3.共犯者の疑い
1
再び一人ぼっちになった部屋で、私はあの男の言葉を頭の中で反芻していた。
ーー『これは俺の意思でもあるが、
頼まれて、とはどういうことだろう。私をミューレン家から誘拐したい別の人物がいて、仮面の男は実行犯、そして私をただ置いておくだけの見張り役だった、ということだろうか。
だとしたら、この誘拐を企てた別の人物がお父様と交渉している、ということ?
ーー『あの家と交渉などするつもりはない』
さっき聞いた言葉をまた思い出し、それも違うかもしれないと気付かされる。
ふいに、ぐぅぅと低い音が鳴った。
ベッドに座りながらあれこれ考えているが、それが私の腹の虫だと知り、呆れて吐息がもれた。
やはりりんごを食べただけでは空腹はごまかされなかったか。
仕方なく立ち上がり、男が座っていた椅子とテーブルに近づいた。
ミルク瓶と丸いパンを手前に寄せて椅子に座る。ひと口分のパンをちぎりながら口に運び、食べ物のほかに置き去りにされた一冊の本に目を留めた。
鮮やかな青色の表紙をした分厚い本だ。タイトルに記載された文字を読み、手に取って中のページをパラパラとめくる。
どうやら小説らしい。それも恋愛小説。
貧乏で身分の低い女性主人公が、貴族の男性と結ばれるというストーリーで、いかにも私が好みそうな内容だった。王道だけど、それが面白い。
最初のページに目を走らせながら、ミルク瓶に口をつける。食事をしながら本を読むなんて行儀が悪い、マーサがここにいたら間違いなく注意を受けていただろう。
数ページ読み進めたところで本を閉じ、私はあの男のことを考えた。
あの仮面の男は私に関する情報をだれから得たのだろう。
私が恋愛小説を読むことなんて、あの屋敷の中でもごく一部の、限られた人間しか知らないはずだ。
それに私で間違いないと断言したあの言葉……。
ーー『ローダーデイル伯爵の、ノエル・ラ・ミューレンが溺愛する娘がマリーンお嬢様だ』
こうは決めつけたくないけれど、ミューレン家の
空腹が満たされ、立ち上がる。なんとなくあの男が置いていった衣類を確認してみたくなった。
浴室のほうへ歩き、扉を開けてすぐの棚を見る。
「うん? なにかしら」
上に置いた小さめの
瞬間、顔から火が出るかと思った。
肌着であるシュミーズと白地のコルセットを見て、「最悪」とひとりごとがもれた。デザインや趣味の話ではなく、そのサイズが今付けているものと相違ないのだ。
こんなデリケートなことまで知っているの? それとも想像?
どっちにしても最悪なことには変わりない。
もう何度目かのため息をこぼし、足が何かにぶつかった。
浴室の扉の前に置いてあった
私が普段着ているデイドレスが一着とウエストを締めるタイトなコルセット、寝るときに着る薄いネグリジェが二着用意されていた。言うまでもなく、サイズも合っている。
「なんなのよ、あの男……」
得たいも知れない男に、こうも自分のことを知られているのが正直なところ、気持ち悪い。
籐カゴに蓋をして浴室を離れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます