6.誘拐の目的
1
仮面の男はあろうことか、私が憧れを抱いた男爵家の彼だった。
男が誰であるかはわかったけれど、あの人との接点が全く思い当たらない。共犯者と睨んだ相手を、また間違えているのかもしれない。
いずれにせよ、男は予想どおり顔見知りではあった。会ったのはたった一度きりだ。
彼、エイブラムは、観念したように私を見つめ、「やられたな」と呟いた。手元に視線を下げて彼がひとつ咳払いをする。
エイブラムは投げ出して座っていた足を畳んで膝をついた。背筋を伸ばし、居住まいを正している。
「これは大変失礼いたしました。ご承知おきくださり、大変嬉しく存じます。麗しきレディ・マリーン」
綺麗な微笑を浮かべながら胸に手を当ててお辞儀する彼を見て、呆気に取られた。
「それは……あなたのキャラなの?」
「なにをおっしゃいますか、これまで伯爵令嬢に対して無作法なふるまいでいたこと、深くお詫びし」
「そんなことはどうでもいいの! 謝るならまず私を縛ったことと、この変な仮面をつけていたことでしょう?!」
彼のご丁寧な物言いにかぶせて言うと、私の勢いに圧倒されたのか、彼はいくらかたじろいだ。
「だから……縄はすぐにほどいた。それに変って、ひどいな……」
眉を寄せ、不満をこぼす表情が少しだけ子供っぽい。今まで表情が見えなかったぶん、もっと色々な反応が見たくなる。
「せっかくあなたのこと、いいなって思ってたのに……がっかりだわ」
「え」
「けどいいわ。これからは顔を見て話せるぶん、安心だし。もちろん、私に対する敬語もなしでいいわ」
「……あ、あぁ」
エイブラムは少し首を傾げた状態で眉を寄せていた。困惑しているのだと思った。
「今後は顔を隠す必要もないんだから、この仮面は私が預かっておくわね」
一度床に落としてしまった仮面を拾い上げ、私はテーブルのほうへと向かった。側にある戸棚を開け、木製の食器の奥に仮面を立て掛けた。
「ねぇ、エイブラムさん。あなたに聞きたいことがたくさんあるんだけど、いいかしら?」
返事を待たずに振り返ると、彼は床から立ち上がり、ベッドの縁に腰を下ろした。
「どうしてあなたが誘拐の実行犯なの? あなたは以前
「……それは」
口が重いのか、彼は一旦口籠もる。やはり聞かせてはもらえないのだろうか。彼の煮え切らない態度がどうにも焦ったい。
「それじゃあ質問を変えるわ。今こうしていることについて、あなたにはメリットが無さそうだけど……私には意味がある、そうも言ったわよね? それはどうして? どういう意味なの?」
エイブラムが一度私を見てから、視線をそらした。眉が中央に寄せられ、苦渋の決断を迫られているかのようだ。
やがて重苦しいため息を吐き出し、彼がポツリと言った。
「キミを……あのままあの屋敷に置いておきたくなかったからだ」
「……え?」
「キミは選ばれないんじゃない。むしろ選びたくてもカゴの鳥で。誰にも手が出せないんだ」
「なによそれ……、待ってよ、どういうこと?」
彼の座るベッドへ寄り、立ったままで彼と向き合った。
「そのままの意味だよ。現に俺もローダーデイル伯爵に、キミの婚約者候補として申し込んだ。けれど、会わせてももらえなかった」
ドキン、と大きく鼓動が打った。
婚約者候補……?
予想だにしない単語が飛び出して、動揺を促される。
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