あらかじめ用意されていたデイドレスに身を包み、扉ごしに男を呼んだ。


「白仮面さん、もういいわよ」


 コンコンと扉を叩くと、程なくして鍵が開けられる。


 そのまま朝食が並んだテーブルに着くと、男が側に立ち、グラスにミルクを注いでくれる。


「変態さんって呼び続けようかと思ったけど……なんだか品がないし、やめたわ」


 ひとりごとのように呟くと、フッと吹き出す音が聞こえた。笑っているようだった。


「それはありがたい。さすがは令嬢だな」


 私が手を合わせるのを見て、男がベッドの縁に腰を下ろした。


 木製の皿に、白いパンとりんごとチーズとソーセージが盛られている。お腹が鳴った。


「ゆうべは夜更かししたのか?」


 小さくちぎったパンを口に入れながら、「ええ」と頷いた。


「ついつい本の続きが気になっちゃって、読み耽ってしまったわ。私って馬鹿よね」

「いや、それはないだろう。しかし、今度のは当たりだったようだな」

「ええ、とても面白いわ。けど。寝過ごしたせいで、あなたに寝顔を見られたのが恥ずかしい」


 男はなにも言わずに首を傾げ、そっぽを向いた。


「そんなに言うほど……、見てはいない」


 その仕草と物言いから、照れているのだとわかった。これで仮面がなかったら、もっと人間らしい、自然な表情が見られたかもしれない。つい想像してしまう。


 食べやすい大きさに切り分けられたりんごをつまみ、口へ運ぶ。シャリ、と音を鳴らし、果汁が体内へと吸い込まれた。


「さっきの悪夢について……聞いてもいいか?」

「え」

「いや、無理にとは言わない。キミがあんな風にうなされるのを……初めて見たから」


 寝顔、どころではない。実際にうなされたところを見られていたのか……。


 耳が少しだけ熱くなる。


「大したことじゃないわ」


 強がり、虚勢を張るものの、寝顔とともに泣き顔も見られたに違いないと気付いて、目が泳いだ。男はなにも言わない。


「お、幼いころ。あの屋敷を抜け出して遊んだ男の子がいたの」

「……男の子」

「ええ。私より三歳年上の子なんだけど……優しくて、穏やかで。大好きだったわ」


 チーズを飲み込み、グラスのミルクに口をつける。空腹だったお腹は、あっという間に満たされた。


「けれど。その子が事故で亡くなって……会えなくなったの」

「そうか……。それが原因で?」


 悲しくてうなされるのかという質問だ。私はううん、とかぶりを振った。


「その子は私のせいで死んじゃったの。私が……。お父様の言いつけを破って遊んでいたから。お父様は、私を取られると思ってその子を」


 男は無言だった。意味がわからずに思案しているのかもしれない。


 それもそのはずだった。私は肝心な部分を口に出したくなくて、曖昧にした。


 しかしながら、男はニュアンスから想いを汲み取った。


「つまり、キミの父親がその少年を殺したかもしれなくて。キミは今でも罪悪感を抱えている、そういうことか?」


 顔をあげて男を見つめる。自然と目に涙がたまった。


「別に責めているわけじゃない。と言うより……。誰もキミを責めたりはしない。マリーンにはなんの落ち度もないんだ」

「でも。お父様ならやりかねない。私がもっと慎重に考えて、イブに遊べないって伝えておけば……っ、あの子は死なずに済んだもの」


 そうだ。


 あのとき、一度生垣が修繕された段階で、もう来ないでと伝えていれば。イブは死ななかったかもしれない。

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