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お父様の足元に人差し指を向けた。私が差した方向に倣い、お父様の視線が穴の奥に向けられた。
「十六年前、ママが屋敷から出て行ったというのは、嘘なんでしょう??」
お父様は無言で息を吐いていた。私が掘り起こした人骨を空々しく見下ろし、「ローラは」と口を開いた。
「私とおまえを置いて出て行ったんだ」
今までに何度も聞いた台詞だ。それ以上のことは何ひとつ言わず、お父様は私と目すら合わせなかった。
ごくりと唾を飲み込んだ。私は意を決して、決定的な証拠を晒すように尋ねた。
「じゃあ。お父様の書斎にあった、あの髪の毛はなんなの?」
「……なに??」
一瞬にしてお父様の顔つきが変わった。眉をひそめて私を射抜く。痛いほどに鋭い視線だった。
「私の書斎に勝手に入ったのか?」
「ええ、そうよ。お父様が所持している銃を使って、地下にいるエイブラムを助けようと思ったの」
「……馬鹿なことを」
やれやれと言いたげに首を振り、お父様が大仰にため息を吐いた。
「お父様のデスクにある左下の引き出し。あの中に仕舞われた髪は、ママのものなんでしょう?」
お父様がいくらか俯けていた顔を上げる。正面から目が合い、少しだけ肩が震えた。
「そうだ。あの髪はローラのものだ。あいつが私の元から逃げようとしていたから……切ってやったんだ」
「なんのために……?」
「遺髪に決まってるじゃないか」
言いながら唇の端を持ち上げて、寂しげに笑った。哀愁を帯びたその笑顔がひどく恐ろしかった。
「やっぱり。ママを殺したのね……?」
「そうじゃない。あれは不運な事故だったんだ」
お父様は、土の中から現れた頭蓋骨を見つめ、
結婚した当時からママは美しく、だれも彼もに愛想を振りまいて接していたらしい。そしてだれもが彼女の美貌の虜だった。
ママは平民育ちで貴族としての振る舞いには欠けていたが、なにより人の心を掴むのが上手かったという。
そんなママを愛していたのは確かだったが、お父様は、このままではだれかに妻を奪われるかもしれないという強い不安に駆られたそうだ。極力ママを外へ出さず、家の敷地内だけで生活するよう強要した。
もちろんママは不満を訴えたが、お父様はママを責めて聞く耳を持たなかった。
そんなときだった。ママが裏庭の生垣を切り、私を連れて出て行こうとしていたのは。
深夜に荷物をまとめるママを止め、口論になった。
当時、ママと、とある行商人との仲に疑いを抱いていたお父様は、怒りからママの頬を強く打った。その反動でママは転倒し、運悪くキャビネットの角で頭を打ちつけたそうだ。
「打ちどころが悪くて、ローラはそのまま目を覚さなかった……。あの日もこんな夜だったよ。雲が厚く、時々月が闇夜を照らしていた。私は動かなくなったローラの髪を切り、裏庭まで運んで埋めたんだ」
お父様はその場にしゃがみ込んだ。目線は途切れず、地中のママに向いていた。愛し過ぎたがために、ママを縛り付けることでしか安心を得られなかったのかもしれない。
「イブを殺そうと思ったのはどうして?」
聞いてすぐに反応は得られなかった。ゆっくりと顔を上げ、「なんの話だ??」とお父様が眉を寄せた。
「ママがいなくなったころと同時に、私が親しくしていたお友達よ。あの子はまだたったの九歳だった」
「……ああ。あの孤児か」
心底どうでもいいという口ぶりでお父様が嘆息をもらした。
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