「私どもは旦那様よりお嬢様のお世話を任されています。さすがにふたりしてお側を離れるわけには……」

「私なら大丈夫よ。お父様がいらっしゃらない代わりに今日は弟のアレックスがいるもの。彼の侍従のヴァージルに世話を頼むわ」

「しかしお嬢様」

「考えてもみなさいよ、百本の薔薇よ? ひとりで行って持ち帰れる量じゃないわ。それにお父様とお母様は夜まで帰って来ないんだし、バレる心配もない。そうでしょう?」

「……はぁ」


 侍女たちは私の側から離れることを散々渋っていたが、あらかじめ朝食の席でアレックスを通して侍従に頼み込んでいたため、彼女たちは私の我儘をきく羽目になった。


「ありがとう、アレックス。助かったわ」


 玄関エントランスホールで侍女たちを見送り、侍従とともに側にいた弟に目を向けた。五歳年下の弟は、昨年私の背を追い越し、どこか大人びた雰囲気があった。


「……まぁ。四六時中見張られてちゃあ、心の休養など取れないですからね」


 思い切った行動に出た私を、呆れながらも弟が同意してくれる。


 大理石でできた階段に足を掛ける弟とは別に、私はホールを直進した。絵画や彫像が飾られた画廊に差し掛かり、弟の声が背中に響いた。


「姉さん! 部屋へ戻らないんですか?」

「ええ。ちょっとやらなければいけないことがあるから!」


 立ち止まることなく返事をすると、弟の慌てた足音がすぐさま追いかけてくる。


「待ってください、姉さん! やらなければいけないことってなんですか??」

「あなたには関係のないことよ、アレックス」

「いや、そういうわけにはいきません。侍女を遠ざける手伝いをしたわけですから」


 私と並んで歩く弟に横目を向けると、彼の侍従、ヴァージルも黙って後ろから付いて来る。


 大広間や応接室が並ぶ一階グランドフロアを突っ切り、地下へと続く階段の前で一度足を止めた。


「そうね。私ひとりで大丈夫と言いたいところだけど、そういうわけにもいかないわよね。付いて来てもいいけど、邪魔だけはしないでちょうだい」


 アレックスは怪訝に眉を寄せながらも、曖昧に傾げた首でこくりと頷いた。


 普段は使用人が行き来する地下階段を降り、厨房や洗濯室の前を通ってさらに奥へと進む。みちみちで何人かの使用人とすれ違う。彼らは一様に驚き、わきへ避けると小さく頭を下げていた。


 やがて廊下の最奥にある貯蔵庫にたどり着いた。「姉さん、まさか……」とどこか引きつった笑みでアレックスが呟いた。


「そのまさかよ、関わりたくないならそこで見ていて」


 貯蔵庫の前には昨日と同じように見張り番がひとり立っている。昨日とは違った男で堂々とした風格があった。


 両手をグッと握りしめて見張り番に近づいた。


「ここを開けなさい、彼と話がしたいの」

「申し訳ありませんが、そのご命令には従えません」


 見張り番は頑とした態度で顔色ひとつ変えない。私は唇の裏側を噛んだ。耳の後ろに汗が浮かぶのを感じた。


「なら聞かせてちょうだい。彼にちゃんと食事はさせているの?」

「……いいえ」


「は?」と不満から声が大きくなった。


「嘘でしょう? 今日でもう三日目よ?」

「旦那様からなにも与えるなと仰せつかっております」

「そんなっ、あんまりよ! このまま飲まず食わずで放置だなんて、彼が死んでしまうじゃない!」


 見張り番を睨みつけながら食って掛かると、彼は悲しげに顔を曇らせた。


「……もとより。旦那様はそのおつもりでいらっしゃいます」

「……そんな」

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