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「本当にひどい話だよねぇ。その子まだ九歳だったんだろ?」
「そうそう。どこかの領主か教会の使いが小銃を暴発させた事故だって聞いたけど……そんな子供が死んだと聞いちゃあ、やるせないよ」
屋敷内の物陰に隠れながら、彼女たちの話に聞き耳を立てていた。心臓の音が不規則に乱れるのを感じた。
亡くなった少年が九歳と知り、イブの顔が脳裏にチラついた。
そうすると、もう居ても立っても居られなくなった。物陰から飛び出し、彼女たちへ走り寄った。
「その男の子、誰だったの?? 名前は!?」
「っま、マリーンお嬢様?? いつからそちらに」
「手に金魚のあざはあったの?? ねぇ、教えて、教えてよっ!?」
戸惑う使用人たちを問い詰めて、私はそのまま気を失った。
*
「マリーン……」
聞き覚えのある少年の声が、立派な生垣の向こうから聞こえた気がして私は緑の壁へ寄り、必死に声を張り上げた。
「イブ!? イブなの??」
「あの少年ならもう来ないよ」
背後からポンと肩に手を置かれて、振り返った。
「……パパ」
涙で濡れた私の顔を見て、お父様が悲しそうに微笑んでいた。
先ほど聞いた名前を呼ぶ声は、どうやら幻聴だったらしい。
お父様はかがんで膝を付き、泣きじゃくる私をそっと抱きしめて言った。
「あの少年はね。私の大切なマリーンを連れ出そうとしていたから……罰を受けたんだよ」
罰……? いったいなんの??
すぐにはわからなかった。ただ、もう二度とイブには会えないのだということだけは理解できた。
お父様の言葉の意味に気付いたころ。私は悪夢を見るようになった。
頭を小銃で撃ち抜かれた少年の、無念な死に顔の夢だ。
閉じることなく開いた目には涙が滲み、頬を伝っている。路地を赤黒く染める血に両手が浸かり、左手の甲には金魚のあざがある。
私が遊びに抜け出したから……!
私がお父様の言いつけを守らなかったから……!
イブは私のせいで……………………死んだ……。
**
「っいやぁあぁぁっ!!」
甲高い叫び声で目が覚めた。それが自分の口から発された音だと気付き、またあの夢を見たのだと思った。
ハッハッ、と呼吸が乱れ、額に嫌な汗が浮いている。
「マリーン、大丈夫か??」
すぐ側に男の姿があった。仮面で顔は見えないが、声から焦燥と気遣いが感じられた。
「……だ、大丈夫よ」
わずかに声が震え、下唇をギュッと噛み締めた。
顔を俯けたまま起き上がり、手の甲で頬を拭う。思った通り、涙で濡れていた。
「ときどき見る……悪夢だから」
ベッドの上部を手探りして、昨夜置いておいたブローチを手に掴んだ。
窓のない一室なので陽にかざすことは叶わず、私は紫色を見つめてギュッと手のひらで握りしめた。ブローチの宝石を額に当てたまま、呼吸が落ち着くのを待った。
男の手が躊躇いがちに私の背に当てられていた。ヨシヨシ、とゆっくり背中を撫でられ、それが不思議と心地よく、落ち着いた。
勝手に体に触られたのに、不快感は全くなかった。「ありがとう」と礼を言う。
「もう、そんな時間なのね……」
男が部屋にいることから、うっかり寝過ごしたことを後悔した。
寝顔を見られたかもしれないし、いまだにネグリジェ姿なのも恥ずかしい。
「起きて早々で悪いが。朝食だ」
「ええ」と返事をしてから、胸元を手で隠した。
「その前に……着替えをしてもいいかしら?」
「っあ、ああ……」
私の言葉から意味を察して、男が慌てて部屋を出ていった。
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