けれど、そうでありながらも、私は少しだけ安堵もしていた。


 クリスティーナがお父様のことで、私にやきもちを妬くたびに、ああ、妹も私と同じなんだと思って、惨めな気持ちが払拭された。


 羨ましい、自分だってそうなりたい。嫉妬するのは、なにも私だけじゃないんだと感じて、少しだけ優越感に浸った。


 四歳年下のクリスティーナは、勉学やお稽古ごとのなにからなにまでが優秀で、私よりずっと出来がいい。愛嬌があって社交的で自分に自信もあって、婚約者までちゃんといる。伯爵令嬢としては理想的で、まさに完璧パーフェクトだ。


 そんな妹が側にいて卑屈にならないわけがない。


 あなたが羨ましいってずっと思って生きてきた。


 クリスティーナが私をよく思っていないというよりは、きっとその逆で、私が妹をよく思っていないのかもしれない。


 不仲、と聞いてそうじゃないと否定したのは、表面上だけの話で、本当はお互いがどう思っているのかはわからない。


 だからクリスティーナへの疑念は、私が持つ劣等感の裏返し。仮面の男と通じているのが妹だったとしたら、たとえショックを受けても自分なりに納得できる、そう思っていた。


 なんて浅ましいんだろう。自分が惨めで情けない。


 ひた隠しにした本心に気づき、つくづく自分が嫌になった。


「マリーン? どうした?」


 食べる手を休めていたからか、男が訝しんだ。


「なんでもないわ」と答え、「クリスに頼まれたの?」と同じ質問をぶつけた。


「……悪いが。それに答えるつもりはない」

「そう、やっぱりそうよね」


 問いに対して自身の浅ましさを自覚しただけで、答えはわからずじまいだ。


 朝食を食べ終えて手を合わせる。


 無言でなおも居座る男に視線を送った。顔はこっちを向いている。私のことを文字通り、ジッ、と監視しているのだろう。その空気にいい加減嫌気がさす。


「あなたって暇なのね。私を見張ってる時間がもったいないわよ」


 男は何も答えなかった。無視をされたせいで、私の言葉はひとりごとになる。


 なんとなく不快でため息がもれた。


「だいたいこんなことをして、あなたになんのメリットがあるのよ」


 男はそっぽを向き、少しの間を開けてボソッと呟いた。


「……俺に、じゃない」

「はぁ?」

「今後のキミに……意味をなすからだ」


 男の口調はいたって真面目だが、なんのことかさっぱりだ。「意味がわからない」と続けた。


 この誘拐が私にとって意味があるだなんて……まるでそうしているみたい。


 そう考えたところで、おや、と首を捻った。


 ちょっと待って……。


「もしかしてあなた、私と顔見知りなの?」

「っな、」


 ここにきて、初めて男に動揺が見えた。


「うそ、当たり? なんとなくそうじゃないかと思ってたの。じゃなきゃ、人質にこんな甘い対応でいるくせに、そんな悪趣味な仮面なんてつけないもの!」


 男が「え、え、」と反応し、あからさまに狼狽えていた。


「じゃあこうしましょ。あなたの思惑も、あなたに誘拐を依頼した共犯者も気になるけれど、とりあえずは聞かずにここにいる。私が逃げない代わりに、あなたの顔を見せて? 私もその方がスッキリするから」


 我ながら名案だと思ってポンと手をたたく。が、男は「馬鹿を言うな」と不満をもらし、取り合ってもくれない。


「なによ、ケチ」


 私に敵意がないのなら、仮面なんて必要ないと思うのに……。


 男との会話がなくなるとまた暇になった。


 男が座るベッドへ行き、枕元に置いたままの本を持ち上げた。そのまま壁に背中をつけてベッドの上に座る。立てた膝に本を置き、続きを開いた。


 相変わらず男からの視線を感じるが、構わず無視をする。


「俺の前でずいぶん寛ぐようになったんだな」

「だってあなた、私が大人しくしていればなにもしないんでしょ。そう言ったわ」

「それは、そうだが……」


 続ける言葉が見つからないのか、男はまごつき、少しだけ無言になった。


「怖く……ないのか?」

「そうね。怪我の治療までさせちゃったし。あなたは怖くないわ」


 パラリとページを繰る音が響く。


「……そうか」


 わずかにベッドが軋み、隣りにあった存在感が消える。そのままテーブルへ歩く男の背をチラ見して、帰るのかなと思った。


 すると陶器どうしが擦れ合う音がして、さっきまで私が使っていた食器を片付け始めた。見ているだけなのが忍びなく、私も手伝うことにする。


 男が立ち去るとき、新しい本を持ってくるように頼んでおいた。夕方来るころには読み終わっているからだ。


「じゃあ。また六時に来る」


 男はミルク瓶を含む割れ物一式を抱えて、部屋をあとにした。


 ***

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