6.誘拐の目的


 仮面の男はあろうことか、私が憧れを抱いた男爵家の彼だった。


 男が誰であるかはわかったけれど、との接点が全く思い当たらない。共犯者と睨んだ相手を、また間違えているのかもしれない。


 いずれにせよ、男は予想どおり顔見知りではあった。会ったのはたった一度きりだ。


 彼、エイブラムは、観念したように私を見つめ、「やられたな」と呟いた。手元に視線を下げて彼がひとつ咳払いをする。


 エイブラムは投げ出して座っていた足を畳んで膝をついた。背筋を伸ばし、居住まいを正している。


「これは大変失礼いたしました。ご承知おきくださり、大変嬉しく存じます。麗しきレディ・マリーン」


 綺麗な微笑を浮かべながら胸に手を当ててお辞儀する彼を見て、呆気に取られた。


「それは……あなたのキャラなの?」

「なにをおっしゃいますか、これまで伯爵令嬢に対して無作法なふるまいでいたこと、深くお詫びし」

「そんなことはどうでもいいの! 謝るならまず私を縛ったことと、この変な仮面をつけていたことでしょう?!」


 彼のご丁寧な物言いにかぶせて言うと、私の勢いに圧倒されたのか、彼はいくらかたじろいだ。


「だから……縄はすぐにほどいた。それに変って、ひどいな……」


 眉を寄せ、不満をこぼす表情が少しだけ子供っぽい。今まで表情が見えなかったぶん、もっと色々な反応が見たくなる。


「せっかくあなたのこと、いいなって思ってたのに……がっかりだわ」

「え」

「けどいいわ。これからは顔を見て話せるぶん、安心だし。もちろん、私に対する敬語もなしでいいわ」

「……あ、あぁ」


 エイブラムは少し首を傾げた状態で眉を寄せていた。困惑しているのだと思った。


「今後は顔を隠す必要もないんだから、この仮面は私が預かっておくわね」


 一度床に落としてしまった仮面を拾い上げ、私はテーブルのほうへと向かった。側にある戸棚を開け、木製の食器の奥に仮面を立て掛けた。


「ねぇ、エイブラムさん。あなたに聞きたいことがたくさんあるんだけど、いいかしら?」


 返事を待たずに振り返ると、彼は床から立ち上がり、ベッドの縁に腰を下ろした。


「どうしてあなたが誘拐の実行犯なの? あなたは以前他人ひとに頼まれてしたことだって言ったけど、これはあなたの意志でもある、そうも言ったわ。なぜこんなことをしたの?」

「……それは」


 口が重いのか、彼は一旦口籠もる。やはり聞かせてはもらえないのだろうか。彼の煮え切らない態度がどうにも焦ったい。


「それじゃあ質問を変えるわ。今こうしていることについて、あなたにはメリットが無さそうだけど……私には意味がある、そうも言ったわよね? それはどうして? どういう意味なの?」


 エイブラムが一度私を見てから、視線をそらした。眉が中央に寄せられ、苦渋の決断を迫られているかのようだ。


 やがて重苦しいため息を吐き出し、彼がポツリと言った。


「キミを……あのままあの屋敷に置いておきたくなかったからだ」

「……え?」

「キミは選ばれないんじゃない。むしろ選びたくてもカゴの鳥で。誰にも手が出せないんだ」

「なによそれ……、待ってよ、どういうこと?」


 彼の座るベッドへ寄り、立ったままで彼と向き合った。


「そのままの意味だよ。現に俺もローダーデイル伯爵に、キミの婚約者候補として申し込んだ。けれど、会わせてももらえなかった」


 ドキン、と大きく鼓動が打った。


 婚約者候補……?


 予想だにしない単語が飛び出して、動揺を促される。

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