お父様を密かに確認しながら、お母様に尋ねた。お父様は私を連れ出した経緯を、嘘を織り交ぜながら妹たちに話していた。


「マーサは。どうしたの?」


 エイブラムに聞いてマーサが暇を出されているのは知っていたが、主である私が帰ったのだから、明日にはまた彼女が戻ってくることを期待していた。


 途端にお母様の表情から笑みが消える。眉を下げて、気の毒そうに私を見ていた。


「彼女は屋敷を出て行ったわ。これはお父様のご判断なの、聞き入れてちょうだいね?」


 そう言って肩を撫でられた。


 マーサはもう二度と戻ってこない。誘拐に関与していると見抜かれたのだから、うすうすこうなることはわかっていた。


「……はい、お母様」


 けれど正直なところ、なんの挨拶もなく別れなければいけないのが嫌だった。マーサの処遇に納得できない私がいた。


「さぁ、お嬢様。お部屋へ」


 二人の侍女に腕を引かれ、退去を促される。


「あっ、でもまだ、彼が……っ」


 玄関口エントランスを気にする私を見て、お父様の厳しい目つきが侍女たちへ向いた。彼女たちの動作に焦りが生じる。


「さぁ、お嬢様。参りましょう」


「今夜はゆっくりとお寛ぎください」とさっきよりも強い力で手を引かれた。


 ホールを去るとき、妹たちと目が合った。クリスティーナもアレックスも首を傾げ、心配そうに私を見ていた。


 あのときは大人しく部屋へ引っ込むしかなかった。


 すぐにでも地下貯蔵庫を確認しに行きたい気持ちに駆られるのに、そうできない雰囲気がありありと漂っていた。


 そしてそれは二日経った今でも続いている。私がなにかひとりで行動しようとすると、侍女たちが即座に付き従う。


 彼女たちは私の行動範囲を抑制する役を担っていた。つまりは監視されている。侍女というよりはお目付役だ。


 一度エイブラムにしたように、侍女を出し抜いて地下貯蔵庫まで走ったこともあった。昨日のことだ。


 貯蔵庫の扉の前には見張り番の男がひとり立っていた。


「お願い、彼を出して! いるんでしょう?」


 ちゃんと生きているのかどうか、彼の安否も気になっていた。


「い、いけません、お嬢様!」


 見張り番は、じゃっかん怯えた瞳で首を振った。そこへ侍女たちが追いついた。


「マリーンお嬢様、勝手に部屋を抜け出されては困ります。私どもは、旦那様からお嬢様の安全を任されているんです」

「さ、お早く戻りましょう。お嬢様の好きなデザインで縫ったお召し物と帽子が届いておりますから」


 さぁ、さぁ、と背を押され、その扉に近づくことを遠回しに禁じられた。


 私を遠ざけるということは、エイブラムはまだ生きている。あの扉の奥で、暗闇に閉じ込められながらまだ息をしているはずだ。そう確信した。


 お父様が屋敷に呼びつけた医者が帰ると、私はふたりの侍女に引き渡された。


「このまま時間など掛けていられるか。マリーンは私がなんとかするからな?」

「……ええ、お父様」


 エイブラムが何者かを知らないお父様は、私が心の病におかされているのだと信じて疑わなかった。お母様や姉弟きょうだいたちにもそう話していた。


 颯爽とした足取りで玄関エントランスホールへ向かう大きな背中を見送り、胃のあたりがキリキリと痛くなる。


「さぁ、お嬢様。お部屋へお戻りになりましょう」

「……ええ」


 このまま地下へと走って行きたい気持ちを抑えて、彼女たちの言う通りに廊下を歩いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る