「こうして懇意にしてもらえるのがありがたいよ。なによりキミには返しきれない恩がある」

「恩だなんて大袈裟ですよ。僕は姉さんの想いを汲んだまでです」


 お父様の死後、私はサミュエル家へと嫁ぐことになった。


 病気だと思われていた私の想いは、ようやく理解され、お母様にも喜んでもらえた。


「精一杯のおもてなしをさせますので、どうぞ寛いでいって下さいね」

「ああ、ありがとう」


 今夜は夫婦して屋敷へ一泊する予定だ。


 アレックスの笑みが私へと向いた。


「姉さんはその後、体調はいかがですか?」

「順調よ。産まれるまではまだ半年もあるけど。今から待ち遠しいわ」


 丸く膨らんだお腹を愛おしく撫でる。隣りに立つエイブラムが私の肩を抱き寄せた。彼の幸せそうな微笑みを見て、胸が熱くなった。


「……このあたりも凄く変わったわね?」

「ええ」


 敷地内から外を見上げると、煉瓦造りの壁がぐるりと屋敷を囲っている。外側に青々とした生垣を残しつつ、防犯対策として新たに壁が設けられていた。


「たびたび荒らされてはたまりませんからね」


 これまでに生垣が切られた過去を鑑みて、アレックスが判断したことだった。


「それはそうとアレックス。お母様からあなたへの縁談話がひっきりなしだと聞いたけれど。実際のところはどうなの? 良いご縁には恵まれそう?」

「……いや。僕の方は変わりないですよ。お父様の後を継いだばかりですから、お母様とこの屋敷を守るので精一杯です」

「あら。そうなのね……」

「ええ。クリス姉さんもドーセットさんとの婚約が決まりましたし。来年にはこの屋敷も寂しくなりますよ」

「……そうね」


 妹のクリスティーナは私の結婚が決まったあと、元々あった自らの婚約を破棄していた。


 姉である私が、心から愛する彼のもとへと嫁ぐのを見て、感化されたと言っていた。


 あの頃から変わらない意中の相手を健気に慕い、ようやく実を結んだそうで、私もその報告を受けて嬉しくなった。


 そして当のクリスティーナはスタンリー侯爵家へと出向いているので、帰りは夕刻になるとのことだった。


 *


 家族そろっての夕食を取り、早々に休ませてもらった。


 私のベッドへ寝転びながら、エイブラムが幸せそうにまつ毛を伏せた。


「早く生まれてこないかな」と口癖のように言い、やがてコクリコクリと船を漕ぎ始めた。


 私のお腹に片手を当てながら、彼は深い眠りへといざなわれた。


「この子は幸せね」


 両親わたしたちの愛情を一心に受けて生まれてくる我が子を想った。


 エイブラムと共に幸せな家庭を築くのが、私の夢だ。


 先に眠ってしまった彼に毛布をかけて、その体温にぴたりと寄り添うようにして、一度目を閉じた。


 彼が私を迎えに来てくれるまで、私はずっと愛に飢えた子供だった。


 家族である親姉弟おやきょうだいに愛されるため、完璧を求めたけれど、それも叶わず、自分への失望だけがただただ増えていった。


 現状を変えられない私を、変えてくれたのはあなた。


 辛い現実を教えてくれ、前に進む力をくれた。


 エイブラムが居れば、私にはもう、なにひとつ怖いものなんてない。


 悪夢はとうに過ぎ去った。少年が亡くなる夢を見て、もう二度とうなされることもない。


「おやすみなさい」


 子供のような寝顔で目を閉じる夫の頬へ、私は軽く口付けを落とした。



 ***END***


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囚われの令嬢と仮面の男 真ケ部 まのん @haruhi516

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