙を書いて送った。
実際、監禁が解かれたあと、エイブラムの体調が戻るのにまた数日を要したので、その間にオークランド男爵と男爵夫人が屋敷を訪問された。私はそこで初めて彼の両親に挨拶をした。
病気などと嘘をつくのは忍びなかったけれど、エイブラムには話を合わせるようにお願いされた。
屋敷の当主であるお父様が亡くなったばかりの訪問となったので、男爵夫妻は私たち家族に同情を寄せて下さり、それがかえって申し訳なかった。
「いいご両親ね」
夫妻が退去されたあと、客間のベッドで休む彼に、使用人が用意してくれたフルーツと栄養価の高いミルクを運んだ。
顔色がいくぶん良くなったエイブラムは「ああ」と頷き、長いまつ毛を伏せた。
「あの人たちのおかげで、今の自分があると思ってるよ。だからサミュエル家を父の代で終わらせずに、繁栄させるのが俺の勤めだ。良識のある妻を迎えて、子を成したら……きっと親孝行になると思う」
そう言ってじゃっかん遠慮がちな目を向けられる。
うっかり、ため息がもれた。今さらだと思ってしまう。
「あなたが望むなら……私に孝行の手伝いをさせてもらえる? これでも伯爵令嬢だから、世間に通用する良識は持ち合わせているつもりよ?」
「……そう、だな。そうしてくれると……。助かる」
語尾を小さくしながら俯いた彼に、りんごを食べさせようとすると「いや、」と続け、エイブラムが赤い顔で私を見つめた。
「こういうことは、ちゃんと言うべきだよな」
「……え?」
「マリーン。以前、俺はキミをそばに置きたいだけで攫ったわけじゃないと言ったけど……あれは嘘だ」
「……はい?」
「俺はキミを愛してる。生涯で妻にしたいと思ったのは、マリーンだけだ。だから……これからの人生もマリーンだけを愛し続けたい」
彼の口へリンゴを運ぼうとした手が空中で止まる。彼なりの愛の言葉が、変にくすぐったかった。
「ふふっ」と吹き出したあと、そのまま彼にリンゴを食べさせた。
「あなたの想いを止める人なんて、だれもいないわ。存分に愛してくれたら……私もその愛をお返しするだけ」
エイブラムは私を見つめたまま、コクンと頷いた。
「ご両親へ、改めてご挨拶をさせていただくわね?」
言いながら口角を持ち上げると、エイブラムに腕を引かれ、ギュッと抱きしめられた。彼の体温に心地よい痛みが走る。
手にしたフォークを空中で手放し、私も彼を抱きしめた。
至近距離で目が合い、自然とお互いの唇が近づいた。
……愛してる。
目を閉じながら、エイブラムへの想いの丈を長い口付けで伝えた。
*
「父と子と聖霊の御名によって、アーメン」
組んだ両手の先に、十字架の描かれた白い墓石があり、私はふぅ、と息をついた。供えた白い菊の花弁が風に煽られて揺れている。
「大丈夫か、マリーン」
私の嘆息を聞き、エイブラムが心配そうに目を上げた。体調を気遣っているのだと思った。
「ええ。なんともないわ……」
あいにく私は立ったままだが、エイブラムは片膝を付いて祈りを捧げている。スクっと立ち上がると、彼は私に手を差し伸べた。
今日は
かつて私の花壇があったこの場所には、二つの墓石が建てられている。ひとつはママのお墓で、もうひとつはお父様のそれだ。
「出迎えるのが遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。こちらにいらしたんですね、姉さん」
「アレックス」
侍従と共に若き伯爵が現れ、私は軽く一礼をする。
「ご無沙汰しています、ローダーデイル伯爵」とエイブラムも型通りの挨拶をした。
「堅苦しい挨拶は抜きにしましょう、
アレックスが差し出した手を見つめ、相好を崩すと、夫のエイブラムはその手を取り握手を交わした。
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