一時呼吸を止められた喉に酸素が送られ、ゲホゲホと激しく咳き込みながらも両手で体を支えた。お父様の動きに警戒心を怠らなかった。


「今のは……銃声か?」


 怪我をした顔を押さえながら、お父様が弱々しくひとりごちた。


 私は咳が治まるのを待ち、書斎へ向かったアレックスのことを思った。


 アレックス……、上手くいったんだ。きっと今ごろは、エイブラムをあの貯蔵庫から助け出しているはず……!


 呼吸が落ち着いてくるのと同時に、希望が見えてくる。


「だれかが、おまえに。手を貸しているのか?」


 私に問い掛けてすぐ、お父様がハッと息を飲んだ。その視線に倣い、私も屋敷を見上げた。


 チラホラと屋敷に明かりが灯り始めている。さっきの銃声を聞きつけて、使用人の何人かが起き出したのだ。彼らが裏庭ここへ来るのも時間の問題だろう。


 お父様の顔がサッと青ざめた。わなわなと口を開けたままその場から動けずにいる。


「お願い、お父様っ。罪を認めて!」


 いくらか分が悪い現状に歯噛みしながら、お父様が舌打ちをついた。お父様の鋭い目つきがこちらへ飛んでくる。


「ママのことは事故でも、九歳の少年に関してはお父様が命令して殺させたんでしょう!?」

「うるさい、うるさい、うるさいっ! 黙れぇ!!」


 お父様の手に迷いはなかった。花壇の側に置いていたシャベルを引っ掴むと私へ射抜くような目を向けた。


「ここでおまえが死んでも……っ、外から侵入した者に殺されたと言えば、なんの問題もない。私はここで、おまえの亡骸なきがらを発見するだけだっ!」

「いや……っ、いやぁぁっ!!」


 重いシャベルを振りかぶり、お父様が私へと駆けてくる。


 今度こそ終わりだと思った。さっきまでの恐怖が抜け切らず、私の足はすでに立つことすらできないでいた。絶対絶命の状況で逃げることも叶わない。


 助けて、と心の中で叫んだ。咄嗟に思い浮かんだのは私の侍女だったマーサの顔だ。


「っすけて、助けて! マーサぁっ!!」


 ギュッと目を瞑ったと同時に、すぐ目の前で鈍い音がした。私が殴られたそれじゃない。


 なにが起こったのかわからずに、恐々と目を開ける。


「……っあ、あ、」


 お父様が私へと立ちはだかった状態で静止し、苦しそうに顔を歪めた。振り上げた手から重いシャベルが落ちて、ガシャンと派手に音が鳴る。


 お父様はそのまま膝を付いた。苦しそうに呻き、口から血のしぶきを吐いた。


「お父様っ!?」


 今なにを見せられているのか、自分の目が信じられなかった。


 私に向かって倒れ込んだお父様の背にどす黒いシミができていた。みるみるうちにその範囲が広がっていく。


「っあぁ……、そんな……っ」


 状況を理解して、声が震えた。目頭が一瞬にして熱くなる。


 私たちとは別の、によってお父様は深傷ふかでを負っていた。


「おと、おとう、さま……っ!」


 この出血を止めなければいけないとようやく判断して、私はお父様の背中を両手で押さえた。指の間から生温かい血が溢れ出し、あっという間に両手は血まみれになった。お父様の体から徐々に体温が失われていく。


「お怪我は、ありませんか……マリーンお嬢様」


 頬を濡らしたまま、私はお父様の向こうにふらりと立ち尽くす影を見上げた。


「……マーサ」

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